共鳴

 炎が彩るロイド村の噴水広場に、光が満ちた。

 黎一の右手の甲から放たれたまばゆさに、小鬼頭ゴブリン・リーダーが顔を覆い動きを止める。


(なんだよ、これ……?)


『カカッ! まだ大したこと知らねえらしいな? 勇紋共鳴サインズ・リンク主上マスターだけの特権よお』


 濁声とともに、あるイメージが脳裏に浮かんだ。

 対象を選び、その魔力マナの位置を捕捉する。どれだけ離れても、対象の位置を見失うことはない。

 力の名は――。


魔力追跡マナ・チェイス、か?」


『よし、いいみてえだな。場の魔力マナを意識しろ! 同じ色の魔力マナを潜らせれば、色は濃く、強くなる……あとは分かるな?』


 その言葉に、黎一は周囲を見回した。すでに焼け落ちた家もあるが、半ば以上はまだ燃え盛っている。家々を覆いつくすのは、火から放たれる赤色の魔力マナだ。


(……なるほど、な!)


「路地に行くっ!」


 同意も得ぬまま駆け出す。ちらと見ると、蒼乃が無言でついてきていた。その背後から、眩暈めまいから立ち直った小鬼頭ゴブリン・リーダーが迫る。

 噴水広場から離れ、家屋に挟まれている路地へと駆け込んだ。左右の家屋からは轟々と火が噴き上がっており、熱波が肌をなでる。だが小鬼頭ゴブリン・リーダーはものともせず、路地の入口を塞ぐように立ちはだかった。


(よし、いいぞっ!)


 前に立ち、剣に赤い炎を纏わせる。

 このまま撃ち出したところで、躱されるのは目に見えていた。故に黎一は、周囲の家屋を包む炎の”赤色”に狙いを定める。


「いっ、けえっ!」


 撃ち出した火の弧が、家屋から噴き上がる炎を直撃した。

 血迷ったと見たのか、小鬼頭ゴブリン・リーダーは口の端を歪め駆けてくる。


(……待ってたぜッ!)


 ほくそ笑み、魔力追跡マナ・チェイスの対象を小鬼頭ゴブリン・リーダーに変えた。

 刹那の後――先ほどの火の弧が、直撃した家屋の赤色からふたたび現れる。陽炎を纏う赫い三日月となった一撃は跳弾のごとく、駆けきた小鬼頭ゴブリン・リーダーの右肩を直撃した。


「ギャオァッ⁉」


 小鬼頭ゴブリン・リーダーが、悲鳴とともに右肩を押さえる。当たった箇所の防具は砕かれ、肉が焼けただれていた。


(その傷じゃ、剣は振れねえよな?)


 小鬼頭ゴブリン・リーダーの足が止まる。その間に、黎一は立て続けに火の弧を撃ち出した。


「そぉら、いけえっ!」


 数多の三日月が魔物の巨躯に群がり、斬撃を伴う炎の渦を生む。焼け焦げた防具は砕け散り、小鬼頭ゴブリン・リーダーの身体が無数の斬り傷と火傷で覆われていく。


「ギャゥ……ギョオオオアアッ!」


 苦悶の声をあげながらも、小鬼頭ゴブリン・リーダーはなおも走り来る。

 憎悪と殺意に歪むその視線は、黎一だけを見ていた。


(まだ倒れねえか、大したタフさだ。……だが、それでいい)


 真っすぐな視線に、ほくそ笑む。おそらく気づいていないのだろう。いつの間にか、蒼乃の姿が消えていることに。

 小鬼頭ゴブリン・リーダーが、黎一の目前で左腕を振り上げた瞬間――。

 視界の上から、影が降る。

 浮遊魔法で待ち構えていた蒼乃だ。短杖ワンドを、剣の柄のごとく諸手に構えている。


斬空風刃スラスティング・エアッ!」


「ギャ……ッ!!」


 断末魔とともに、血の赤がほとばしる。

 蒼乃の短杖ワンドの先端から伸びた、白く渦巻く風の刃が、小鬼頭ゴブリン・リーダーの頚部を深々と刺し貫いていた。



 *  *  *  *



 路地から出ると、家屋を包んでいた炎は大半が収まっていた。見える範囲では半分くらいの家が全焼、他が半焼といったところだろうか。


「終わった、の……?」


 噴水まで戻った途端、呟いた蒼乃がへたり込む。黒髪も白い肌も真新しかった防具も、小鬼頭ゴブリン・リーダーの返り血でべっとりと汚れていた。

 黎一の身体も、斬り傷や焼け跡、煤汚れだらけだった。ところどころに、ひりつくような痛みを感じる。


『へ、っ……オレ様が……に、ずいぶ……手こずっ……ねえか』


 脳裏に濁声が響いた。その声は、幾分くぐもって聞こえる。


(おい、あんた。誰か知らんけどありがとうな)


『く……れ、もう結……なお……やがった。おい……さっさと……小さなリトル……』


 先ほどまではしっかり聞こえていた声が、徐々に擦れ、消えていく。


(おい、あんた⁉)


 声が、聞こえなくなった。漲っていた力が消える。

 同時に、身体に倦怠感が押し寄せた。膝から崩れ落ちるのを堪えきれず、その場にへたり込む。


「……レイイチさん、アオノさんっ! ご無事ですかあっ⁉」


 入れ違いで、彼方から柔らかな声が聞こえる。

 視線を巡らせると、中央の通りにいくつかの人影が見えた。先頭を切って走ってくるのは刺繍の入った長衣ローブに金属製の長杖スタッフで武装したマリーである。

 噴水まで走ってきたマリーは、死屍累々の光景を見回して目を丸くした。


「って、なんかすんごい数倒れてますけど、ひょっとして……」


「良かった、二人とも無事だった!」


 その後に続くのは天叢、さらに後ろには他の級友たちの姿まであった。黎一たちとお揃いの装備だが、手にするのは拳甲に薙刀、大剣に長杖スタッフと、各々で得物が違っている。

 天叢は安堵の表情で黎一たちに駆け寄ると、両手を前にかざした。


勇紋権能サインズ・ドライヴ……万象治癒トータル・ヒーリング! 水、我が意に従い癒しとなれ! 水恵治癒ヒール・ウォーター!」


 上空から巨大な雫が滴り落ち、黎一と蒼乃を包みこむ。風呂に浸かっているような心地よい感覚とともに、身体中の痛みが引いていく。

 その間に、後続の級友たちも続々と噴水へと到着していた。


「まさかこれ……全部、お二人で?」


 薙刀を持った栗毛の長身美人が、呆然と言う。

 ――四方城よもしろ舞雪まゆき。天叢の一対ペア兼、彼女である。ちなみにこの一対ペアは、四方城が主上マスターだ。


「うっそでしょ? だって、二人の能力スキルって……」


 訝しげに言ったのは小柄な茶髪ボブの少女、光河みつがわ由佳ゆかである。その後ろでは彼女の一対ペアである黒髪ツーブロックの巨漢、御船みふね大剛だいごが周囲の屍たちを見つめていた。険しげな表情には、どことなく危機感のようなものが漂っている。

 いずれもクラスのトップカーストである面々に向けて、マリーが口を開いた。


「すぐに応援の後詰がきます! 皆さんは生存者や魔物がいないか確認してください! 物陰に注意して! 群れてる魔物には決して手出ししないようにっ!」


 それを合図に、級友たちは各々の一対ペアに別れて散っていく。

 代わりにマリーが、黎一の前にしゃがみ込んだ。


「遅くなってごめんなさい。ちょうど腕利きがみんな出払ってて……。避難した人たちはみんな無事ですよ。お二人の、おかげです」


「いや、俺は……」


 一人、救えなかった――。

 そう続けようとした時、婦人の言葉を思い出す。


「そうだっ! 女の子!」


 疲れも忘れて、立ち上がった。

蒼乃も、ハッとした顔で立ち上がっている。


(まだ、救えるかも……!)


 思うが早いか、黎一は夫人が指していた家を目指して走り出していた。

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