共鳴
炎が彩るロイド村の噴水広場に、光が満ちた。
黎一の右手の甲から放たれた
(なんだよ、これ……?)
『カカッ! まだ大したこと知らねえらしいな?
濁声とともに、あるイメージが脳裏に浮かんだ。
対象を選び、その
力の名は――。
「
『よし、いいみてえだな。場の
その言葉に、黎一は周囲を見回した。すでに焼け落ちた家もあるが、半ば以上はまだ燃え盛っている。家々を覆いつくすのは、火から放たれる赤色の
(……なるほど、な!)
「路地に行くっ!」
同意も得ぬまま駆け出す。ちらと見ると、蒼乃が無言でついてきていた。その背後から、
噴水広場から離れ、家屋に挟まれている路地へと駆け込んだ。左右の家屋からは轟々と火が噴き上がっており、熱波が肌をなでる。だが
(よし、いいぞっ!)
前に立ち、剣に赤い炎を纏わせる。
このまま撃ち出したところで、躱されるのは目に見えていた。故に黎一は、周囲の家屋を包む炎の”赤色”に狙いを定める。
「いっ、けえっ!」
撃ち出した火の弧が、家屋から噴き上がる炎を直撃した。
血迷ったと見たのか、
(……待ってたぜッ!)
ほくそ笑み、
刹那の後――先ほどの火の弧が、直撃した家屋の赤色からふたたび現れる。陽炎を纏う赫い三日月となった一撃は跳弾のごとく、駆けきた
「ギャオァッ⁉」
(その傷じゃ、剣は振れねえよな?)
「そぉら、いけえっ!」
数多の三日月が魔物の巨躯に群がり、斬撃を伴う炎の渦を生む。焼け焦げた防具は砕け散り、
「ギャゥ……ギョオオオアアッ!」
苦悶の声をあげながらも、
憎悪と殺意に歪むその視線は、黎一だけを見ていた。
(まだ倒れねえか、大したタフさだ。……だが、それでいい)
真っすぐな視線に、ほくそ笑む。おそらく気づいていないのだろう。いつの間にか、蒼乃の姿が消えていることに。
視界の上から、影が降る。
浮遊魔法で待ち構えていた蒼乃だ。
「
「ギャ……ッ!!」
断末魔とともに、血の赤がほとばしる。
蒼乃の
* * * *
路地から出ると、家屋を包んでいた炎は大半が収まっていた。見える範囲では半分くらいの家が全焼、他が半焼といったところだろうか。
「終わった、の……?」
噴水まで戻った途端、呟いた蒼乃がへたり込む。黒髪も白い肌も真新しかった防具も、
黎一の身体も、斬り傷や焼け跡、煤汚れだらけだった。ところどころに、ひりつくような痛みを感じる。
『へ、っ……オレ様が……に、ずいぶ……手こずっ……ねえか』
脳裏に濁声が響いた。その声は、幾分くぐもって聞こえる。
(おい、あんた。誰か知らんけどありがとうな)
『く……れ、もう結……なお……やがった。おい……さっさと……
先ほどまではしっかり聞こえていた声が、徐々に擦れ、消えていく。
(おい、あんた⁉)
声が、聞こえなくなった。漲っていた力が消える。
同時に、身体に倦怠感が押し寄せた。膝から崩れ落ちるのを堪えきれず、その場にへたり込む。
「……レイイチさん、アオノさんっ! ご無事ですかあっ⁉」
入れ違いで、彼方から柔らかな声が聞こえる。
視線を巡らせると、中央の通りにいくつかの人影が見えた。先頭を切って走ってくるのは刺繍の入った
噴水まで走ってきたマリーは、死屍累々の光景を見回して目を丸くした。
「って、なんかすんごい数倒れてますけど、ひょっとして……」
「良かった、二人とも無事だった!」
その後に続くのは天叢、さらに後ろには他の級友たちの姿まであった。黎一たちとお揃いの装備だが、手にするのは拳甲に薙刀、大剣に
天叢は安堵の表情で黎一たちに駆け寄ると、両手を前にかざした。
「
上空から巨大な雫が滴り落ち、黎一と蒼乃を包みこむ。風呂に浸かっているような心地よい感覚とともに、身体中の痛みが引いていく。
その間に、後続の級友たちも続々と噴水へと到着していた。
「まさかこれ……全部、お二人で?」
薙刀を持った栗毛の長身美人が、呆然と言う。
――
「うっそでしょ? だって、二人の
訝しげに言ったのは小柄な茶髪ボブの少女、
いずれもクラスのトップカーストである面々に向けて、マリーが口を開いた。
「すぐに応援の後詰がきます! 皆さんは生存者や魔物がいないか確認してください! 物陰に注意して! 群れてる魔物には決して手出ししないようにっ!」
それを合図に、級友たちは各々の
代わりにマリーが、黎一の前にしゃがみ込んだ。
「遅くなってごめんなさい。ちょうど腕利きがみんな出払ってて……。避難した人たちはみんな無事ですよ。お二人の、おかげです」
「いや、俺は……」
一人、救えなかった――。
そう続けようとした時、婦人の言葉を思い出す。
「そうだっ! 女の子!」
疲れも忘れて、立ち上がった。
蒼乃も、ハッとした顔で立ち上がっている。
(まだ、救えるかも……!)
思うが早いか、黎一は夫人が指していた家を目指して走り出していた。
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