背中合わせ
ロイド村での戦闘は、黎一たちの優勢で進んだ。
大群は、黎一が炎の剣で薙ぎ払う。屋根上の射手は、蒼乃が風の盾で矢をいなし、風弾で撃つ。
生き残っている村人たちを誘導しながら、村の奥へと進んでいき――やがて辿り着いた時計塔と噴水が立つ広場で、黎一と蒼乃は背中合わせになって戦っていた。
(それにしても、こんな大量の魔物……どこから湧いて出やがった⁉)
噴水からわずかに溢れる青の
どうやら火災の原因は、この
『どっからって? この先にある穴倉よぉ。お前らは”
襲来の波に隙間ができた時、脳裏にふたたび声が響いた。
聞き覚えのある単語に、眉をひそめる。
(
だがこうした
『どっかのバカが表層の結界を解きやがったからなぁ! おかげでお前を見つけることができたから、オレ様としちゃありがたいがよぉ!』
(じゃあ、あんたがいるのも!)
『フン、いいカンしてんじゃねえか。その
「……声の人、なんだって⁉」
不意に、風弾を撃ち出していた蒼乃が割り込んでくる。
白い肌には汗で黒髪が張りつき、新品の防具には傷や煤汚れがついているが、目立った外傷はない。ちなみに黎一の中で誰かが喋っているという事実は、状況もあってかあっさり受け入れていた。
「近くの
「大ごとじゃないっ!! てか応援まだこないのっ⁉ 勾原たちはっ⁉
(言われてみりゃ、たしかに)
存在を忘れていたが、勾原たちもロイド村への運搬任務を引き受けていたはずだった。しかしここまでで見たのは、村人たちだけだ。
(あいつら、まさか魔物にやられ……!)
端末を取り出すべく、トラウザのポケットに入れようとした時――。
「そこの方、冒険者の方ですかッ⁉」
左手が、女性の声で止まる。
見れば少し離れた位置に、ぱっと見三十そこらの女性が立っている。よれた
問いに無言の頷きを返すと、女性はいきなり走ってくるなり黎一の足にしがみついた。
「お、お願いですっ! お助けくださいっ!」
「あ、いや、ちょ……っ」
「だああっ今こいつにしがみつかないでください色々面倒なんでっ! てかもうみんな逃げてますから早く行ってくださいっ! 中央の通りなら……」
「違うんですっ! 娘が、娘がまだ家に……ッ!」
女性の言葉に、蒼乃と顔を見合わせる。
広場の周囲の家はほとんど燃え盛っており、中にはすでに焼け落ちている家もあった。早く救出しなければどうなるかは、考えるまでもない。
「ど、どこですかっ!」
「あの家です! 早くッ……!」
続く言葉が聞こえる前に、女性が指さす広場に面した家が、ひときわ大きく炎を噴き上げた。
女性の顔が、絶望の色に染まる。
「ああ……っ! フィロッ! フィーロッ!」
「待ってッ! そっち、まだ魔物が……!」
スカートをたくし上げて走り出す女性を、蒼乃が制止しようとした瞬間――。
別の家の陰から飛び出した大きな影が、女性の胸を斬り裂いた。
「あ、っ……」
息が、漏れる。女性の身体が、乾いた音を立てて斃れ伏す。
(死んだ……のか……?)
ゆらりと黎一たちのほうに視線を向けた影は、
『
(逃がしてくれると、思うのかよ?)
響いた濁声をいなすと、斃れた女性からもう一度視線を向ける。
身体の奥に、沸々となにかが込み上げる。女性は苦手だ。だが娘を案じて身を顧みずに助けを求めてきた、母親だ。
剣を構えて前に立った。今は”声”のおかげで、身体が強化されている。どちらが前に立った方がいいかは、考えるまでもない。
「……俺が受け止める。お前が仕留めろ」
「ちょっとマジでやる気なのッ⁉ どう見てもヤバそうだよあいつ⁉」
蒼乃の言葉が終わる前に、
辛うじて、視線で追いかけられる速さ――。かと思うと、刃を振りかぶって一気に急降下してくる。
『上だッ!』
(分かって、るッ!)
両手に構えた剣で、受け止める。圧し掛かってくる
「
蒼乃が放った風弾が雲を引き、
「ちょっとこいつめっちゃタフじゃんッ!」
「おい当てられるなら何とかしろッ!」
「もうひとつの魔法なら……! けど近づかないと当てらんないッ!」
怒鳴り合いながら、噴水の周りを回るように距離を取った。しかし
”声”の妙な力で強化されてもこのザマだ。蒼乃があの機動力についていけるとは、到底思えない。
(クッソ……! こうなりゃイチかバチかで組みつくか⁉)
『おい、お前』
(なんだよ今忙しい……)
『お前ら二人とも
(知るかそんなもん!)
『恥ずかしがらねえでちゃんと聞けよ。じゃねえとお前ら、間違いなく死ぬぞ』
呆れた調子の濁声が響く中、跳躍から繰り出されたの一撃を辛うじて凌いだ。お返しとばかりに炎の剣撃を見舞うが、
ずっと動き回ってるおかげで、体力は限界に近い。このままいけば、”声”の言う通り全滅は免れない。攻撃を当てるなら、蒼乃の力は一筋の希望だ。
(ええい、クソッ!)
「おいッ! お前の力って、敵の
「そうよっ! 生き物じゃなくても
苛立った蒼乃の声を、脳裏に響く濁声が上書きする。
『……カカカッ! なら話は早えや! あの別嬪ちゃんの顔思い浮かべながら言ってみな!
(は、はあッ⁉ なんであいつの顔……ッ!!)
『嫌ならここでくたばるだけだなぁ⁉ カカカッ! 相性いい奴が死ぬのはちょいと惜しいが、これはこれで見ものだぜッ!』
(……ッ!)
煽りに苛立ち、蒼乃の顔を思い浮かべる。
汗にまみれ、隣り合って戦うその姿に、なぜか胸が高鳴った。
右手の甲が、妙に熱い。
(こんな、こと……ッ!)
『
刹那――右手の甲にある紋様が、力強く輝いた。
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