背中合わせ

 ロイド村での戦闘は、黎一たちの優勢で進んだ。

 大群は、黎一が炎の剣で薙ぎ払う。屋根上の射手は、蒼乃が風の盾で矢をいなし、風弾で撃つ。

 生き残っている村人たちを誘導しながら、村の奥へと進んでいき――やがて辿り着いた時計塔と噴水が立つ広場で、黎一と蒼乃は背中合わせになって戦っていた。


(それにしても、こんな大量の魔物……どこから湧いて出やがった⁉)


 噴水からわずかに溢れる青の魔力マナで強化した水の弧刃で、小魔インプを屠る。倒した数は、三十から先は数えていない。

 どうやら火災の原因は、この小魔インプが使う火の魔法らしい。水の魔法で優先的に倒したおかげか、延焼はだいぶ収まったように見えた。しかし魔物の勢いは留まることを知らず、噴水広場は無数の屍が転がる地獄絵図と化している。


『どっからって? この先にある穴倉よぉ。お前らは”小さな木立の迷宮リトル・グローブ”って呼んでるがな』


 襲来の波に隙間ができた時、脳裏にふたたび声が響いた。

 聞き覚えのある単語に、眉をひそめる。


迷宮ダンジョンから……⁉ 結界が張ってあるはずじゃないのか⁉)


 小さな木立の迷宮リトル・グローブという迷宮ダンジョン講義レクチャーの中でも名が挙がっていた。なんでも入り口に小さな木々が群生しているのが、名の由来だそうだ。与しやすい魔物が多く、王都から近いことも相まって、駆け出し冒険者に人気の迷宮ダンジョンらしい。

 だがこうした迷宮ダンジョンには王国によって結界が張られており、魔物の湧出を防いでいるとも聞いている。


『どっかのバカが表層の結界を解きやがったからなぁ! おかげでお前を見つけることができたから、オレ様としちゃありがたいがよぉ!』


(じゃあ、あんたがいるのも!)


『フン、いいカンしてんじゃねえか。その小さな木立の迷宮リトル・グローブの奥底よぉ。だからとっとと……』


「……声の人、なんだって⁉」


 不意に、風弾を撃ち出していた蒼乃が割り込んでくる。

 白い肌には汗で黒髪が張りつき、新品の防具には傷や煤汚れがついているが、目立った外傷はない。ちなみに黎一の中で誰かが喋っているという事実は、状況もあってかあっさり受け入れていた。


「近くの迷宮ダンジョンの結界が解かれて、魔物があふれ出したらしい!」


「大ごとじゃないっ!! てか応援まだこないのっ⁉ 勾原たちはっ⁉ ここにいるはずだよね!!」


(言われてみりゃ、たしかに)


 存在を忘れていたが、勾原たちもロイド村への運搬任務を引き受けていたはずだった。しかしここまでで見たのは、村人たちだけだ。


(あいつら、まさか魔物にやられ……!)


 端末を取り出すべく、トラウザのポケットに入れようとした時――。


「そこの方、冒険者の方ですかッ⁉」


 左手が、女性の声で止まる。

 見れば少し離れた位置に、ぱっと見三十そこらの女性が立っている。よれた浅黄あさぎ色のスカートに白ブラウスと、いかにも中世の庶民女性といった出で立ちだ。

 問いに無言の頷きを返すと、女性はいきなり走ってくるなり黎一の足にしがみついた。


「お、お願いですっ! お助けくださいっ!」


「あ、いや、ちょ……っ」


「だああっ今こいつにしがみつかないでください色々面倒なんでっ! てかもうみんな逃げてますから早く行ってくださいっ! 中央の通りなら……」


「違うんですっ! 娘が、娘がまだ家に……ッ!」


 女性の言葉に、蒼乃と顔を見合わせる。

 広場の周囲の家はほとんど燃え盛っており、中にはすでに焼け落ちている家もあった。早く救出しなければどうなるかは、考えるまでもない。


「ど、どこですかっ!」


「あの家です! 早くッ……!」


 続く言葉が聞こえる前に、女性が指さす広場に面した家が、ひときわ大きく炎を噴き上げた。

 女性の顔が、絶望の色に染まる。


「ああ……っ! フィロッ! フィーロッ!」


「待ってッ! そっち、まだ魔物が……!」


 スカートをたくし上げて走り出す女性を、蒼乃が制止しようとした瞬間――。

 別の家の陰から飛び出した大きな影が、女性の胸を斬り裂いた。


「あ、っ……」


 息が、漏れる。女性の身体が、乾いた音を立てて斃れ伏す。


(死んだ……のか……?)


 ゆらりと黎一たちのほうに視線を向けた影は、小鬼ゴブリンを二回りも大きくした代物だった。手には血が滴る鉈のような片刃剣に、円形の盾。身体は、色も造りもバラバラの防具類で鎧っている。


小鬼頭ゴブリン・リーダーだぁ……⁉ 一層の階層主フロア・マスターじゃねえかッ!! なんでこんなのまで出てきてんだッ! 逃げろッ! 新人ペーペー二人でどうこうできる相手じゃねえッ!』


(逃がしてくれると、思うのかよ?)


 響いた濁声をいなすと、斃れた女性からもう一度視線を向ける。

 身体の奥に、沸々となにかが込み上げる。女性は苦手だ。だが娘を案じて身を顧みずに助けを求めてきた、母親だ。

 剣を構えて前に立った。今は”声”のおかげで、身体が強化されている。どちらが前に立った方がいいかは、考えるまでもない。


「……俺が受け止める。お前が仕留めろ」


「ちょっとマジでやる気なのッ⁉ どう見てもヤバそうだよあいつ⁉」


 蒼乃の言葉が終わる前に、小鬼頭ゴブリン・リーダーが動いた。

 辛うじて、視線で追いかけられる速さ――。かと思うと、刃を振りかぶって一気に急降下してくる。


『上だッ!』


(分かって、るッ!)


 両手に構えた剣で、受け止める。圧し掛かってくる小鬼頭ゴブリン・リーダーの剣撃を、辛うじて弾き飛ばした。何合も保ちそうにない。体力もさることながら、剣が保たない。


魔力追跡マナ・チェイス! 風礫招ウィンド・ショットッ!」


 蒼乃が放った風弾が雲を引き、小鬼頭ゴブリン・リーダーの左肩を直撃した。だが防具の破片が弾けたのみで、そのまま突っ走ってくる。


「ちょっとこいつめっちゃタフじゃんッ!」


「おい当てられるなら何とかしろッ!」


「もうひとつの魔法なら……! けど近づかないと当てらんないッ!」


 怒鳴り合いながら、噴水の周りを回るように距離を取った。しかし小鬼頭ゴブリン・リーダーは屋根から屋根、果ては噴水すら足場にして飛び移り、回り込んでくる。

 ”声”の妙な力で強化されてもこのザマだ。蒼乃があの機動力についていけるとは、到底思えない。


(クッソ……! こうなりゃイチかバチかで組みつくか⁉)


『おい、お前』


(なんだよ今忙しい……)


『お前ら二人とも勇者ブレイヴだろ? あの別嬪ちゃん、相手の魔力マナを追いかけられるのか?』


(知るかそんなもん!)


『恥ずかしがらねえでちゃんと聞けよ。じゃねえとお前ら、間違いなく死ぬぞ』


 呆れた調子の濁声が響く中、跳躍から繰り出されたの一撃を辛うじて凌いだ。お返しとばかりに炎の剣撃を見舞うが、小鬼頭ゴブリン・リーダーのふたたび跳躍であっさり躱される。

 ずっと動き回ってるおかげで、体力は限界に近い。このままいけば、”声”の言う通り全滅は免れない。攻撃を当てるなら、蒼乃の力は一筋の希望だ。


(ええい、クソッ!)


「おいッ! お前の力って、敵の魔力マナを追いかけるのか⁉」


「そうよっ! 生き物じゃなくても魔力マナのある対象なら場所も分かるし魔法も追尾させられるっ! ってかそれ今さら聞くっ⁉」


 苛立った蒼乃の声を、脳裏に響く濁声が上書きする。


『……カカカッ! なら話は早えや! あの別嬪ちゃんの顔思い浮かべながら言ってみな! 勇紋共鳴サインズ・リンク、ってなッ!!』


(は、はあッ⁉ なんであいつの顔……ッ!!)


『嫌ならここでくたばるだけだなぁ⁉ カカカッ! 相性いい奴が死ぬのはちょいと惜しいが、これはこれで見ものだぜッ!』


(……ッ!)


 煽りに苛立ち、蒼乃の顔を思い浮かべる。

 汗にまみれ、隣り合って戦うその姿に、なぜか胸が高鳴った。

 右手の甲が、妙に熱い。


(こんな、こと……ッ!)


勇紋共鳴サインズ・リンクッ!!』


 刹那――右手の甲にある紋様が、力強く輝いた。

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