ハズレ二人

 白い柱が並び立つ大広間が、色とりどりの叫喚で満たされる。そんな中、黎一は周囲をひっそりと見回した。

 天叢は、騒ぐ男子たちを落ち着かせるのに必死だ。女子勢のほうを見れば、蒼乃もやはり他の女子たちと口々に何かを言い合っている。

 しばし様子を見ていると、壇上のレオンがすっと顔を上げた。


「……皆様。どうか落ち着いてください」


 鷹揚な声が響き渡る。周囲の怒号と悲鳴が、一瞬にして静まり返っていく。先ほどよりも声量が上がっているあたり、なにか仕掛けを使ったのかもしれない。それを差し引いても、このどよめきを一声で鎮めるのだから大したものである。


「心中、御察しします。ですが今は、私の話に耳を傾けてはいただけないでしょうか。それが……元の世界に戻るすべに繋がるかもしれません」


 誰も、音を発しなくなった。周りは重武装の騎士に囲まれている。騒ぎを起こしたところで、どうなるわけでもない。

 レオンは満足げに頷くと、壇上のマリーとロベルタに手で合図した。するとマリーとロベルタの他、数人の女性たちがタブレット位の大きさの石板と思しきなにかを持ってひな壇の下に降りてくる。女性たちは皆、ロベルタと同じく服装だ。


「ありがとうございます。では話を続けましょう。皆さまの持つ勇者紋サインには、能力スキルと呼ばれる力がひとつずつ付与されています。まずは、ご自身の力をお確かめください」


 マリーとロベルタ、女性たちが一斉に横一列に整列した。ここに並べとの意思表示に、級友たちはざわつきながらも列を作り出す。

 しばしその様を見ていると、肩をポンと叩く者があった。振り向けば、目線より少し高い位置に天叢の笑顔がある。


「とりあえず行こう? 変に警戒してても仕方ないよ」


(女子が並んでるところに並びたくなかっただけなんだが)


 仕方なく男子ばかりの列を見つけて並ぶと、順が回ってきた先にいたのはマリーだった。黎一の姿を認めると、マリーはにっこりと笑って石板を差し出してくる。


「お、来ましたねレイイチさんっ。ささ、ずずいっと!」


(だから名前呼びやめろ)


 男子たちからの刺々しい視線を感じつつ、黎一は黙って石板に手を乗せた。

 マリーがスマホらしき石板を凝視してる辺り、石板ふたつが同期しているらしい。


「ふむふむ、守護属性はなし、っと……。あっ、気にしないでくださいね。守護属性は住む環境で変わったりもしますから。で、能力スキルは、っと……ふへっ⁉」


 途端、マリーが明らかに動揺する。

 どよめきとともに級友たちの視線が集まるのが、肌で分かった。


「該当なしっ⁉ あれ、そんなはずないのに……」


(おいおい、能力スキルなし展開かよ⁉)


 が、マリーはすぐにほっとした顔を向けてくる。


「あ、よかったぁ、出ましたよ。えっと、魔律慧眼カラーズ……ですね」


「からーず……?」


「周囲に満ちる魔法の力、魔力マナが視覚で分かります!」


「……それだけ、すか?」


「ま、まあほら、能力スキルですべてが決まるわけじゃないですから……」


(そりゃ、ないよりいいけど……普通にハズレ能力スキル、ってやつじゃねえの?)


 その時、はるか向こうの列からどよりと声がした。


「ウソ……⁉ ルナ能力スキル、しょぼすぎ⁉」


「ま、まあ蒼乃さんならなんとかなるっしょ!」


(へっ、蒼乃あいつもハズレか。ざまあみやがれ)


 心の中で嘲った瞬間、ふたたび肩をぽんと叩かれる。振り返ると、そこにいたのはやばり天叢だった。


「終わった? 僕、万象治癒トータル・ヒーリング。回復魔法にボーナスあるんだってさ。魔法とか使い方分からないけど、ほんとゲームみたいだね。八薙くんは? どんな能力スキルだった?」


「あっ、いや……その……」


「……ハズレ能力スキルでぇ~す、とか言っとけよカス」


 チャラついた声は、背後から聞こえた。見れば、制服をやたら着崩した黒髪センタパートの男子である。顔だけならわりと見れる顔なのだが、いかんせん背が天叢より頭ひとつ小さい。

 ――勾原まがはらさく。黎一の中では、クラスでもっとも面倒な相手だった。


「どこ行っても負け犬は負け犬だなぁ? ハズレ野郎」


 またこれだ、と黎一は心の中で盛大にため息をついた。勾原は中学時代から一緒だが、なにかにつけて絡んでくる。

 侮蔑を隠そうともしない腐れ縁を前に、黎一はにへらとした笑みで応じた。


「……ハズレ相手にしてねーで、とっととご活躍してきたらいかがですかね。勇者様?」


「あんだと、こらぁ……! 俺の能力スキルはなぁ……!」


「勾原くん、やめなよ。ここで騒ぎ起こしたって、いいことないぞ?」


 割って入ってきたのは例によって天叢だった。さすがバスケ部のエースだけあり、身のこなしにそつがない。

 勾原は舌打ちひとつして距離を取った後、気づかれぬように黎一を睨みつけてきた。これもまた、いつも通りだ。

 それに気づいてか気づかずか、天叢はふたたび黎一に顔を向ける。


「そういえば蒼乃さんは? 相方でしょ?」


「相方……?」


「あれ、聞いてない? 同じ模様の人が一対ペアなんだって」


 天叢はそう言うと、自らの左手の甲を見せてきた。馬と薙刀を掛け合わせた形の紋様だ。言われて見れば、近くにいる栗色の髪をした女子の右手に同じ紋様がある。


(同じ紋様? ってことは……)


「……能力スキルの確認は終えられたようですね。話を続けましょう」


 不意に聞こえたレオンの声が、思索を中断した。おそらく説明があるのだろう。

 仕方なく、視線を壇上へと移す。


勇者紋サインは、同じ紋様の者同士が対となっています。右手の甲にある方が主上マスター、左手の甲にある方が眷属ファミリアです。主上マスター眷属ファミリアの距離が著しく離れた場合、勇者ブレイヴとしての能力が失われることを確認しております。王国としては極力、一対ペアでの行動を推奨いたします」


 級友たちが幾度目かのざわめきを見せる中、黎一は右手の甲を見た。

 黒いひし形の真ん中を三日月にくり抜いた紋様は、変わらない。蒼乃の左手の甲にも、たしかに同じ紋様があった。


(なんで俺が蒼乃あいつと……。てか、あいつの能力スキルもたしか……)


「この後、支給品の配布と講義レクチャーを行います。勇者紋サインについてはお伝えできることは多くありませんが、少しでも皆様のお力になれればと考えております。……私からは以上です。ご清聴、ありがとうございました」


 レオンが壇上から姿を消すと、級友たちの間からぱらぱらと拍手が起こった。程なくして、係の女性数人が級友たちを誘導しはじめる。

 横を通りすぎていく級友たちの中から、ひそひそと声が聞こえる。


「うっわぁ。蒼乃さん、八薙となんだって」


「しかも二人ともハズレって、さすがになんともならんよなあ」


「ま、いい気味じゃん。調子こきすぎなのよ、蒼乃あのコ


「俺ら、ハズレじゃなくてよかった……」


 顔をあげると、いつの間にか近くにいた蒼乃と目が合った。

 戸惑う顔の蒼乃を前に、黎一はただ立ち尽くすしかできなかった。

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