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 先ほど渡された鉱石を眺めながら、いや、これを持っていないといけない意味とはなんだ。そもそもそんなに簡単に呪いって解けたのか。呪いをかけられたことはあっても、それを解いたことはないため、彼女の張り手だけの治療にいささか不安を抱いている。

 まあ、死んだ時は死んだ時だ。

 死んだ。なにか忘れているような。


「おい、そういえばあの青年。リベルタくんはどうした。まさか蟲のエサになんてなってないよな?」


 先を歩くインガに尋ねる。


「黙秘」


「おいおい、死んじまったら」


 協会からの依頼は、この3人を連れて迷宮探索。その上で死亡者が出れば報酬は減額。待てよ、まだ依頼の受注を行っていない段階で死人が出た場合はどうなるのか。


 そんな疑問を抱きながら協会へと戻ると、イエナの血が注がれたあのグラスのあるテーブルに、イエナとリベルタ、アーシヤの3人が座っていた。


「いやぁよかったよかった。普通に死んだのかと思ったけど」


「いえいえ、幸運にも逃げ延びましてね。それよりもロアさんは本当にお強い。ぜひ、僕に冒険者のいろはを教えていただきたい」


「おまえ、そんな口調だったっけ?」

 

 まあいいや。

 そういえば彼らをボコボコにすると言ったか。有言不実行ではあるが、彼ら3人は痛いほどおれが格上の存在であると痛感したことだろう。

 実際はそうでもないのだが、はったりは重要だ。 冒険者はぎらぎらと光る剣を腰に刺したり、背丈ほどの武器を担ぐが迷宮に入ると案外それらの武器は思ったほど役には立たない。迷宮探索のほとんどの工程は歩くことと、飯を食い寝ることである。ではなぜ冒険者たちはそんなにも己を大きく見せたがるのか。それははったりである。

 依頼主や相手取る業者に足元を見られないために。同業者に襲われないために。我こそは腕利きの冒険者であると周囲に知らせることで、自らを守っているのだ。

 冒険者協会が酒場を兼ねているのも、そこへ出入りするものたちに、この協会にいるのは指折りの益荒男どもであるとその飲みっぷりでアピールしているのだと、耄碌したジャンキーのジジイ冒険者が言っていたが多分これは嘘だ。

 ともかく力量を謙遜し隠すようなやつは、下心があると疑われるくらいには、傲慢さこそが我らのスタンダードなのである。


 それにしても、この3人。

 腕はいい。そもそもなぜ冒険者なんぞになろうというのか。その答えはおおよそは推測できる。がしかし、それはこの際置いておこう。


「君らなかなか素質があるじゃないか。これなら低級の迷宮なんて楽勝さ。ぜひ力を貸して欲しい」


 もちろんそんなことはないが、こう言っておけば、活気盛んな彼らはすぐにでも迷宮へ向かいたがるだろう。


「なるほど4人でと聞いていましたが。ロアさんが最後の1人でしたか」


「うん、彼がリーダーならうまく行くだろうね」


「否定しない」


「あら、順調そうね。後は彼に任せるわ」


 そう言ってアーシヤは席を立とうとして。


「そうだ、初めてなら正式にパーティーを組むために契約書を書きましょうか」


「正式にって、別にそれは」


 そこで考えつく。

 彼女が言っているのは『同行者の契約』のことだろう。これは普通、冒険者が長期的な目標を達成するためにパーティーメンバーを縛るために行われる。その効力は主にリーダーに決定権を与えることと、メンバーの生命や財産をリーダーに補償させることである。

 大きなヤマであったり、傭兵団などではよく利用されるが、その場限りの仕事では滅多に用いられない。

 今回は一度きりの迷宮探索。その必要性はないが。だが、おれに関して言えばうまみもある。

 リーダーは報酬の分配比率を変更できるのだ。

 1人10リラ。妥当な報酬は1人5リラというところか。

 これでも相場からすれば金払いがいい方だ。

 もちろんそんなことをすれば、『同行者の契約』をもとに分け前を請求されるが、目標を達成して契約の解除を経てからは『神罰』を受けることもない。

 うまくやれば20リラは手に入る。ちょうど借金を返済できる額である。

 後払いと言えばこいつら楽に騙せそうだな。


「いいや、なんでもない。確かにそれはいい勉強になるはずだ。冒険者は武器を振り回すだけじゃやっていけないからな」


 まずアーシヤもとい協会へ12リラ、ローレンのとこの鍛冶屋に4リラ、宿屋のツケで……。

 とってつけたように微笑みながら、金の勘定をする。

 ベテラン冒険者ともなると、借金をどのように返済するか、計画を立てるのも慣れたもので、反面、その経験の多さが冒険者の世知辛さを証明していた。


 いや、まてよ。そもそもこの金払いのいい依頼は彼ら新人の育成を目的に協会、おそらくはアーシヤが用意したもので間違いない。


 おれはアーシヤをちらりと見る。彼女は相変わらず白々しい様子で3人分の契約書を、『命よりも大切な羽ペン』で制作している。


 金に困ると人間というのは視野が狭窄し、思考が獣人よりも劣ってしまうものだ。彼女ほど聡明な人間が易々とそのような付け入る隙を作るわけがない。加えてこの『同行者の契約』。なにか裏があるに違いない。


 おれはドュラの木の皮で巻いた煙草に火をつけ、すっかり閑散とした酒場の柱に寄りかかる。

 この時期、冒険者たちは迷宮探索の依頼を受けるだけでなく、彼らの出資者である豪商へ顔見せをしていたり、物資の調達ルートの得意先に挨拶回りをしていたりする。おれのようにその日暮らしの冒険者もいるが、結局は協会に仲介料を払って、そのような勤勉な冒険者に仕事を回してもらうのだ。

 

 話を戻そう。金銭のトラブルはこの稼業、つねに付きまとう問題である。だからこそ、『契約』の力を行使できる冒険者協会におれたちは従うわけだが、当然、協会側も半端な仕事をして冒険者を蔑ろにするようなことは基本的にない。

 

 冒険者が協会を必要とするように、協会側も、いや、協会こそ冒険者によって成り立っている以上、その信頼を損ねる事は自らの根底にある意義を失うことになる。


 やはりありえない。この10リラという報酬の額を正しく理解しなくてはならない。そうだ、なにも損をするわけではないのだ。一度で借金を返済しようとするから判断を誤る。ここは依頼を万全にこなし良銭を得る。それが最も安全な洗濯であることには疑いようがない。


「よし、3人とも契約書の読み方を教えるからよく聞いておけよ。まず…」


◇◇◇


 ロアたちが去った後の酒場に1人の男が残っていた。彼は先ほど〈獣道〉を追い出された自警団員のひとりである。店じまいを終わらせて、彼を出迎えたアーシヤに、丁寧に包装された小包を渡す。

「ご用意ができました」

「ありがとう。それで自警団長の返答は聞かせてもらえるのかしら」

「そのために私が来たのです」

「もしかして、信頼のおける人物というのは」

「ええ、私はあの人の養子であり、今は自警団に所属しています」

「そう。そういう経緯で。積もる話はあるけれど、わたしもすぐに『琥珀会』へ向かわなければならないの。彼はなんて?」

 男は神妙な面持ちで口を開く。

「『すぐにでも』と、拙速よりも巧遅を尊ぶ。それが彼の口癖ですから」

「わかったわ。では予定通りに。わたしはゼビエ氏の邸宅へ向かいます。あなたは?」

「父の、いえ、自警団長の了承は得ています。招待状も」

 かれは刻印の入った銀の二枚貝をアーシヤに見せる。

「なら急ぎましょう。彼は時間にはうるさいから」

「そういえば、つい話を盗み聞きしてしまいましたが、なぜ単なる迷宮探索に40リラもの大金を?」

 アーシヤは笑って答える。

「今にわかるわ」

 夜は深さを増して、月は煌々と照る。

 ロアが麦の敷き藁のうえで煙をくゆらせ、思案をめぐらせているその時、フィラリアに渦巻く陰謀が動き始めていた。

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