3-2

 フィラリアはかの王国の領地である一方で、その政体は自治政府である。ここでの自治政府とは『大陸中央の価値観でもって正式な都市を、大陸法の定める封建領主以外のものがそれを統治する』場合をさす。

 大陸中央からは距離的、文化的に離れた都市はしばしば王国の支配から脱するために、大規模な反乱、衝突を繰り返してきた。そのような経緯から王国は、交易や生産業、宗教的に重要な辺境都市をいわゆる『貴族的』な支配ではなく、地方自治という緩やかな手綱でそれをコントロールする方針をとっている。

 この大陸のすべてを支配する、領土を維持するということは封建的支配体制の限界と向かい合うと言うことなのかもしれない。

 

 そういった理由から、フィラリアでは衛兵と自警団という二つの組織が治安の維持にあたっている。

 衛兵という語は王都の下級役人を指す場合もあれば、王都および国王を守護する役目を負った特権階級の近衛兵、王国の領土の治安を守る領地衛兵、そして地方都市の統治者に雇われただけの名目上の兵士であるゴロツキとを区別するためにも用いられる。どちらにしろ、支配者の暴力装置であることには違いがなく、この制度上の違いが市井の人々にとって重要ではないことは明らかである。

 衛兵があくまで国家の安全を担うものである一方、実際的に人々を庇護する存在は彼ら自身であり、その都市、地域ごとに組織される自警団である。

 彼らは農業、鍛冶屋、小売店から港湾労働までそれぞれの生業で生計を立てているものたちで、その中で健康な男性が武装し犯罪やトラブルといった紛争を解決する。

 特にフィラリアのように最低限の衛兵しか置かない自治政府の都市などでは自警団による治安維持の方が一般的である。

 ここで問題になるのが、衛兵と自警団間で頻繁に抗争が勃発する点である。例に漏れず、今夜も港へ延びるメインストリートで起きた暴行事件を元に両者の対立が激化していた。


◇◇◇

自警団『臨時』駐屯所

〈獣道〉


「我慢ならん!犯罪者の引き渡しにとどまらず、あいつらはいつから我らを指揮下に置くことになったのか!」


 日に焼けた丸太のような腕を振り、ただでさえ老朽化でガタのきている料理屋の柱を殴ると、店のところどころで埃がこぼれる。


「あんた、店で暴れるんじゃないよ!」


 声の主とその連れの若い男は店主であるボア夫人の怒声で仰け反った。


「夫人、いま私たちは重要な会議の途中で」


「ふん、鉱夫のおっさん連中が出稼ぎに行ってる間のお留守番だろうに。随分と偉そうな口を聞くじゃないか。

 あんたらが立派な一張羅を着て、通りの真ん中を歩けるのは、街のみんなのおかげだってことを忘れんじゃないよ」


 彼らは幼さの残る顔で俯いて、バツが悪そうに麦酒をすする。


「なさけない。夜の巡回にでもいってらっしゃいなさい」


「い、今行こうと思っていたんです」


 先ほどまで演説していた男に急かされるまま、彼の連れは席を立つ。


「では、わたしとロジャーは南区を」


 彼らは皮肉にも常日頃から嫌悪するあの衛兵のような規律の取れた所作でそれぞれ夜の街へ散っていった。


◇◇◇


 おれは針山のようになった蟲の躰から短剣を抜き取り、足元で横たわり痙攣するオオムカデを踏みつけた。


「そういえば、どうしてあらかじめ使い魔と入れ替わってたんだ?」


 そんなにやばい雰囲気出してたか。よく体臭がキツすぎて文句をつけられることはあるが、どちらかというと冒険者にしては品がいい見た目をしているはずなのだが。

 目の前でうずくまる女魔術師に尋ねた。


「」


 黙秘を決め込む彼女の首根っこをつかみ、ドブの上に引っ張り上げる。


「の、呪われた人間にやすやすと近づく魔術師は2流」


「なんだ喋れるのか。大した呪いじゃないから気にすんな」


「嘘。お前もうすぐ死ぬ」


「んな馬鹿な」


「呪いが複数あるせいで進行が遅れてるだけ。たぶん月の周期と連動してる」


 月の周期。星霊術か。だが、そんな覚えは。

 おれの脳裏にあの馬面の男との会話が浮かんだ。『黒いローブの祈り手』と殺された元パーティの男。


「なにを呆けてんの!下ろしてって!」


「ああ、悪い。ところでお前、この呪いを解くことできるか?」


「見てみないと、いや、できるから!水だけはだめなんだ!」


「そうかそうか。助かるよ」


 インガを水路の傍に下ろしてやると、彼女は恨めしそうにこちらを睨みつける。


「ふん、野蛮人め。まって、解呪はちゃんとやるから」


 おれはあぐらを組み腹に巻いた包みから塗り薬を取り出し、切り傷に塗る。その間に、彼女はローブを再び被り、その内側から出した錆びた鉱石を掴み、それを小刀で削る。 


「服を脱げ」


「そう言って背中を刺すなよ」


「せいや!」


 彼女はもちろん小刀ではなく、錆だらけの黒ずんだ手のひらをおれの首元に叩きつけた。


「よし」


「解けたのか?」


 呪いをかけられたことにすら気が付かないのだ、それが解けたかどうかもわからない。


「わかんないけど多分大丈夫なはず」


「多分って」


「それから、この石を肌身離さず持っているように。あと、その短剣と、もう一つの方の呪いはやく教令会に縋りにいったほうがいい。寄進は少額からでも」


 そこまで言って彼女はローブのフードを被り直す。


「協会へ戻る」


「若い魔術師ってよくそんなかんじの口調で喋るけど流行ってんの?ダサいからやめた方がいいぞ?」


 立ち去ろうとするその女魔術師は一瞬だけびくりと立ち止まり、早足で歩き出した。

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