第2話 愉快な仲間たち

「わたしは契約の神イズリースに誓いを立てます。名はロア・テスカ。契約締結」

「わたしは契約の神イズリースに誓いを立てます。名はロア・テスカ。契約締結」

「わたしは、えー。契約の神イズリースに誓いを立てます。名はロア・テスカ。はい契約締結」

 テーブルに並んだのは3つの契約書と、コップに入った水、加護が付与された護石。あっという間に簡易の神殿である。

「これで建前上は金品の貸借が可能だけれど、もちろん協会用の契約書にもサインしてもらうわよ」

「めんどくせぇ」

「面倒くさい?あなた自分の立場を理解しているの?ここ以外に冒険者なんかに金を貸してくれるところがあるかしら」

 冒険者協会フィラリア支部管理官『代理』、そして新たに債権者となるアーシヤは、まるで魔獣ガルムのような鋭い眼光で、債務者となるロアを睨みつけた。

「いえごもっともです」

「はぁ、そんなんじゃあ首に下げたアーカーブの銀翼が泣くわ」

 裸で一文なしになったおれは3つのものを借り入れた。

 1つ目は衣服。当然必要だ。

 2つ目は『銀翼』と呼ばれるタリスマン。これは単なるお守りとしてだけでなく、冒険者としての身分を証明し、協会の支援を受けることができる便利なパスとしての用途を持つ。

 3つ目は銀貨。リラは大陸で最も流通し、そこそこ安定した品質を保つ通貨で、金がろくに掘り出せないフィラリアの周辺都市では最も高い価値を持つ。お金は大事って話。

「うし、じゃあさっさと借金を返済しますか。というわけで、お仕事をいただけませんか?」

「メキメキ働きましょうね。そうだ、ちょうど経験豊富な冒険者の募集があるの。3人の駆け出し冒険者といっしょに低級の迷宮を探索してくるだけの簡単なお仕事ね」

 なんだそのくそみてぇに楽な依頼は。

「依頼主は?」

「伏せられているわね」

「報酬金額は?」

「1人10リラとあるわね。ただし、パーティに死亡者が出た場合は減額」

 金払いが良すぎる。

「協会がらみの依頼だろ。知らん顔すんな」

「最近は随分と物騒で若い子がよく死ぬの。昔から新人はベテラン冒険者が面倒見てあげるのが習わしだったはずよね」

「おれの時代はさんざん痛めつけられた記憶しかないけどな」

「びしばし教育してちょうだい」

 

◇◇◇


 翌日、日が沈んでからしばらくして、2階でうたた寝をしていたおれを、アーシヤが踵の硬い靴で手荒く目覚めさせた。

「約束通りみんなもう集まっているわ」

「いくらかマシなやつらだといいんだが」

 手すりの上、誰かが忘れたのか蒸留酒の入ったグラスを手に取り、啜りながら軋む階段を降りる。一階からは、下品な言葉を無理やり並べた唄と手拍子が聞こえてくる。いつも通りらしい。

 ただ、違う点がひとつ。階段を降りた先の使われていない暖炉のそばに、さわやかな青年と不気味な女が立っていた。2人は周囲の野郎どもの好奇の視線に少し辟易している様子だ。

「まあ、座りなよ」

 いつものカウンターではなく、座り心地は悪いが互いに向かい合えるテーブルを指さす。

「あ?もう1人はどこ行った」

 2人は視線を店の外、通りの方へ向ける。

「セイヤァ!」

 明らかに常軌を逸した叫び声がこだました。何事かと外へ飛び出すと、巨漢の男がけったいな見た目の、装飾まみれの衣服をまとった、宮廷小説に描かれる騎士のような女に剣を向けられ詰め寄られている。

「どうしたんだローレン」

 男の方は顔見知りで、近くの鍛冶屋『鉄の尾』(屋号の意味はわからん)に弟子入りしている職人奴隷の元傭兵だ。

「ああ、ロアか。こいつをどうにかしてくれ」

 恐らくはこいつが今回の依頼にある駆け出し冒険者の残りの1人だろう。本来、ローレンの腕ならばこのガキをぶん殴って終わりだが、彼は『職人奴隷』であり、トラブルを起こせば鍛冶屋のオヤジに責任がいく。

「ふん、止められるものなら止めてみろ。こいつにはわたしの家紋を侮辱した罪を償わせる。邪魔をするなよ」

 おれは店先に立て掛けてあった修理中の椅子をそいつ目掛けて躊躇なくぶん投げる。そのガキは素早く動いてそれを躱そうとする。

 近づいて普通に、手に持ったグラスのアホみたいにきつい酒を顔にぶっかけた。

「きゃっ」

 ガキは反射的に剣を持ったその両手を顔に引き寄せた。片手で剣の柄をさらに上へ押し上げ、首を肘で押すと、そいつはバランスを崩して後へ尻餅をついた。

「悪かったなローレン。こいつは少し持病があってな。時々こうやって発狂しちまうんだわ」

「そりゃあ気の毒なこった。もう行くが、次は衛兵に突き出すからな」

 ローレンは急いでいるようで、そう女に吐き捨てて去っていった。

「待て!にがすか」

「落ち着けよ」

 女の手から剣を奪う。

「返せよ!」

 女が手を伸ばしたので、肘でそいつの鼻を殴打した。

「あぐっ」

 鼻を抑える女の指の間から血が垂れる。

「なあ、衛兵呼ばれて困るのはお互い様だと思うんだけど。そんなに『故郷』が恋しいか?」

 女のいう『家紋』とは、彼女の胸当てに刻まれた薔薇の紋様。数十年前に滅んだはずの島国、エルディン王国のものに違いない。とても有名な、そしてフィラリアなどではお伽話に出てくる亡国の証。

「そんなものを身につけているやつは正気じゃないと笑われても仕方がないぞ」

「あんたもわたしを馬鹿にするのか」

「違うな。お前がどうしようと勝手だが、店の前で面倒を起こすなと言ってるんだ」

「あ、ああ、協会の方か。騒ぎを起こしてすまなかった」

 どうやら、まともに会話ができる類の人間ではあるらしい。

「それでいい。店で待ち合わせをしていたんじゃないのか?」

「そうだった!すぐ行かなければ」

「落ち着けよ。鼻血が出てるぞ。ほれ、このグラスで受ければいいんじゃないか?」

 空いたグラスを彼女に差し出す。

「何から何まですまない」

「気にすることはないさ、さあいこう」

 つい腹たって肘打ちしたけど気にしてないみたいだな。馬鹿で助かった。

 彼女に肩を貸しながら再び店へと戻ると、アーシアと置き去りにされたままの2人が席で帳簿に記入をしていた。

「イエナ。無事というはわけではないみたいね」

「アーシアさん。本当に申し訳ありません。ついカッとなってしまって」

 イエナ。やはりこの辺りでは珍しい、いや聞いたことのない奇怪な名前だ。

 イエナは直立不動でアーシアに謝辞を述べるが、当の彼女は、その間、床に溢れる鼻血にばかり気を割いている。イエナはこの後、床をピカピカに磨くことになるだろうが、おれの知ったことではない。

「とりあえず座って話しましょう。ロアは立っておきなさい」

 これでも穏便に済ませた方じゃないか。

「では、3人を紹介しましょうか」

「珍しいな、わざわざこんな雑務を買って出るなんて」

「これでも現場の方が長いのよ。最近は帳簿とばかり睨めっこしてるけれど」


「ねぇ、ちょっといいかい?」

 それまで沈黙を続けていた青年が口を開く。

「どうしたのリベルタ?」

「僕らって簡単な依頼をこなすために集まっただけなのに、随分と扱いがいいだろう?いや、よすぎるんだよね」

 リベルタと呼ばれる青年は、青い切れ長の目を閉じて、憂鬱そうに足を組み替えながら、当然と言えば当然な疑問を口にする。

 というのもあくまで一般に協会とは斡旋業者にすぎず、依頼主と冒険者間での仲介は請け負っても、冒険者の面倒を見るようなことはない。

「彼に同意」

 そして残りの1人、鉛色の髪の少女も隣の青年に同調する。

「ほら、なんとかさんも気にしてるみたいだし」

「インガだ。二度と間違えるなよ。殺すぞ」

「なんか言った?悪いけど声が小さくて聞こえなかったんだけど」

「主よ我の罪をお赦しください。焚べられた荊の王冠、湖面に映った白銀の月光、そのおしいだいた光の束を」

「なにぶつぶつ言ってんの?こわぁ」

「はいはい、2人ともそのくらいにしてくれる?」

 アーシヤがピシャリと冷や水をかけるように釘を刺すと、不自然なまでに2人はそれに大人しく従った。

「イエナ、リベルタ、インガ。あなたたち3人はうちの協会の期待の星よ。星は星らしく、静かに輝きなさい」

 ここまでくると不気味で仕方がない。アーシヤは生粋の合理主義者であり、冷酷な資本家である。彼らに一体どんな利用価値を感じているのかは不明だが、元をとることに関して彼女の右に出るものはいない。

 だからこそ、平凡な出自であって、管理官『代理』にまで上り詰めたのだ。ちなみに彼女の『代理』の肩書は言わば各方面への方便であり、前任の、いや現管理官は。やめておこう。あまり楽しい話でもない。

 ともかく使えないごろつきも使い捨てる彼女がこうも彼らを優遇するのには裏があるに違いないのだ。

「あー、ではそんな可哀想な君たちに自己紹介させてもらおうかな」

「わたしは可哀想ではない」

「そういえばおっさんだれだよ」

「不快」

「ロア、等級は銀翼。このフィラリアでは随一の冒険者だ」

「銀翼っていうのはすごいのか?」

「まあ、そこそこじゃない?」

「不快」

「これから君たちとパーティを組んで迷宮へ潜るわけなんだけど、指揮が十分に取れないととても危険なわけ。君らはたぶん頭で理解するよりも、体で理解した方が早いタイプでしょ?だから、今から君たちをボコボコにするから、その後で話し合いをしよう」

 そう言い合えると、まずは向かいに座るインガの頭を掴んでテーブルに叩きつける。鈍い音がして、彼女の頭蓋がグシャリと潰れる。

「はぁ!?こいついかれてんのか」

 リベルタとイエナはテーブルを飛び越えて出口へと向かっている。

「やっぱり。魔術師ってやつはどうもいかすかなぁんだよな」

 砕けたはずのインガの頭はドス黒い洋墨のように溶け、巨大な二匹のムカデに変わった。またかと周囲の冒険者たちが獲物を構えるが、そのムカデは何かに惹かれるように外へと這いずり出ていく。

「殺さないようにね」

 アーシヤの忠告を心に留めながら店を出ると、そこにはイエナが剣を地に突き立て、仁王立ちで待ち構えていた。

「逃げなくていいのか?」

「身重なので」

 共通語はまだ慣れないのか、明らかな言い間違いである。

「それ私は妊婦ですって意味だぞ?」

「べ、勉強になります!」

「さあ構えてみろ」

 じりと近づくと彼女も戦闘体制をとる。変わった構え、恐らくは向かい合って一対一の状況を有利とするとかそんなところだろう。側面は無防備だが、足の運びで常に正対し、向かって来たところを剣のリーチで急所を一突き。

 剣技に性格が引っ張られたのか、それとも生来の性格故にその剣技を選んだのか、気にはなるが、これらもさっさと3人を片付けないといけないので。

 股の間から短剣を取り出す。

「ちょっと、下品ですよ」

「下品なもんか」

 愛する得物は肌身離さず持っているべきだ。

 素早く距離を詰めると、それに反応してイエナは切先を首の高さに定める。串刺しはごめんなので、後へ下がる。

「さっきは油断しましたけど、正々堂々の決闘ならば負けません」

 確かにそれを言うだけの実力はある。

「でも油断は大敵だ。さあおれの大事な相棒はどこへ行ったのか」

 彼女はその痛みの原因を、自分の太ももの防具に残る傷跡をちらりと見る。

 おれはその隙を逃さず、再び距離を詰めて腕を伸ばして剣を握る手を削ぐように切る。当然そこは厚手の皮で補強されているため、薄皮が剥けただけの手応えだ。

 振り払うように力任せな振り下ろしをら再び後方へとかわす。もちろんそこで会心の突きがこようものならひとたまりもないのだが、彼女は今の一連の流れを処理しきれてないようだ。

「ま、魔法をつかっていますね」

「そうだ。ダガーを増やす魔法だ」

「それが嘘だってわたしでもわかります」

「不思議に思わない?なんで冒険者ってあんなに堂々とやくざな稼業ができるのか」

「なんの話ですか?」

「だって武器持った野蛮人がその辺をうろうろしてんのに、どうして衛兵たちはそれを見逃すのか。答えは簡単で馬鹿みたいに強いから」

「くっ、自慢ですか」

「いや、実際お前の腕は立派なモノだし、そこらの冒険者が同じ条件でやりあえば十中八九お前の勝ちだ。ただ、世の中には不思議なものがたくさんある」

 例えば。

「またっ」

「さあ、いま突き刺さったはずの短剣は」

「せいっ」

「あぶなっ。よく突っ込んでこれるな」

 なかなかいい突きを持ってるじゃないか。

「私は頭いいので」

 足元を狙った払いを飛んでかわす。

「目もいいんです。短剣には装飾にわずかな違いがあります。消えてなくなるのと、消えない普通の短剣。なんで消えるのかは分かりませんが、いつも消えない方に視線を集めて、もう片方を投げてます」

 なんだこいつ、鋭いじゃん。

「バレたらしょうがねぇ。くらえ!」

「無駄です」

 彼女は冷静に短剣を弾く。月明かりに反射しながらその刃は宙を舞う。

「目がいいし、なかなか頭の回転も早い。見所あるぞ。でも、2本だけじゃない」

 彼女は間の抜けた顔で、腕と足に深く突き刺さった短剣を見つめる。

 呆気に取られているすきに、今度こそその間合いの内側へと入り、首元に刃を突きつけた。

 彼女の腕から短剣を引き抜く。

「さあ、本当は何本あったでしょう」

 彼女は力尽きたように脱力して膝から崩れ落ちた。

「そうだ、今からお前の皮膚を死なない程度に引き裂くから、痛かったら叫ぶと楽だぞ」

「ひうっ」

「嘘だよ嘘、もっと胆力をつけな。止血は自分でできるな?」

 こくりと頷いたのを見て、振り返る。

「厄介そうなのは後回しだな」

 幸い月が出ている。夜目が効く人間からすれば逃亡者を追うのには最適な夜だ。


 

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