エピソード九 父からの手紙

何を書いても嘘をついているように思われることを承知の上で、私の気持ちを綴ろうと思う。

靜紅、君を見捨てるような形になってしまって、本当に申し訳なく思いながらあの日から生きてきた。だからこそ、今更ながら決意をした。

君に逢いたい。直接逢って謝りたい。許されるなら君の頭を撫でて、ぎゅっと抱きしめたい。

私に対して怒ってくれて構わない。それが当然の反応だ。ただ、私の気持ちを直接君に伝える機会を与えてほしい。

もう、逃げたくないんだ。

○月○日正午から、君の祖国の首都 空港にて待つ。

もしも来てくれるのなら、祖国を見ていってほしい。

タカシマ アキオ 君の父より


「……父は、私に会いたいみたいだね」

シズクはぽつり呟いた。

正直なところ、ダニエルはこの手紙を読んで、自分勝手と思わざるを得なかった。理由を知らぬとはいえ、この男はシズクを、実の息子を見捨て行方をくらませたのだ。いくら怒ってくれても構わないなどと述べたところで、その事実に変わりはない。

「お会いになるのですか、シズク様」

「うーん、店を空けることになるからなあ。ダニエルはどう思う?」

「……私は、シズク様の気持ちの向くままにしていただきたいと思います」

ダニエルは、この件に関してシズクにも、一番は己にも嘘をつく。

本当は会ってほしくない。

どこにも行ってほしくない。


「よお、そっちから俺達を呼び出すとはな」一体なんだ、という表情のウォルターと、いつも通り笑顔で挨拶するエレナ。先程シズクが電話で呼び出したのだ。交際宣言の数日後とあってラブラブな空気はむしろ増しているような印象を受ける。

「ごめんね呼び出して、ちょっと相談があってね」

「俺達に?シズクが?」ウォルターはきょとんとしている。シズクはそんなウォルターの前に、例の手紙を差し出した。ちなみにこの手紙はシズク達の居る国の言語で書かれていた。

「この手紙についてなんだけど……、読んでみてくれるかな」

ウォルターとエレナは手紙を読むと、思わず顔を見合わせた。

「親父さん、生きてたんだな」いつになく真剣な顔でウォルターが言う。

「うん。ピーターは直接会ったみたい」

「そうか。……それで?相談ってのは親父さんに会うべきか、ってことだろ?」

「そうだね、二人の意見を「もう決まってるんだろ、自分の中で」ウォルターは、何故かここでダニエルを睨んだ。

「ウォルター……」

「ちょっとダニエルおじさまと話してくる、シズクはエレナと話してろ」ウォルターはダニエルの肩に手を置くと、二人で客間から出ていった。


客間を出て、少し廊下を歩くと玄関だ。その辺りでダニエルは「何なんだ、」とウォルターに投げかけた。

「何もクソもねえだろ。なんで行ってほしくないならシズクを止めない?」

「それは……本人の意思が大事だと」

「相手がシズクを捨てたクズ男でもか。俺はあんた次第なら一緒に反対したかったぜ。万が一シズクがあっちの国で暮らすと言ったら?割って入れるのか?なんでも屋もなくなっちまうってことだぞ」ウォルターは珍しく怒っていた。しかも相手はダニエルだ。当のダニエルは、これまた珍しく力無い。

「俺はなんでも屋が好きだ。シズクが好きだ、あんたもちょっとは好きだ。ここに無くなってほしくない。それは出逢った時から変わっちゃいない」

「……シズク様から、お身体の話を聞いたことがあるか」

「死ぬかもしれない、ってやつか?聞いたよ。」

「ならわかれ……!!私だって何度止めようと思ったか、でもあの子はいつ人生の幕を閉じてしまうかわからない、だから悔いは遺してほしくない!!」

ダニエルは強く拳を握りしめ、歪んだ顔は涙を我慢しているようだった。ウォルターはそれを見ながら、「そんなに重かったんだな」と呟いた。


「シズクちゃん、ふたりが気になる?」エレナは、ずっとテーブルを見つめるシズクに声をかけた。

「ああ、すみません……、ウォルターが怒っているように見えたから」

「そうね、私にもそう見えたわ」

「なぜ、私ではなくダニエルなんでしょう……」

「ダニエルさんが一番あなたのことを大事に想ってると知ってるから、じゃないかしら」

シズクは黙り込む。

「……シズクちゃん、ウォルターちゃんの言う通り、気持ちは決まってるんでしょう?だったらそのまま突き進んで良いと思うわよ?」

「そうですかね……。もしかしたら店を長く空けることになるかもしれないから、おふたりに相談したかったのですが」

「そうねえ、正直それは寂しいけど……、でも私、決断を悩む時はこう思うようにしてるわ。自分だけが自分の人生の主人公なんだから、ってね」

そう言ってウインクしたエレナは、映画の主人公のように輝いて見えた。


リーン……リーン……

「あら、電話が鳴ってるわよ」

「依頼かな、出ますね」シズクは音を鳴らす電話機に駆け寄る。

「はい、なんでも屋シズク・ノースです」

「……靜紅か?」

異国語だとわかるイントネーションの発言に、シズクははっとした。

「もしかして、父さん?」

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