エピソード十 美人薄命
「すまない、つい我慢ができなくてね、電話をかけてしまったよ」
ぎこちないこの国の言語で紡がれる言葉に、シズクは食いつく程に聞き入った。
「ただいま、依頼の電話か?」戻って来たウォルターがダニエルを引っ張りながら問う。エレナは小さく首を横に振って、シズクを注視している。
「……本当に、私の?」
「そうだ、名前はタカシマアキオ、ダニエルさんだっけ、聞いてないかな」
「手紙を貰ってから調べてくれたよ。お母さんの名前は、確かユキノ」
「ああ、ユキノ……母さんの話をしておかないとな」
「?」シズクは首を傾げつつ、瞳を輝かせるのを止めずにいた。
「もう知ってるかもしれないが、ユキノ……母さんは、君を産んでから一年ほど後に亡くなったんだ」
「え……?」
「ユキノは大病を患ってしまってね」
「そんな」
「美人薄命、と言うやつかな、二十三で亡くなったよ。きっと君もユキノに似て美」
ガチャン
「ーあれ、切ってしまった」シズクはぽつりと、そう呟いた。
「シズク様、一体何を言われましたか」ダニエルが急ぎ問いかける。
「ああ、ユキノさん……私の母さんは、若くして亡くなっているんだと、」
ウォルターは思わずダニエルを見た。表情を見るにー知っていたのだろう。
「ダニエル、やっぱり私、父さんに会いに行くよ。電話一方的に切ってしまったし」
「……左様ですか、おひとりで?」
「ダニエルも来ない?父さんに紹介したいんだ、私の大事な人だって」
にこやかにそう言うシズクに、ダニエルは少し微笑んだように見えた。
「挨拶なんて要らねえのによ、あの親父さんと会うの、腹括ったんだな」
「うん、ありがとうピーター、手紙届けてくれて」
「依頼だからな。ほら、寒いからさっさと行きやがれ」しっしっと追い出されたものの、シズクは「またね」とピーターに声をかけ、笑顔で道を行く。街は雪がちらつき始め、吐く息が白かった。
「……帰って来いよ、絶対」ピーターは呟いた。
「ウォルター、レンタカーを借りたなんて驚いたよ。運転出来るんだね」
「危険運転かもしれませんのでお気を付けください」ダニエルが眉間の皺を深くして言う。寒いからか、ウォルターの運転が不安なのか。
「おーい、ここだここ!!」ウォルターの声に立ち止まると、一台の軽自動車から声の主が顔を出していた。
「雪が積もらないうちに早く行こうぜ!!」その言葉に足を踏み出したシズクは、心の中でいよいよか、と感じていた。
(父さんに会って、祖国の文化を楽しんで、初めての旅行を最高のものにしたい……)
二人は車に乗り込むと、駅への道を走り出す。なかなか遠くにある駅への道のりは少し長い。
「時間、間に合うか?」
「一本遅らせても大丈夫だから。……ごめん、昨日眠れてないから少し寝てもいいかな」
「おうよ、ゆっくりしとけ、長旅になるからな」
「おやすみなさいませシズク様」ふたりの言葉を受け、シズクは安心したようにダニエルの肩に寄りかかった。
「雪、止んだな。」ウォルターがハンドルを握り直す。
「お前、まだ不満か、」ダニエルが問いかけた。
「まあな。でもしゃあない、あんたも一緒なら少しは安心だ」
「そうか。……すまないな」
「なんだよ気味悪いな、なあシズク?まだ寝てるのか?」
「起こすな馬鹿……!!」
その時ダニエルは、ふとシズクの顔を見た。 唇の色が良くない。寒いからだろうか。
ちょっと間を置いて、ダニエルはゆっくりコートを脱ぎ、シズクにかける。しかし、その後ウォルターにこう声をかけた。
「……ウォルター、今日は中止だ。店に戻るぞ」
「は?なんだよ、もうすぐ着くぞ」
ウォルターはバックミラー越しにダニエルを見た。何故だろう、頬が濡れている気がする。帽子を被っているせいで気付きにくいが……
「ーわかった、Uターンするからシズク離すなよ。俺は元々運転荒いんだ」
三人を乗せた車が、店の方へと戻って行く。
シズクの手から、父からの手紙がすとん、と落ちた。
了
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