エピソード八 嵐と嵐
「俺達」
「私達」
「「お付き合い始めました!」」
「……今なんと?」先の発言ーウォルターとエレナによるものーに反応したのは、意外にもダニエルが先だった。
ダニエルはずいっとウォルターに顔を近付け、小声で言う。
「お前、散々エレナ嬢を嫌がっていたのにどういうことだ?ついに頭がどうにかなったのか?」
「そうだな、頭から天国に行ってしまったかのように幸せではあるな!なにせ俺の運命の人はこんなに近くにいたのだと気付いたからな!」
「やぁん、ウォルターちゃんたら♡」
これが所謂バカップルというやつか。ダニエルは確信した。
「シズク様、これは一体……」
「う〜ん、まあ、なんとなくそうなるとは思ってたけどね」
ダニエル、お付き合い報告の時を含め二回目のショック。主人は若くしてこの恋路を察知していた。シズクは自分自身のことにはあまり関心がない分、他人のことには勘が鋭い。年齢はダニエルの方がだいぶ上だが、人間関係のスキルにおいてはシズクが特段上なようだ。感動とショックでダニエルの胸は痛む。
「にしてもウォルター、何がきっかけでお付き合いすることになったの?」シズクがもっともな問いをかけると、ウォルターは待ってましたと言わんばかりに腕を組み、話し出した。
「それはそう、夕暮れ時の飲み屋帰りだった……」
「ちょっと待て。長くなりそうな語り口だ、やめておきましょうシズク様。あと飲み屋帰りが夕暮れ時ってどういうことだ」すかさず突っ込むダニエル。
「せ、せっかくだからエレナさんに聞こうか」2人を制するようにシズクがエレナに話を振る。するとエレナはにっこりと笑み、
「結婚を前提にお付き合いを申し込まれましたわ、急に」
と言った。ダニエル、三回目のショック。
「いやあ、追われてるうちになんというか……可愛く見えてきちゃったんだなあ」
「まあ可愛いなんて、ウォルターちゃんはかっこいいわよ!!」
「……私の前でイチャつくのはやめろお前達、追い出すぞ」
「まあ〜ダニエルちゃんこわ〜い♡」これはウォルターの発言である。
「気色悪い……!シズク様、こやつらいかがしましょう」
「その言い方、私が悪の親玉みたいだね……」
そんな賑やかななんでも屋に、突如インターホンの音が響いた。
「あれ、依頼かな。私が出るよ」シズクは急ぎ玄関へ向かう。すると、そこには見知った顔があった。
「よう」
「ピーター!どうしたの?」
「お前宛に手紙だ。言っとくが俺は郵便配達員じゃないぞ。探偵だ。これも依頼で引き受けたものだ」
そう言って、ピーターは一通の手紙をシズクに渡した。封筒に差出人の名前は無く、極東の国の文字で「靜紅様へ」と書かれている。
「東の方の国で使う文字だ……、一体誰が?」
「さあな、何も詳しいことは語らない男だったよ。大体探偵も秘密主義だしな。じゃ、確かに渡したからな」
ピーターはそう言って、すぐに帰ってしまった。
「シズク様?どうされました?」
「ピーターが手紙を持ってきてくれたんだ、誰からだろう……。夜にでも読むよ」シズクは手紙を自室へと持って行く。
「ほら、お前達ももう帰れ。シズク様がお疲れになってしまう」
「はいはい、わかりましたよ。じゃあ行こうかエレナ」
「ええ、お邪魔しましたわ、またね♡」
そう言って二人が店を出ると、ダニエルは「まったくだ」と呟いた。
「ウォルターが一人の女性に心を決めて本当に良かったよ」
夕刻、自室にて、シズクはにこやかにそう言う。
「出会った頃からプレイボーイで心配だったけど、エレナさんならウォルターも落ち着けるんじゃないかな」
「……とても落ち着いた雰囲気ではありませんが、」ダニエルが眉間の皺を深くすると、シズクは苦笑いで「まあ、楽しそうでなにより」と言った。
「最初に会った時のウォルター、少し寂しそうだったし」シズクは当時のことを思い返していた。
それは三年前。シズクとダニエルがとある依頼で必要なものを買いに、街へ出ていた時のこと。
買い物終わりにちょっとした人だかりに遭遇した二人は、嫌でも聞こえてくる大声同士の争いに目を見合わせた。
「この女は俺が先に目をつけた!だからお前にはやれねえなあ」
「あ?おっさんは引っ込んでろよー、俺の方が先だっつの」
言い争う二人の間で、女性が1人おろおろと立ちすくんでいる。
「なんだ、あのくだらない争いは……」ダニエルは眉を顰める。
「低俗です。行きましょうシズク様」
「でも、放っておくとタチが悪いよ。止めてくる」
「シズク様!?」
「ちょっと失礼」シズクは人だかりの間を進み、睨み合う二人の間に立つ。
「ああん?なんだあ?」中年の方の男がシズクに絡む。するとシズクは、
「ちょうど貴方にお話があります。過去に女性に恨まれた経験は?」
「恨まれる?そんなことあるわけ「自覚が無いようですね。こちらの男性と対等に争いたいのであれば、まずは既にそこに連れている女性に謝って旅立ってもらわなければ。ひどい肩こりに悩まされていませんか?肩に乗ってしまってますから重さを感じるかと」
シズクはそこまで言うと、困惑する男を尻目に、霊の呟きに耳を傾けた。先程から何か呟いている女性の霊は、男の肩に覆い被さっている。
『ひどい……そんな女、どうだっていい、私はここにいるのに……』
十中八九、この男が原因で旅立てないでいるのだろう。男の方は相変わらず、何が起こっているのかわからないという様子だが、肩に手をやっているので肩こりの件は当たりだろうか。
「まだわからないと言うのなら続けましょう。ブロンドの長髪、水色のワンピース、……初デートに彼女が食べたのはこの近くの有名ショコラティエ監修店の真っ赤なハート型ケーキ、しっかり覚えてらっしゃるそうですよ」
「な……、シェリー!?シェリーがいるのか!?俺の肩に!!」
「……シェリー・ロリエ。確認取れましたね」
「嗚呼、シェリー!!すまなかった、私が悪い!!お前一筋だと言っておきながら女遊びを止めずにいた、お前が死んでも変わらなかった、文句ならいくらでも聞くから許してくれ……!!」
男は急に怯え泣き喚きだした。シェリーという霊はさすがに驚いたのか男の方を見つめている。
「シェリーさん、お辛いのはわかるつもりですが、ここは旅立ちましょう。このままで一番辛い思いをするのは貴方です。これ以上苦しまなくていい」
『でも……』
「ではそこの男性、こちらの男性とそこの女性を取り合っていたようですが、そもそも女性の了承を得たのですか?」
呼ばれた男は、きょとんとしていたがようやっと眼鏡をかけ直しながら、
「何も……」とバツが悪そうに答えた。
「やっぱり。そちらの女性、その気がないなら帰っても大丈夫ですよ。すみませんね、
さてシェリーさん、こんなお馬鹿さんにまだ気持ちが残りますか? まだ納得いかないというのなら私はもう何も言いませんが」
シェリーは去っていく女性と、まだ泣き喚く男を見て、少し表情を和らげて言う。
『そうね……なんだかとても、馬鹿みたいよね』
男に対してなのか、はたまた自分自身への言葉だったのか。それはシズクにもわからない。両方かもしれない。
「ーふう、シェリーさんは旅立って逝かれました。せいぜいあの世から祟られないようお気を付けくださいね?」
「は、はい!!すみませんでした!!」中年の男性は、シズクの言葉に肝を冷やしたのか、早々に立ち去って行った。
(まあ、一度旅立ってしまうと祟ることもないと思うけど)シズクがそう考えていた時、ざわつく人だかりの中一人瞳をキラキラと輝かせている男がいた。
「なああんた、霊が視えるのか!?」
「へ?ああ、一応……」
「なんてクールな奴だ!!気に入った、友達になろう!俺もあのおっさんにムカついてたんだ、レディは皆等しく丁重に扱うべきってな!ありがとよ兄弟!」
急展開な上に友達になりたいのか兄弟になりたいのかはっきりとしない発言に返答したのは、見かねたダニエルだった。
「おい貴様、シズク様に何を言っている」
「シズク様?そうかシズクというのか!よろしくな!俺はウォルター・エドモンドだ!」
「え、えーと、よろしくウォルターさん」
「さんは要らないぜ!」
「わかりました、ウォルター、改めましてシズク・ノースと、こちらはダニエル・ノースです。なんでも屋を営んでいます」
「なんでも屋?更に楽しそうだな!そうだ、今から俺はシズクの右腕になろう!」
ーこうしてウォルターは、(強引ではあるが)なんでも屋に入り浸ることとなったのである。
「どの辺りが寂しそうだったのか、私にはさっぱりですが……」
「一応、事の終始彼も見ていたんだけど、なんとなくそんな感じだったんだよ。私達を認識してから紛れたみたいだけど」
「一種の災難でしたな」ため息混じりにダニエルが言う。
シズクはただ、ふふっと笑っていた。
「そういえば、ピーターから手紙を受け取ったんだった。読まないと」シズクが取り出した手紙をちらりと見たダニエルは、そこに書いてあった文字に衝撃を隠せなかった。
「シズク様、それは」
「ダニエルもわかる?これきっと私の祖国の文字だよね」
「ということは……
父君の書かれた手紙かもしれません」
ふたりは視線を合わせ、互いの緊張した面持ちを見つめ合った。
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