エピソード七 ダニエルのデート!?

生まれてから現在に至るまで、ダニエルの人生に女性はいらなかった。

それはこれからも続いていくことだろう。だが……。

今日という日だけは、違うのかもしれない……?


「よくお越しくださいました。私がなんでも屋店主のシズク・ノースと申します。こちらはダニエル・ノース。早速ご依頼を伺いましょう」

なんでも屋には、電話で事前に依頼をしてくる人もいれば、ふらりと立ち寄っては依頼をしていく人もいる。今回は後者である。

「あの……、やだ、なんて言えばいいのかしら」

「おばあちゃん、私が言おうか?」

今回の客人は、高齢の女性と、その孫らしき少女だった。こういう組み合わせの依頼主は、最近増えつつある。中にはヤングケアラーというケースもある。ようするに、若者が高齢者の身の回りのお世話をしなくてはならない状況が、年々増えつつあるということだ。

彼女達ー祖母メリンダ・クルスとクララ・クルスの関係も、そのケースに当てはまりそうだ。

メリンダは足を悪くしており、車椅子で移動している。それに言動の中には、僅かに認知症の気をシズクは感じていた。

「ダニエルさん、だったかしら?」

「あ、こちらですね、ダニエルです」

シズクはダニエルの方に手を差し出し応えた。

「……ダニエルと申します」コミュニケーションに慣れないダニエルは、少しぶっきらぼうにそう応えた。

「本名も素敵だわ、私ファンなの!!」

「「……え?」」

思いもよらない発言に驚くシズク達。すかさずクララが、

「私が説明する!!」

と前に乗り出した。シズク達にだけ聞こえるように話す気らしい。

「先に言うけど、おばあちゃんアルツハイマーなの。だからおかしなこと言うと思うけど、笑って流してあげて」

「わら……う?」ダニエルが機械仕掛けのような戸惑いを見せる。

「ダニエルにとっては難儀だね……。で、ファンってどういうことなの?」

「やっぱりこの人のこと知らないかあ、マイナーだもんね」クララはごそごそとバッグを漁り、一枚の写真を取り出してみせた。

「……これは、」驚くシズク。そこにはギターを抱えて笑うダニエル”そっくりな”人物が写っていた。

「ね、ダニエルさんに似てるでしょ?おばあちゃん、このミュージシャンの大ファンでね、この人はルークさんっていうんだけど、少し前に亡くなってからおばあちゃんショックでふさぎ込んじゃって。でもこの間街中であなた達を見かけて、ダニエルさんを生き返ったルークさんだと思い込んじゃったの」

「なるほど、ここまで似ていてアルツハイマーが重なれば、そうなる可能性もあるかもね」

「でしょ?でね、依頼なんだけど、ダニエルさんにルークさんとしておばあちゃんとデートしてほしいの」

「なにっ!?」思わず大声でダニエルが驚く。その様子をメリンダはきょとんとした瞳で見ていた……。


「じゃあ、頑張ってねダニエルさ、じゃなくてルークさん!!笑顔でね!!」クララがにこやかに言う。

「え……がお……?」ダニエルは相変わらず機械仕掛けの戸惑いを見せている。

「難儀だねえ……」シズクは苦笑いである。


「で、相変わらず面白がりに来たの?ウォルター」シズクは呆れ顔でそう言った。

「決まってるだろ?事件あるところに俺あり。しかもダニエルが……ふふっ、デートなんて日にゃ……ハハッ」笑いを堪え切れずに言うウォルター。

「あらウォルターちゃん、デートなんて羨ましいじゃない♡私達もしましょうよ!」と続くのはエレナ。二人ともいつものごとく呼んでいないのにやって来た。

現在、シズクとクララ、ウォルターとエレナは物陰で待機している。ダニエルとメリンダは映画館に行っていた。上映作品は”サムライうさぎのおもしろおそろし冒険譚”。外国の人気キャラクターのアドベンチャーものである。このチョイスはシズクのもので、観に行く作品を決めておいてくれと言われ悩むダニエルに助け舟を出したのだった。そのため今、シズクもかなり緊張していた。


「ルークさん、選ぶ映画が可愛らしいのね、素敵だわ!」

「ど、どうも」メリンダに褒められ、複雑な気持ちのダニエル。とにかく先行きが不安でならなかった。

ダニエル自身を受け入れてくれた人物は、今までにほんの数人だったのだし、今はルークという知りもしなかった人物のふりをしてメリンダと接しているのだ。それは彼にとって、とても大きな壁のように思えた。

「ねえルークさん、サムライうさぎってご存知?」

「サムライうさぎですか」

サムライうさぎは、四季が美しいと有名なとある国で生まれたキャラクターである。その国には昔サムライという存在がおり、主にエドという街で暮らしていた。そんな存在だった(とイメージされた)うさぎが現代のその国にやって来て……と、いうのが今回の映画のあらすじらしい。シズクが珍しく熱く語っていた。

「まあ、詳しいのね、ルークさんの意外なところが見られたわ!」

「はあ、受け売りですが、ね」

ダニエルはこのキャラクターについて語るシズクのことを思い出していた。

「ダニエル、私ね、この国にいつか行ってみたいんだ。私が生まれたこの国に」

そう、このうさぎとシズクは同じ国の生まれなのだ。シズクはそこで早くに母を亡くし、父は行方をくらませた。その頃その国に住んでいたリチャード達がどうしてもと養子に迎え入れ、ブラウン姓を名乗るようになっていた。

シズクは親ー行方をくらませた父を恨んでいないのだろうか。

いくら優しい性格であるといえど、少しくらいは恨む気持ちを持っているのでは……

「ルークさん?大丈夫?」

「え?、ああ、大丈夫です。ご心配なく。そろそろ席に向かいましょう」

ダニエルはルークを演じていたことを思い出し、メリンダをエスコートした。


「ダニエル、大丈夫かなあ……立ち止まったりして、重荷だったかな」シズクは心配でハラハラしている。

「立場が変わると役割も変わるなア、大丈夫さ、どうせシズクのことを考えてたんだろ」ウォルターはあくまで冷静にシズクを落ち着かせようとする。

「え、じゃあ私、やっぱりダニエルにお世話かけすぎかな!?」

「……似たふたりだな」ウォルターは呆れ顔になった。


映画館。

映画は始まって三十分ほど経ったところである。サムライうさぎが美しい桜並木と、菜の花に囲まれてはしゃいでいる。

しばらくすると場面は夏になり、海で目隠しをして離れたところのスイカを割ったり、泳いだりしている。秋は落ち葉を踏みしめてイチョウ狩り、冬には雪が降って雪合戦や雪だるま、雪うさぎ作り……。

ダニエルはまた、シズクのことを考えていた。シズクは、この国でこういったことをしたいのだろうか。その隣には誰が居てほしいのだろうか。

笑いを誘うシーンになっても仏頂面なのはいつものことだが、その表情は少し悲しさすら感じられた。


ダニエルとメリンダは、映画鑑賞を終えカフェにやって来た。

この店はエレナとウォルターが(半ば無理矢理)訪れたことのある場所で、雰囲気が良くお茶やコーヒーも絶品だからとエレナが提案してきた。

ワインレッドの壁に木製の床、天井には小ぶりのシャンデリアがいくつか輝いていた。ダニエルとメリンダは同じ種類の紅茶を注文する。


カフェから少し離れたベンチで、シズク一向はダニエルのことを話していた。

「しかし相変わらずの仏頂面だなあ、どうにかならないのかシズク」ウォルターが問う。

「う〜ん……、私もダニエルが笑う顔はめったに見ないからなあ、せめて2人の時みたいに笑顔が出やすくなるといいんだけど」

「シズクと2人だと笑うのか!?あの顔が!?」ウォルターが大袈裟なくらい驚いた。

「ウォルターちゃん、静かに!!」エレナがそう言うと、妙にしおらしくすまん、とウォルターは大人しくなった。

「ねえシズクさん、ダニエルさん本当は優しい人なんでしょ?今回のことも引き受けてくれたし」クララが言った。

「うん、そうだね。私にはとても優しくしてくれるし、人当たりきついと思われがちだけど、案外他の人にも優しくする人だよ、ダニエルは」

シズクがそう言った矢先、道をはさんだ向こうから声がした。

「おい、何してんだそんなところで?」

「あ、ピーター!!ちょっとこっち!!」シズクは慌ててピーターをベンチに呼び寄せた。


「ふぅん、あの堅物そうな、いや堅物か。オジサマがデートねえ」ピーターは一通りの説明を受け、そう言った。

「私も正直、緊張してばかりだよ〜。ダニエル口数少ない方だし」

「難儀だなあ……、いつもと立場が逆ってワケか。普段はあの人がお前の心配してるよな」

ピーターはここぞとばかりにシズクをからかおうとする。だが、シズクの悲しそうな横顔を見てしまったがばかりに、その意欲を失った。

「本当にそうだよね、もっとしっかりしないといけないのに、私も」

「……。お前さ、いつから霊視出来るようになったんだ?」

「え?ああ、そうか、この話はピーターにしてなかったね。というかウォルター達にも」

シズクは深呼吸して、

「いいかいみんな、私はね、いつ死ぬかわからないんだ。

……僕の育ての親は交通事故で亡くなった。その事故で私も死ぬはずだった。かろうじて一命はとりとめたけど、あちこちに、特に視力に大きな後遺症が残った。全盲になるはずだったけど、何故か私には周りが視えた。……霊達もね。

私はこう考える。死の淵に片足を突っ込んでるから、霊達が視えるしコミュニケーションもとれるのだ、と」

シズクはそう語り終えると、ふう、と息をついた。

皆、驚きを隠せずにいた。いつ死ぬかわからない、だから霊視が出来るのかもしれない。そんなことを言われたら、そうなる他ないのだろう。


「ーライバルってのはな」

ピーターが切り出した。

「一生かけて互いの正しさをぶつけ合うもんだって、俺は思う。だからまだ死んでくれるなよ、まだぶつけ足りないからな」

シズクにそう言うと、ピーターは席を立ち、どこかへ向かって行く。

「ピーター……、ありがとう」そうシズクは去りゆく背中に投げかけて、照れたように笑った。


その頃カフェでは、ダニエルが緊張の面持ちでメリンダと対峙していた。

映画館や道での対応だったので、今まではなんとかなった。しかし面と向かってしまうと、何を話せばいいのかわからない。メリンダの発言ひとつにも、丁寧な対応が求められる。つい紅茶へ手を伸ばすのを繰り返してしまう。

「ふふ、」メリンダが突然笑ったので、ダニエルは危うく紅茶を零すところだった。

「どうしましたか」

「紅茶、美味しいですよね」メリンダは微笑んでいる。

「はい……美味しいですね」

ダニエルの忙しない飲み方を笑ったのだろう。メリンダも紅茶を一口飲み、こう言った。

「ルークさんはエスコートもお上手で、所作も美しくて素敵だわ。だからきっと素晴らしい歌が歌えるのね」

「いえ、それほどでも、」笑顔と言葉が眩しかった。シズクからの賛辞しか慣れていない彼にとって、それは太陽のようだった。

それと関連づけて例えるなら、シズクは月だ。あの子の笑顔は月のように美しく、時折薄く雲がかかる。そういう時は大抵、あの国や産みの親、育ての親、自分自身のことを考えている。あの憂いを帯びた表情が、ダニエルを度々哀しくさせた。

「ルークさん、どうなさったの?」

はっ、と視線を声の方へ戻す。メリンダが心配そうにダニエルを見ていた。

「とても悲しそうだわ、無理をさせてしまったかしら」

「いえ、そんなことは……、そう、先程の映画のワンシーンを思い出して」

誤魔化すダニエルの脳裏に、シズクの声が蘇った。「ダニエル、なんだか悲しそうだね」と。

それは、シズクの表情を見た己の反応だったのだけれど、シズクは気付いていないのだ。それがまた哀しかった。何も声をかけてやれない己を恨んだりもした。

「ああ、もしかしてラストシーンかしら?感動しましたわよね!」メリンダは瞳を輝かせた。ダニエルはほっと息をつく。

このままではいけない。シズクのように真面目に依頼に取り組まなくては。

「メリンダさん、他に行きたいところはありますか?」

「そうねえ……行きたいところというか、お願いならあるんですけれど……」

「お願い?」


シズクの携帯電話が鳴る。メールを受信したようだ。

「あれ、ダニエル?……うわ、これはまずい」

「どうした?」ウォルター達がシズクに近寄る。

「ダニエル、一曲歌ってほしいってお願いされたって……」

「まずいな」

「まずいわね」

「おばあちゃんったら〜!!」

各々がほぼ同じ感想を口にした。

「こんなこともあろうかと何曲か聴いてもらってはいるけど、いざ歌うとなると大丈夫かなあ、ダニエルが歌ってるところなんて見たことも聴いたこともないよ〜」

「聴いてあげたダニエルさんもすごいけど、シズクちゃんの用意周到さもすごいわね」

「全くだ。でもそんなことより歌唱力だ!大丈夫なんだろうか」

「ダニエルさん、喋るのでもやっとだったのに……」

四人で色々話していると、ダニエルとメリンダがカフェから出てきた。シズクはそれを見て、「ダニエルを信じるしかない」と言った。


近所の公園にて。

道外れで平日ということもあってか人はいない。いるのはダニエルとメリンダ、そして物陰のシズク達だけだ。


「……シュガーテイスト、という曲はご存知ですか」

「ええ、もちろん!ファーストアルバムの曲よね」

「はい。ではこの曲を」

意外にさらりと歌い始めるようである。腹を括ったのだろうか。シズク達は固唾を飲んで見守る。


「ー♪過去は振り返らぬと」

シズクはその瞬間、目を見開いた。

「過去にそう決めた

馴染みのコーヒー屋で

唐突に苦い思い出よみがえり

誤魔化したくて 角砂糖ひとつ」

ダニエルは小声で、でも軽やかに歌う。はっきり言って、上手い。

「ダニエルさんすごい……!!本物のルークさんみたい」思わず感動するクララ。

「まじか、一本取られたな」とウォルター。

「素敵ね、」歌声に浸るエレナ。

メリンダを含め、皆がその歌声に瞳を輝かせた。


一曲歌い終えると、ダニエルは恥ずかしげにコホン、と咳払いして、「どうでしたかな、」とメリンダに問うた。

すると、メリンダが涙を流していることに気がついた。焦るダニエル。

「ど、どうされましたか、下手になってしまっていましたか」

「いえ……、素敵だったわ。私どうしてもルークさんのシュガーテイストを聴くと涙が出てしまうの」涙を拭うメリンダ。


「ありがとうルークさん、いえ、ダニエルさん。素晴らしい思い出がまたひとつ出来たわ」


「あの時、ダニエルの背後にルークさんが視えたんだ」

メリンダとクララが帰り、静かななんでも屋のソファでシズクは言った。

「じゃあ、あの歌は……」ウォルターがそう言いかけると、シズクは頭を横に振り、「あの歌は正真正銘ダニエルの歌声だよ」と言い切った。

「ダニエルの歌に導かれて来たんだよ。きっとルークさん、まだ歌いたかったんだろうね」

あの時シズクに視えていたルークの霊は、穏やかな表情でダニエルとメリンダを見つめ、歌が終わると、ゆっくり頷き旅立って行った。満足したのだろう。

「メリンダさん、アルツハイマーとは思えない……利発的な少女のような方だったわね」エレナはどこか懐かしむように言う。

「レディはいつまでもレディだからね。しかし、報酬は受け取らないつもりだったんだけどなあ」シズクは手元の封筒を眺めながら言った。

「住所は……確かテイラー通りの方か。こっそり返しに行こうかな」

「俺なら受け取っておくけどなあ、うちのダニエルの貸出料!ってね」

「誰がお前のものになったんだ、私はシズク様のものだ」やっといつもの調子に戻ってきたダニエルが言う。

「ダニエル、ものじゃないけどね。……さて、疲れたから私は休むよ。ダニエルも疲れたろう」

「片付けが済みましたら私も休みます。……ほら、出ていけそこの二人」

「本当、愛想悪いよなあ」ウォルターが口を尖らせて、そうこぼした。


シズクは、何故かどっと疲れた身体をベッドに沈めた。シャワーは済ませたし、もう休もうと思う。ー少しばかりの胸騒ぎと共に。

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