エピソード六 ピーターの一日
ピーター・ジェイド。彼のとある一日を覗いてみよう。
午前七時半、起床。鳴りっぱなしのアラームを止めて、やっとの思いで起き上がる。
朝食は自分で作る。といってもパターンが決まりつつあるので、最近それが悩みでもある。パン、ベーコンエッグ、コンソメスープを食す。食後のお茶も欠かさずに。
午前八時半、依頼の確認。あまり多くはない。平和で良いと言われればそうなのだが、探偵としては悲しくもある。
浮気調査二件と犬探し一件。同時進行で終わらせようと紅茶を飲み干す。
午前九時。依頼に関してのメモと写真を手に調査開始。三枚の写真を交互に眺めつつ、街中を歩く。途中、躓き転倒しかける。
誰も見ていないと思ったら、どこかでクスッ、と笑う声。主を探すと、ぼんやりとだが視えた。
くそ、よりによって通りすがりの霊なんぞに笑われるとは。ピーターは心の中で吐き捨てるように呟いた。
携帯電話の着信音。画面には「母」の文字。思わず顔をしかめる。
とりあえず出る。
「ピーター!!最近ちっともお顔を見せないんだから、心配だわ、お食事はとってる?お仕事は順調?お小遣いあげますからいくらがいいか……」
「心配要らないよマ……母さん!!飯食ってるし仕事も順調!小遣いも要らないから、ていうか誰かに俺が小遣い貰ってたとか言ってないよな!?」
つい大声で返したら、今度は道行く人々に笑われた。くそ、ついに生きた人間に笑われてしまった。電話を切り依頼に集中。
先に依頼が来た浮気調査のターゲットを発見。公園の茂みにて観察。
どうやら女性と密会しているようだ。
こうしていると、憧れていた小説の中の探偵とは違うな、と嘆きたくなる。
(……くそ、)
あいつを思い出した。探偵気取りの、なんでも屋とかいうふざけた仕事をするあいつ。
妙に綺麗な、整った顔でへらへらしていたかと思えば、急に真剣な眼差しを向ける。正直、苦手だ。
そんなことを考えている間に、ターゲットと密会相手がその場を離れていく。慌てて後を追うピーターだったが、道中ふと気配を感じて振り返った。
ー影が、居る。
ピーターにははっきりと霊が視えないため、影としか認識できない。ただ、ピーターに寄り添うように、影は立っている。
(なんだ……?)
『あなた、私が視えるの?』
女性らしき声がピーターにかけられた。聞き覚えのあるようなその声は、先程ピーターのことを笑っていた通りすがりの霊のようだ。
「視えはしない……声は聞こえるが」一応返す。
『そう。ねえ、あの男のこと追ってるのよね?』
「だったらなんだ」
『私も手伝うわ。知ってる男だもの。私も用があるし、悪い話じゃないでしょ?』
なるほど、この霊も被害者だということか。暗に、追うのを手伝うから言いたいことを伝えろと言いたいのだろう。死因にターゲットが関係あるのか気にはなったが、聞かないことにした。
ターゲットを追っていると、霊は聞かれもしていないのに過去の話をしだした。
『私、これでも社長令嬢ってやつだったの。わりと有名な会社だったから経営も安定していて、この会社は大丈夫だ、ってどこかで安心してた……。それを壊したのは、私とあの男よ。あの男は仕事関係で社長である私の父に近づいて、私にも接触してきた。私はあの男にいいように利用されて、女としても社長令嬢としてもプライドを汚された。おかげで会社も傾くほどだったわ。
私はそれに耐えきれず自殺した。……自業自得よね。でもあいつが許せない』
彼女がどんな表情でそう語ったのか、ピーターには判らない。ただ声が、いつもよりはっきりと聴こえた気がした。
「求められている」
くしくもシズクの、いつぞやの言葉が頭に浮かんでいた。
ターゲットと女性は、とあるアパートへやって来た。女性が鍵を開け、二人は中へ姿を消そうとする。ピーターは証拠を写真に収めた。
「浮気確定か。とりあえず依頼1つ終了」
淡白なものだが、所詮他人事なのだからー仕事でもあるしー仕方ない、と己に言い聞かせ、残った依頼のターゲットの写真を広げる。と、そこに。
「あれ?ピーター、久しぶりだね!」
「……げ、」
現れた人物ーシズクは、少し息を切らしつつ、ピーターの傍らにいた霊にごく自然に会釈した。
「な、なんでお前がその犬を!?」
そう、この時シズクは犬を連れていた。今にも走り出しそうな勢いで興奮しつつ尻尾を振っている。
「この子知ってるの?今日の依頼でね、リード着けたままさまよってたから飼い主を見つけてくれって、」
それは警察に言えよと言いたいが、ピーターの依頼主もそれは似たようなものである。
「その犬の飼い主はうちの依頼主だ、渡してくれ」
「そうなんだ、よかったね、ご主人が待ってるよ!」
シズクは犬にそう声をかけると、ピーターにリードを手渡した。
「すまんな、……そうだ、ついでに聞くがこの人物を知らないか」ピーターはもう1人の浮気調査のターゲットである女性が写った写真をシズクに見せた。
「あ、この人だよ、このわんちゃん連れて来てくれた方」
「な、なに!?」ピーターには衝撃的な展開だ。
「連絡先は一応聞いてあるけど……ピーターの依頼の内容によってはフェイクかな」
『それならなんとかなるかもね、さっきのアパートの女、同一人物よ』
「ちょ、待った!!さっきのが同一人物!?」
ピーターは写真を見ながら、先程までの記憶を呼び起こす。確かに、この写真の姿か先程の姿が変装だとしたら、骨格などの特徴は似ている気がする。
「よくわかったな……」
『知らない顔じゃないもの。あの男とあの女、夫婦だから』
なに、と言う気ももはや失せていたピーターであった。
事の次第は、夫婦である男女がそれぞれ別の顔を持ち、裏で名を馳せるプレイボーイとプレイガールだった、というものだった。妻の方はシズクに依頼をした後、変装を解き夫と待ち合わせた、ということのようだ。
「こんな、頭のこんがらがるような話があるのか?」ピーターは頭を抱えた。
「私のところもそういうことは多いよ?」シズクは苦笑いでそう言う。
『ねえ、ふたりはどういう関係なの?』霊の突然の質問に、二人は一拍置いてから
「ライバル!」「お友達かな?」と、合っているのかいないのか、という返答をした。
「ていうか、あんたもあの男に文句言ってやりたいんだろ?だったらこいつに頼め。俺は犬の飼い主に電話する」ピーターはシズクを声のする方へ押しやる。
「え?話がいまいち見えないよピーター」
「へっ、霊は視えるくせにか。その霊に聞けばいい」
『ああ、そのことだけど、もういいわ』さらりと霊が言う。
『なんだかもう、どうでもよくなっちゃった。天国か地獄か、私の逝くところがどこかはわからないけど、その前に貴方やその子に会えて良かった』貴方、のところでピーターへ、その子のところでシズクに声が向けられた。
『名前を言ってなかったわね、私はクリスティーナ。さよならふたりとも』
「……旅立ったね、ピーター、よかったじゃないか」
「何が?」
「何がって、依頼をこなした上にクリスティーナさんを旅立たせて、すごいよピーター」
「ま、そんなこと俺の腕にかかれば大したことじゃない。……依頼はな」
「もしかして寂しい?」
「はあ!?なわけないし!俺は帰る!!」ピーターはずんずんと事務所に向かって歩き出す。
「あ、待ってよピーター、クリスティーナさんは何を伝えたかったの?」
「プレイボーイに文句言いたかっただけだろ!」
ピーターの声がまた空に響いた。
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