エピソード五 娘の訴え


「気配がするんだ」

男はそれだけ言って、俯いて黙り込んだ。


事の発端は、今朝の電話だった。ぼそぼそと呟くように話す男-ジェイクは、とにかくこれを訴えた。

「死んだ娘の気配がする」


シズクは問う。

「ジェイクさん、まず伺います。娘さんが亡くなられた原因は何ですか?」

「それは……事故だよ、交通事故。だいぶ昔の話だが」

シズクは眉をひそめた。実を言うと、ジェイクの後ろに娘らしき霊が視えていた。

霊は大体、亡くなった当時の姿で現れるため、違和感を感じた。亡くなった時の姿ならまだしも、亡くなった"当時"の姿で既に打撲痕が多く見られたのだ。

概ね察しはついたが、ジェイクは本当にそれを隠して先の発言をしたのだろうか。

シズクはあえてそのことには触れず、続ける。

「わかりました、辛いことをお聞きして申し訳ございません。大事なことですので」

「大丈夫です、それよりも、いまだに娘の気配がすることの方が今の私には辛い。どうにかなりますか」

「そうですね……、おふたりが住んでいらしたお宅に伺いたいのですが、」

「自宅、ですか。わかりました。今日はこれから仕事があるので、明日にでも」

「ありがとうございます。お力になれるよう努めます」シズクは深々と頭を下げた。


次の日、五人-ウォルターとエレナも例のごとくついてきた-は、なんでも屋を後にした。


午後。

「まあ、素敵なお家じゃない」とエレナ。確かにこじんまりとした可愛らしい家だ。

庭にはブランコが揺れて、壁はレンガ造りだ。

「どうぞ、今日は休みなので用が済むまで居ていただいて構いません」ジェイクにそう言われ、一行は家の中へと足を踏み入れた。


「ジェイクさんが特に娘さんの気配を感じる場所はありますか?」シズクが問う。

「ふむ……娘の部屋と、リビング、庭かな。部屋にはあまり入らないが」

「思い出してしまいますものね。

……少々調べたいことがあるので、娘さんのお部屋に私達のみで通していただけますか?」

「? わかりました、それで気配が消えるというのなら」


シズク達は二階の子供部屋に来た。たくさんのぬいぐるみにラベンダーカラーの壁、チェック柄の布団が敷かれたベッド……。女の子の部屋と聞いて頷ける。

「なんでここに俺達だけで?」とウォルター。

「娘さんとお話するためにね。ジェイクさんは隠し事をしている。彼の前で彼女と話すのは難しい」そうシズクは言い、ベッドに向かって少し屈んだ。

「さっきブランコに乗っていたね、この間はお父さんの後ろについてきていた。私の名はシズク、君の名前は?」

『やっぱり、私が視えるんだ!私はルナ、お願いします、お父さんを許してあげて!』

「許す…。そうか、やはり君はお父さんから…

暴力を振るわれていたんだね」

その言葉に、見守っていた三人は驚いた。

「シズク様、なんと」

「彼女、ルナちゃんは交通事故で亡くなったとジェイクさんは言っていた。確かに死因はそうかもしれない。でも私が視るに、亡くなる前から打撲痕がルナちゃんにはあった。私にはそれが暴力によるものに思われてね、」

ルナはゆっくりと頷いた。

「お父さんを許してってどういうこと?」

『お父さんは、とても優しい人。お母さんが交通事故で死んでも、私のことを全力で守ってくれた。……でも、お仕事が上手くいかなくなって、お酒飲んで私を殴った……。私が死んだのは、突き飛ばされた時打ちどころが悪かったの。その後お父さん、ちゃんと警察に行ったわ。捕まっちゃったけど……。

お父さんは悪くないの。ストレスが溜まってただけ。お父さんを許してあげて』

そう言いながらルナは泣いていた。

虐待されても親を責めない子供。むしろ自分を責める子供。そんな霊をシズクは幾度と視てきた。

「ルナちゃん、お父さんが悪い人じゃないのはわかったよ。でもね、お父さんがしたことは本来許されるべきことじゃない。だから警察に行ったんだ。大事なことなんだよ」

ルナは俯いている。

「大丈夫、お父さんには私達がついているよ。君が安心してお母さんのところへ行けるように、ね」

そう言ってシズクがウインクしてみせると、ルナは少し笑って言った。

『ありがとう、お父さんをよろしくお願いします』


「……隠しても意味がないと、わかっていた」

全てを聞いて、ジェイクは涙を流しながらそう言った。

「娘さんはジェイクさんを決して恨んだりしていません。私は託されました、お父さんをよろしくお願いします、と」

「私はそんなに、あの子に心配をかけていたのか……あんなに酷いことをしたのに……」

「娘さんはあの世へ無事に旅立ちました。託された御縁です、これからも何かあればいつでも私共にお任せを」シズクが笑顔で言う。

ジェイクは何度も、すまない、ありがとうと呟いた。


「女は幼くても女なのよね。男のことなんてちょっと考えればお見通しなのよ」

帰路にてそう言うエレナに、笑いながら「そうですね」と返すシズク。

「女は怖いな」とウォルター。

「お前がそれを言うか」とダニエル。

今日も一日が過ぎていく。空にはもう星が瞬いていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る