エピソード三 嵐到来


「ウォルターちゃあん♡」


……決してシズクの声ではない。ダニエルなど論外であろう。では声の主は誰か。


「やめっ……ひい!追いかけるなあ!」

「やだあウォルターちゃんたらシャイね!そういうところも好き♡」


「ここは地獄か」とダニエル。眉間にはより深く皺が寄っている。

「むしろウォルターにしてみれば天国だろうにね」と苦笑いのシズク。

「嗚呼、そうですね、シズク様が居れば天国です此処は」と感涙するダニエル。話がずれている。


声の主……それは嵐、ウォルターにラブレターを送った張本人エレナ・カーターのものであった。

あの幽霊間の色恋沙汰事件の後、ウォルターの元に送られて来た件のラブレターには、こう綴られていた。


親愛なるウォルター様

はっきりと申し上げます。

私は貴方を愛しています。

世界一高い山の頂上より高く、

世界一深い海の底より深く、

貴方を愛しています。

○月○日朝十時から、

なんでも屋さんの前にてお待ちしております。

貴方の想い人より


なかなかストレートな文章のラブレターに、懲りず気を良くしたウォルターは、指定の日時、なんでも屋に訪れたのだが……


「で、なんで逃げてるの?」シズクが先程からの疑問を口にする。

「こいつはな!はあっ、俺の!幼なじみだっ!」ウォルターは逃げ回りながら問いに答えた。

「そうなんだ、じゃあ逃げなくてもい「俺はこいつから逃げるためにこっちに来て住まいも隠してたんだよ!はあ、田舎町から出たことの無い箱入り娘の令嬢だったから、こんな大都会には来ないと思ってな!」

すかさずエレナが、

「甘いわねウォルターちゃん!令嬢の親の人脈舐めないでよね!」

「親って、お前の親は俺のこと良く思ってなかっただろ!」

「そこは一人娘の意地でカバーよ!」エレナは腰に手を当てて得意気に言った。ちなみに、ウォルターの俺はこいつからの辺りから二人は一時休憩中である。


すると、先程から小刻みに震えていたダニエルが、

「ああうるさい……!シズク様、こやつらに今沸かした湯をかけてしまうのはいけませんか」と、いつも以上に低い声で訴えた。

「まあダニエル、せっかくお湯が沸いたのならお茶にしようよ。エレナさんに合いそうなものを人数分お願い出来るかな?」

「、はい、シズク様がそう仰るなら」

お茶の準備をしにダニエルが部屋を出ると、同時にシズクが手を打ち鳴らした。

「はい注目!おふたりとも、紳士淑女ならするべきことはわかるね?さあ座って、お茶を楽しもう」


こうして、終わりの見えなかった追いかけっこも、美青年なんでも屋によって終止符が打たれた。


ウォルターは酒には詳しくともお茶の類には詳しくないが、ここで出てくるお茶はどれも好きだ。以前気まぐれにこのお茶は何か、と尋ねたことがあったが、気まぐれに返答を忘れてしまった。

エレナはまずお茶の香りを楽しみ、ひとくちふたくち飲むと、シズクとダニエルに微笑みかけた。

「改めてご挨拶いたしますわ。私エレナ・カーター、ウォルターの未来の妻ですの」

突然の妻宣言に、ウォルターは盛大に咳き込んだ。

「誰が俺の妻だ!」

「お茶の時は声を荒げないのウォルターちゃん!……えっと、確かお名前は」

「シズク・ノースです。こちらはダニエル・ノース。おわかりの通り家族です」

「シズクさん……貴方綺麗なお顔されてらっしゃるわ、ガールフレンドは?」

「いませんが」

「なら私の知り合いにリリーという、」

「無駄だエレナ、こいつには女っ気がなさすぎる」とっさにウォルターがそう言う。

「あはは、すみませんその通りで」

苦笑いで話を受け流したシズクは、先程から抱いていた疑問をエレナに問うた。

「あの、手紙に入れていた写真、あれはエレナさんではないですね?」

「ええ、あの子がリリーですの。美しい女性の写真でも入れておけば、すぐ食いつくかと思いまして」

おほほ、と恐ろしくにこやかなエレナの横で、まんまと食いついたウォルターが落ち込んでいる。

「自業自得だな」ダニエルが言った。

「まあまあ、ところでエレナさん、もうひとつお尋ねしますが」

「なぁに?シズクちゃん」

「(ちゃん?)貴女は、ウォルターのどこを好いているのですか?」

そう問うと、エレナは少し考えて、

「顔」

「え」

「スタイルも中身も勿論良いけれど、やっぱり1番は顔ね!」

「エレナお前……」

シズクは一瞬呆気にとられ、そして焦った。ウォルターはこれを聞いて気を悪くしたのではないかと。


「……さすがわかっているな!俺の顔は天が与えたもうた傑作!この顔こそ俺の魅力だ!」


「「え」」

思わずシズクとダニエルは顔を見合わせた。今後、ウォルターに心配をすることは、とても少ないかもしれない。


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