エピソード二 酒場の色男
「幽霊間の色恋沙汰だね」
酒場にて、暫く店の奥で立ち止まり独り言のように何かを呟いていたシズクは、振り返るとウォルター達にそう告げた。
「いっ……なんだって?」
「だからね、幽霊間の色恋沙汰」
あっさりと言うシズクに、ウォルターはひきつり顔で「色恋沙汰」と繰り返した。
「シズク様、なぜそうだと?」ダニエルが問うと、シズクは苦笑いで説明を始めた。
「えっとね……まず今の状況なんだけど、ウォルター、女性の霊達に囲まれているね」
「うおっ!?」思わずシズクにすがりつくウォルターに、ダニエルが凍える様な視線を送る。
「逃げちゃいけないよ失礼じゃないか」
「お前は慣れてるかもしれんが俺は霊に囲まれる状況は慣れてない!」
「レディは等しく丁重に扱うべき、じゃないの?」
う、と唸るウォルターにシズクはやれやれというような顔をした。
「どうやらここに出来た以前の酒場…ウォルターが言っていたお店かな、そこにウォルターによく似た霊が居たらしいね。しかしお店が潰れて解体工事が始まった。それに関わった女性に恋したその霊は、女性に取り憑き二度と此処へは訪れることがなかった」
「俺に似た奴が存在していたとはな……、さぞモテたに違いない」
「黙れ阿呆」ダニエルがすかさず突っ込む。
「まあ、確かにそうだったみたいだよ。此処に居る女性の霊達は皆、彼に惚れてその酒場がなくなった今も待っていたと言っている」
シズクは話しながらも霊達の声に耳を傾けているようだが、ウォルター達には店に流れるジャズと客の話し声しか聞こえない。
「惚れた相手が突然消えて落ち込んでいた彼女達は、この酒場に訪れたウォルターを見て再び恋に落ちた。霊は念で物を動かすことが可能だから、それぞれが手紙を同じレターセットを使って書いて、ウォルターの帰り道を尾行してポストに投函した。」
ウォルターが身震いする。それを見て溜息をついたシズクは、そのあと微笑んでこう言った。
「でももう大丈夫、彼女達は反省してる。もう迷惑はかけない、潔くあの世に向かうって」
「なあシズク、お前は浮いた話が全くないよな」
酒場を後にする道中で、ウォルターは言った。
「寂しくないのか?」
「うーん……寂しくはないよ、ガールフレンドはまだいいかな」
そう言ったシズクの表情が一瞬曇ったのを、ダニエルは見逃さなかった。
ラブレター騒動から三日経った午後。
ティータイムを過ごしていたシズクの元に、周囲に花を咲かせたようなウォルターがやって来た。
「やあシズク、ティータイム中かい? ダニエル、あんたは相変わらず眉間の皺が深いなあ」
「誰のせいだと思っ「よくぞ聞いてくれました!!」
ダニエルの言葉を遮り、誰が聞いたわけでもないのにウォルターはそう言った。そして、シズクの前に何かを突き出した。
「もしかして……ラブレター?」
「もしかしてももしかしなくてもラブレターだ!しかもだ、今度は写真が付いてきたぞ!」
ウォルターは封筒から写真を取り出し、シズクとダニエルに交互に見せた。写真では美しい女性が微笑んでいる。
「懲りない奴め」と毒づくダニエル。ウォルターはそれに「褒め言葉として受け取っておくよ」と余裕で返した。
「……ウォルター、」
「ん?なんだシズク、羨ましいか?」
「調子に乗るのは勝手だけど、プレイボーイは時に女性を泣かせる。君は人を傷つけて平気なやつに成り下がるなよ」
いつにもなく厳しい口調のシズクに、ウォルターとダニエルは少し驚いた。
「まあ、とりあえず今から理容室に行こうかと思ってね。髪型はどうしたらいいと思う?待ち合わせの日が近いからな」
「知るか。勝手に丸めてろ」ダニエルが冷たく言い放つ。
「まあまあ、そうだな、切りそろえるくらいにしておいたら?そのままの君でいいと思うよ」
「さすがシズク、我が友よ!よくわかっているな!」
この時点で三人は、ラブレターが後に呼び寄せる嵐を知る由もなかった。
主にウォルターに襲いかかる、嵐を。
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