エピソード一 ラブレター


「おはようございます、シズク様」

カーテンが開かれた窓からの朝日により、逆光で些かホラーになりつつあるダニエルが起床の時刻を告げた。


「ん……おはようダニエル」

シズクは眠そうに応える。今日は天気が良いようだ。昨日は雨が降っていたが。

「シズク様、朝から大変申し上げにくいのですが……」

「ということはウォルターだね?大丈夫だよ、なんとかするから」

恐れ入ります、と怒りが微塵も隠されていない表情のダニエルに、苦笑しつつシズクはベッドから起き上がった。


「ようシズク、素晴らしい朝はとっくの昔に訪れているぞ」

ウォルターは今にも歌い出しそうな様子でそう告げた。

ウォルターはシズクよりも数十歳年上だが、友人として付き合いがある。フルネームはウォルター・エドモンド。シズクの営む『なんでも屋』の仕事に首を突っ込んでは、ダニエルを怒らせる自称なんでも屋助手である。

本業は……シズク達もわかっていない。住まいも不明だ。


「その素晴らしい朝を台無しにする大馬鹿者は誰だ」

辛辣に返すのはシズクに御心を捧げるダニエル・ノース。シズクの育ての親と親友関係にあり、その親さえ失ったシズクの傍でずっと見守っていた大きな存在である。しかし、偏屈な性格が彼に人を寄せつけない。ウォルターは人をからかうのが趣味のような人だから対象外だが。

ダニエルは基本、シズク以外はどうでもいいという考えの人間である。


「ウォルター、今日は早くからどうしたの?依頼はまだだよ」

待ってました、とばかりにニヤリと笑みを浮かべたウォルターは、ふふふとシズクに近づきあるものを見せた。

「どうだ!ラブレターしかも計5通!」

「……ラブレター?」

シズクが目を丸くする横で、ダニエルが大きくため息をついた。呆れている。この様子だとシズクが起床する前、開口一番にこの話をされていたのだろう。

「今朝、ポストを見たら入ってたんだなあこれが!しかも全て違う差出人ときた!」

浮かれに浮かれているウォルターに絶対零度の眼差しを送るダニエル。そんな二人をよそにシズクは、(ウォルターにもちゃんと帰る家があったんだ、よかった)と少しずれた安心をしていた。

気を取り直したシズクは、「ウォルター、その手紙見せてもらってもいい?」と手紙を受け取り、よく観察した。ウォルターは「羨ましいか?そうだろうそうだろう」と特別気にする訳でもなくそれを眺めていた。


全て同じ便箋封筒なのがまず気にかかるが、確かに差出人、筆跡はそれぞれ別のものだ。内容は…なんとなく読むのを躊躇われた。

「ローズ、ジュリェット、アリス、リエッタ、クリスタル……知ってる名前?」

「それがなあ、このプレイボーイでお馴染みウォルター様にも知り合った名前は無くてなあ」

「都合が悪くて頭の中から消したのではないか?」ダニエルの背後が闇のようだ。シズクはまあまあ、とダニエルをなだめつつ、話を続けた。

「この方達はどこでウォルターを知って、どうやって君の家を知ったのかな?一度にまとめて届いていたのも気になるなあ」

「それは俺も気になるな、俺の家は文字通りの隠れ家だし、知ってるのは役所か郵便局くらいじゃないか?」


実はこの時、シズクは真相を掴みかけていた。

手紙から感じるはずの感覚……

生きた人間の感覚が、薄い。

彼は、シズクは、感じ取れるのだ。霊の存在、声や姿、痕跡を。


真剣に手紙を見つめるシズクの様子で気付いたのか、ウォルターは顔をひきつらせ、

「……まさか、」

とこぼした。

「そのまさか、だね。この手紙、全部霊が念を使って書いたものだよ」

「なんだって?念で書いた?」

「ウォルター、君は随分と罪作りな男だなあ。で、最近どこか行き慣れない処へ行ったかい?」

ウォルターは頭を掻きながら、うーんと唸り、暫く考えてふと顔を上げた。

「あの酒場か」

「酒場?」

「俺ん家の近くにさ、昔酒場があったのが潰れて、最近また酒場になった所があるんだよ。どんなものかと一度行ってみたが……特に変なところはなかったぜ?」

ウォルターはふん、と鼻を鳴らして首を傾げた。

「ウォルター、そのお店今日も開いてるかな?」

「乗り込むのか、開いてはいるだろうけども」

「場所が関係しているのか、人が関係しているのか、つきとめないとね」

シズクはそう言って表情を柔らかくした。

「……まあ、俺もつきとめてもらいたいね。どうせモテるなら生きてるレディからがいいしな」


そういうわけで一行は、件の酒場へ向かうため、夜を待つアフタヌーンティーを飲み始めた。

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