霊視なんでも屋のなんでもない日常

吉村靜紅

エピソード零

ある国の中心部にあたる街で、その気難しい男は生まれ育った。

とても気難しい。

どこをとっても気難しい。

そんな様子だから、ガールフレンドもできなければ親族さえも寄り付かない。

それでも彼はなんとも思わなかったのだけれど、世の中にはそんな男に優しく接するお人好しもいるらしく、彼も彼でそれを悪くは思わなかったようで、2人はそれなりに仲良くしていた。

お人好しな友人、リチャードが結婚してもその関係は崩れることはなく、むしろその妻ヴェロニカとも打ち解けた彼だった。


ガールフレンドも親族も寄り付かない人生を憂うことこそなかった。

だからこそ、あの日のことは決して忘れはしまい。



ある日の夕刻。彼ーダニエル宅の電話が鳴った。

ダニエルは考えた。電話の相手はリチャードか、はたまた新聞社の売り込みか。しかし躊躇はしない。

リチャードだったらきっと夕食にダニエルの好きなアップルパイが並ぶからおいで、と誘ってくるのだろうし、新聞社なら適当にあしらうだけだ。

受話器を手に取り、「誰だ」とだけ発する。

「やあ、ダニエル。リチャードだ。今夜もヴェロニカがアップルパイを焼いたんだ。僕や坊やが食べ飽きてしまわないように、また食べに来てくれないかい?」

そんな声が聞こえてくるはずだった。



リチャード・ブラウンと妻ヴェロニカ・ブラウン、養子のシズク・ブラウンが乗った軽自動車は、前方から激しく追突されたことにより、見るも無惨な姿に変わってしまった。

リチャードとヴェロニカは即死だった。

奇跡的に一命を取り留めたシズクも、厳しい状態が続いた。


ダニエルは泣いた。この世が終わりを告げても、そこまで彼は泣かないであろうが、この時ばかりは泣き喚いた。

彼の1番の理解者リチャードは、手の届かないところへ逝ってしまった。



ふ、と我に返る。

何か嫌な音がした気がして下を向いたら、足元で割れたカップとソーサー、スプーンが紅茶の水溜まりに浸っていた。

ぼーっとそれを眺めていると、傍から慌てた美しい声が聞こえた。

「ダニエル、大丈夫かい」

続いて斜め後ろから、

「おやおや、ダニエルさんは寝不足かな?こき使われてるのかねえシズクくんに」と、無性に腹の立つ声がした。

「ウォルター、揚げ足取りはよくないよ」私のことは構わないけど、と言いながら、美しい声の主ーシズクがダニエルに駆け寄る。

「ダニエル、私は君に無理をさせてしまったかな?」声に負けじと美しい顔を困らせてシズクは言った。

ハンカチーフを取り出し、ダニエルの靴に飛び散った紅茶の滴を拭う。

「いつもと逆だなあ」そう言って、ソファに横になっていた男ーウォルターが笑った。

ダニエルはコホン、と咳払いをすると、しゃがんでシズクの手を制した。

「申し訳ございませんシズク様。私は大丈夫です」

「火傷してないかい」

「無傷です、さあおかけになってください」

シズクを元の席まで誘導して、ダニエルは片付けに取り掛かる。その際、憎きウォルターに「お前はいつも口だけはよく働く」と吐き捨てるのも忘れずに。



現在、中年と呼ばれる歳になったダニエルは、後遺症を持ちながらも立派に育ったシズクに忠誠を誓って生きていた。

リチャードやヴェロニカの分まで、愛情を注いで。


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