第13話 水色の逃避行ー前ー

 烏山留夏は昔から天才だった。

 小学校でも中学校でも、勉強の成績は常にトップだった。

 体育に関しては得意というわけでもなかったが、本人は特に気にしておらず、完璧に囚われないその執着のなさが成績トップを難なく維持することに、かえって繋がっていたのかもしれない。

 しかし、いつからかそれは留夏にとって無意識にプレッシャーとなっていった。

 中学3年生の夏頃から、留夏には逃げ出したいという気持ちが芽生えるようになる。

 執着はないはずだったが、周りから期待され続けること、常に目を向けられることからは逃げ出したい、投げ出したいと無意識のうちに思い始めていた。

 そして、中学3年生の夏休みから、留夏は町の神社に通い始めるようになる。

 神がいると噂される、神在星町の神星神社に。


「君、ここのところ毎日来ているけど。そんなに何をお願いしているの?」

 2週間ほど経ったある日。水色の髪をした、着物を着た少年の様な少女の様な姿の子供に木の上から話しかけられた。

 明らかに人間ではない、とはわかった。

 まるで水の精霊みたいだと留夏は思った。

「…勉強が上手くいきますように、ってお願いしてるの。志望校に受かれますようにって。ここの神社は願いが叶うって有名らしいものね」

 霊感的なものもない自分にも視えてしまった水色の存在に、特に驚くことも怯えることもなく留夏はにっこりと答えた。

「でも、願いが叶うのはお賽銭を入れたらの話なんだけどね。だから、これはただの気休めみたいな感じなの。お賽銭を入れてお願いしたら、叶っちゃうかもしれないから。つきでね」

 水色ちゃん(と仮名を留夏は心の中でつけた)は、木から降りると留夏の元に歩み寄った。

「そんなに叶えたいことがあるならさ、ボクが叶えてあげよっか。ずっと暇してたところだったからさ。もちろん、君の言うような代償はないよ。残念なことに、ボクは神様じゃないからね」

 留夏と、後にミズカという名前をもらう水色の存在は、お互いにそれぞれの現実から逃げ出したいと思っていた。 

 これが、2人の入れ替わりの始まりだった。



 


 


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