第43話 あの子の処女盗ってないよね?

 三年前の五月。

 のちの鐙西高校生徒会副会長、卯月うづき星子ほしこはこの時まだ中学三年生だった。

 そして中学生のときも生徒会に所属し、会長を務めていた。


 誰もいない生徒会室、広さは普通の教室の半分程度、星子はこの日もそこで一人、教師に提出するための書類を作成していた。

 ほかの生徒会メンバーは最初から来ないか、来ても顔を出しただけでみな帰宅した。

 たった一人、生徒会室で仕事に没頭する時間。

 この時間が、星子はたまらなく好きだった。


 もともとそんなに社交的ではない星子が、その成績の良さから教師と先代の生徒会長に目を付けられ、無理やり会長に立候補させられたのが去年の七月の事。

 受験もあるのにとんだ迷惑だと思っていたが、ほかの生徒会メンバーは不真面目でなかなか生徒会室にはやってこず、そのためこの生徒会室を独占できるというのは星子にとってラッキーなことだった。

 生徒会の仕事がないときは受験勉強するのにも使えるし、まるで自分だけの個室をもらったような気がする。


 七月になれば新たな生徒会の選挙が始まり、星子は会長ではなくなる。

 せめてそれまでは生徒会室を独占できるという役得を最大限まで利用しようと思っていた。

 ところが、その一人きりの至福の時間は、すぐに一人の後輩に奪われることになるのだった。


「会長!」


 あどけない顔の後輩が、生徒会室に入ってくる。

 学校指定のブレザーにさらさらの黒髪を長く伸ばしている。

 顔立ちだけ見ればまだ小学生に見えるほど幼い。

 実際二か月前までは小学生だったのだから当たり前かもしれないが。


「会長、今日も来ちゃいました!」

「……九文字くもんじ、君は生徒会の役員でもないのに、どうしてそう毎日くるんだい?」


 あきれて問う星子、中学一年生だった九文字くもんじ小南江さなえはにっかりと笑って、


「会長がいるからに決まっているじゃないすか!」


 春先のイベントで美化委員と一緒に清掃活動を行った。

 そのときに美化委員だった小南江さなえがなぜか星子に妙になついてしまったのだった。


「それに、会長と呼ぶのはやめてくれないか? あと二か月で私は会長じゃなくなるんだ」

「じゃ、星子先輩、って呼んでいいすか?」

「ああ、それでいいよ」


 そして、二人は誰もいない生徒会室で、柔らかで暖かな日々を送るようになっていった。


     ★


「星子先輩! わたし、yphoneを買ってもらったす! 早速動画を撮りましょう!」

「は? なぜそうなる?」

「むかしから憧れだったんす! タックトッカーになるのが! 私、小学校のときからダンス習ってるから! ほら、私踊るんで撮ってください!」


 yphoneの画面の中で、楽しそうに、時にはセクシーに踊る小南江さなえ

 星子は毎日のようにそれを撮影することになった。

 気が向いたらダンスを教えてもらって一緒に踊ってみたりして。

 増えるいいねの数を見て二人で大喜びして。

 すごく、楽しかった。

 ものすごく、楽しかった。

 二人の距離はだんだんと近くなっていった。


     ★


「ねえほし先輩、私たち、ちょっとくっつぎすぎっすかね?」


 星子たちは今、ひとつのyphoneを二人でのぞき込んでいる。

 二人で手をつなぎ、ぴったりと肩を寄せ合っていて顔も近い。

 お互いの吐息まで感じられる距離。

 星子の心臓はどきどきして頭がおかしくなっちゃいそうだった。

 小学校のとき、クラスメートの男の子に片思いした。結局片思いだけで終わったけれど、その経験があったから星子には分かった。


 ――私、この子に恋してる――。


 そう自覚した瞬間、もう恥ずかしくてこの子の顔も見られなくなってしまった。

 こんな、子供っぽい二つも年下の中学一年生にこんな気持ちを抱くなんて、私はおかしいんじゃないだろうか……?


「ね、星先輩、おーい、どうしたんすか? おーい星ー?」


     ★


 月日が経った。

 生徒会選挙はとっくに終わり、新しい会長と新しい生徒会がたちあがって、星子はなんでもない一人の生徒に戻っていた。

 でも、その隣には小南江さなえがくっついているのには変わりがなかった。

 一緒に過ごす場所が、生徒会室から小南江さなえの自宅に変わっただけのことだった。

 小南江さなえの両親は共働きなので放課後の時間帯は誰も家にいない。


「ねー星、これおいしそうだよねー」


 ベッドに横になってyphoneで動画を見る小南江さなえ、その小南江さなえに星子もぴったりとよりそって動画を見る。

 動画の内容なんてどうでもよかった。

 こうして、身体をよせあってお互いの体温を感じあって。

 それだけでよかった。


「ほち、こういうの辛いのが好きだよね」

「ほち?」


「あははは、星って言おうとして噛んだ」

「ほちって」


「じゃあポチ」

「私は犬じゃないぞ」


「犬だよ、犬みたいにかわいいもん、大好きだぞーポチ!」


     ★


「いだだだだだだっ!」

「あははははは!」


 ベッドに腰掛ける小南江さなえ、その足を持って見様見真似の足つぼマッサージをする星子。


「もう、ポチ、強すぎる! 痛いってば! もう! ポチ! おすわり! おすわり!」

「ふふふ、わんわん」


 犬の真似をしておすわりをする星子。

 自分の方が年長で先輩なのに、大好きな後輩に命令されてこんなことをするなんて、冗談だってわかっているのに胸の奥がキュンキュンした。


「ご主人様、ご命令をだわん」


 完全なる冗談でそう言うと、小南江さなえは、


「じゃあほら足舐めろー」


 と言って足を差し出してくる。

 星子は頬をあからめ、胸をドキドキさせながら、その足にそっと手をかけ、ソックスをおろしていった。


「え、ちょっと、待って、ポチ、ポチってば!」


 慌てる小南江さなえ、その小南江の素足が姿を現す、ちっちゃくてかわいい、指の一本一本が細くて綺麗、人間の足の指ってこんなにかわいらしいんだ、と星子は思い、驚く小南江さなえの顔を眺めながらそっとその指を口に含んだ。


「ひっ!」


 びくっとする小南江さなえ、でも足は引っ込めない、星子はその小南江さなえの足の指に舌を絡めていく、すこし汗臭くてそれがおいしい。指の一本一本をチュッチュッと吸っていく。

 お互いの抑えきれない吐息と、粘膜が足の指をねぶる音だけが静かな部屋の中に響いた。

 小南江さなえの制服のスカートがまくれ上がり、ターコイズブルーのレースのショーツが丸見えになった。


「ご主人様、……濡れてる?」

「ばかっ! 知らない! やめ、やめ、おすわり、もういいよ!」


     ★


「昨日はちょっと調子にのったよ、ごめんね」


 まだ口に残る小南江さなえの味を反芻しながらもそう言って頭を下げる星子。


「ひどいよ、ポチ、いきなりあんなんするの、変態だよ」

「ごめん……」

「順番ってものがあるでしょ?」

「順番?」

「そう。ポチ、おすわり!」

「?」


 ぺたんと床にすわる星子、小南江さなえは有無をいわせず星子に迫ってきて、ぎゅっと抱き着いてきた。

 ほっぺたとほっぺたをくっつけ合わせる。

 しばらくそのままお互いの肌の感覚を楽しんだ後。

 小南江さなえはゆっくりと顔を離して、言った。


「ポチ、目をつむりなさい」


 言われた通りに目を閉じた星子の唇に、とても柔らかくてあたたかいなにかが押し付けられた。


     ★


 星子が小南江さなえの部屋のベッドに仰向けになっていると。

 いつものように小南江さなえが覆いかぶさってくる。

 そして当然のように唇を合わせてきた。


「ん、んちゅ、ちゅ……」


 お互いの舌の粘膜をこすり合わせ、糸引く唾液をお互いに吸いあい、飲み込む。

 と、小南江さなえがいつもと違うことをしてきた。

 星子のシャツのボタンを外し始めたのだ。


「待って、小南江ちゃん、待って……」

「ポチ……待てないよ、ポチ、私、ポチのこと好きだから……。ポチは? 私のこと、好き?」


 今更そんなことを聞くなんて。

 星子は顔が熱くなるのを感じた。

 黙っているうちにもシャツのボタンは外されていく。


「……好きだよ、小南江さなえちゃん」


 言った瞬間に、小南江の白い肌の手が、星子のブラジャーの下へと滑り込んでいった。

 それからは。

 まるで夢の中にいるようだった。

 小南江さなえの指が、星子のすべてを触った。

 小南江さなえの舌が、星子のすべてを味わった。

 小南江さなえの唇は星子の唇じゃない唇に触れ、星子の唇は小南江さなえの唇じゃない唇に触れた。

 体内からあふれる粘液にまみれながら、二人はからみあった。

 そして。

 小南江さなえの白い指が、星子の身体の奥底まで入ってきて。

 少し乱暴にかきまわすのだった。

 走る痛み、何かが破れる音、シーツを汚す血液、全身に満ちる喜び。


「ポチ、かわいいよ」


 小南江さなえの声を恍惚として聞く。


小南江さなえちゃん、ぎゅっとして、キスして」


 星子は小南江さなえにハグとキスをねだるのだった。


     ★


 武士郎の買ってあげたスポーツドリンクをごくごくと飲み干すと、副会長――星子は言った。


「私は小南江さなえちゃんに処女あげたけど、小南江さなえちゃんは私にくれなかったんだよね。あの子、まだ処女かな? 君、あの子の処女盗ってないよね?」


 武士郎は頭がクラクラしてきたので、


「ちょっと待ってください、落ち着かせてください」


 といって買ってきたコンビニコーヒーをゆっくりとすすった。



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