第42話 元カノ


「待ってください!」


 武士郎は叫ぶが、副会長は走り続ける。

 それを追いかける武士郎、副会長はそんなに運動が得意ではないらしくそのうち足がふらふらしていき、ちょうどコンビニの前あたりで、膝から崩れ落ちるようにへたり込んだ。

 息苦しかったのかマスクはとっくに外している。

 かぶっていたキャップを無造作に脱ぐと、副会長は全速力で走ったせいか激しい呼吸を繰り返している。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

「……副会長……」


「ひー、ひー、ひー、ひー、ひー」

「いろいろ聞きたいことがありますけど」


「はふーはふーはふーはふーはふー」

「今まで小南江さなえを付け回したり手紙を出したりしてたの、もしかして副会長ですか?」


「はひー、はひー、はひー、はひー、はひー……」

小南江さなえ、すごく怖がっていたんですよ! なんであんなことを!?」


「ふひっふひっふひっふひっふひぃぃぃぃ」

「………………副会長、ちょっと運動不足すぎじゃないですか……?」


「よ、余計な、はぁ、はぁ、はぁ、お世話だ、はぁ、はぁ、はぁ、私は、頭脳派なんだよ、はぁはぁはぁ……」


 軽く白目をむいて荒い呼吸を続ける副会長、美人が台無しだ。


「しょうがないなあ、少し待ちますよ」


 どう見ても動けなさそうに見えたので、コンビニでスポーツドリンクを買ってきて手渡す。


「あ、ありがと……ゴクッゴクッゴクッ……」

「わりと緊張感ないな、なんだこれ……」


 副会長の呼吸が落ち着くまで、たっぷり十五分はかかった。

 コンビニの駐車場の地べたにお尻をついて空を見上げるようにして呼吸を整える副会長、武士郎はそのすぐ隣でしゃがみこんで副会長の顔を眺める。

 学校では綺麗な黒髪ロングストレートだったが、今はお団子にしてまとめている。

 軽く吊り目の綺麗な顔立ち、その額には汗がにじんでいる。

 これ、ノーメークか、それでこの美人っぷりはさすがではある。

 私立鐙西高等学校の生徒会副会長。

 その美貌と東大模試でも上位をたたき出す頭脳、そして全身からにじみ出るリーダーとしてのオーラ。

 校内でも屈指の有名人である。

 その彼女は、やっと喋れるようになったのか、武士郎の顔をちらりと見てこう言った。


「で、君はあの笠原っていう妹と付き合ってるの?」

「は?」


 ことここに至って最初に出る質問がそれか?


「いや、俺が聞きたいのは……」

「だ、か、ら! 君はあの妹と付き合ってるの? それとも小南江さなえちゃんと付き合ってるの?」


 なんつー必死の形相で聞いてくるんだ……。


「……俺は誰とも付き合ってないですけど……?」


 副会長は眉をキッと吊り上げると、


「ほんとは君、小南江さなえちゃんと付き合ってるんじゃないの!?」

「いや違います……あれはあくまで舞亜瑠まあるの友達だから、正直そこまで深くは知らないですよ……。昔、副会長と仲良かったんですよね? TakTokで一緒に踊っている動画見ましたよ。それも俺、今日初めて知ったんですから」


「………………」

「ええと、さっき一瞬聞いたんですけど、副会長、小南江さなえの……元カノ? とか言ってましたけど……?」


「そう……そうだ、ね……。私たち、付き合ってた……」


 うん、あれか、あれだな、中学生とかそういう思春期の頃っていうのは、特に女子はあれだ、同性の先輩とかに憧れを抱いちゃって、ほらあれだ、それを恋愛感情と勘違いしちゃって同性同士で告白とかしちゃってあれだよ、そういうこともあるとか聞いたことがあるぞ。うん、それだな。


「最初は、小南江さなえちゃんが私になついてきたんだ……」


 副会長はスポーツドリンクを口にしながら、ゆっくりと話し始めた。

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