第41話 ポチですよね?

 まさか、ストーカー本人からか?

 俺の連絡先をなぜ知ってる?

 少し怖い。

 だが勇気をだしてスマホを開く。

 すると。

 メッセージの主は小南江さなえだった。


[ちわっす。今、起きてますか?]


 ほうっと息を吐き、


「おーー、びっくりしたー……」


 思わず声が出た。

 普通にまじでびびった。


「いや、なんでもない、麻雀続けていくかー。これラス半にするぞー」


 配信を続けながらスマホを見る。


 ちらっと時計を見る。午後九時だ。

 起きてますかって高校生が寝ている時間ではない。


[起きてるぞ?]


 片手でマウスを操作しながら麻雀を打ち、片手で返事を打ち込む。

 麻雀なんて複雑な操作は必要ないし、武士郎レベルになると牌効率は完璧なのでよほどの勝負どころじゃなければ別のことしながらでも麻雀は打てる。


[今日のことなんすけど、いろいろ謝りたいと思って]


 今日の事。

 あれか、突然の耳舐めか。


[ああ、いいぞ。許す。気にしないでいいぞ]

[それじゃ私の気が晴れません。今日、お父さんいないっていってたっすよね?]


 そう、不動産業の父親は土日は仕事の時が多いし、遠方の物件の場合は外泊することもけっこうある。今日はその日だった。


[じゃあ、今から謝りに行きますから]


 じゃあってなんだよ?

 え、今から一人でくるのか?

 ここに?

 それは危ない、今小南江さなえはストーカーに狙われているのだ。


[待て、一人で外出るなよ、明日でもいいし]

[もう駅についてます。これから電車乗ります]


 馬鹿なのかこいつは。

 リスクマネジメントくらいしてくれよ。


「悪い、ちょっと親から呼ばれた、今日は配信ここまでにするぞーすまん」


 そう言って配信を切り、部屋着にしているジャージを脱ぎ捨て慌てて着替える。

 せめて駅にまでは迎えに行かないと。

 カラオケとかまでついてくるような奴だぞ、危なすぎるだろ。

 スマホとサイフをポケットに突っ込み、外に出ようとした瞬間。

 玄関のインターフォンが鳴った。

 こんな時に来客?

 いや午後九時だぞ、普通誰かが来る時間じゃない。

 小南江さなえか?


 いや、小南江さなえは今電車に乗るところだって言ってた。

 父さんは五十キロも離れた町で接待中のはずだ。

 ってことは舞亜瑠まあるか?

 くそ、馬鹿なやつだ、一人でこんな夜中に出歩くなんて。

 インターフォンの画面を覗く。

 そこには誰も映っていない。

 なんだよ、カメラの陰にいるのか、何をしたいんだいったい。

 武士郎がドアを乱暴に開けると。


 そこにいたのは、見知らぬ少年だった。


 ――え、誰だ、こいつ?


 身長は武士郎よりも低い、百六十センチ代前半くらいだろうか、ストリート系のスウェットに黒のパンツ、キャップを深くかぶり、マスクをしているので顔はよくわからない。


「え……誰だよ……」

「いる?」


 そいつは短く聞いた。


「いるって……だれが?」

九文字くもんじ


 小南江さなえのことか?

 ってことはこいつ……。

 ストーカーか!?

 まじで来たのか、っていうか誰だよこいつ、いやなんで俺の家まで知っているんだよこええよ、まあ実際喧嘩になったら絶対俺の方が強そうだからいいけど、いやそうはいっても怖いもんは怖い。


「あがっていいか? 話させてくれるんだろ?」


 いや待て、頭が大混乱だぞ、ええと、こいつがストーカーで、小南江さなえは今一人でこっちに向かっていて、この二人を合わせるのはさすがにまずいよな、ってことはええと。


「待て待て待て」


 最近ずっと『待て』っていってるなあ、俺。

 頭をフル回転させる。

 とにかく、一番やばいはずの奴、このストーカーをフリーにさせなきゃいいわけだ。


「ちょっと待ってろ、そうだな、まずあがれ、二人で話そう」


 ストーカーがおかしな動きをしないか見張りながらスマホを開いて小南江さなえにメッセージを送る。


[駅のすぐ近くにファミレスあるからそこで待ち合わせしよう。ちょっと時間がかかるから待っててくれ。金は俺がおごるから]


 既読がついたのを確認して、ストーカーを家の中に招く。


「こっちだ」


 自分の部屋に招く。

 武士郎の部屋にはベッドとPCモニターが置いてあるローテーブルしかない。

 殺風景な部屋ではあるが、そんなに広くはない。


「奥の方へ行きな」


 そう言って武士郎はドアの前に陣取る。

 逃がしはしない。

 と、ストーカーが口を開いた。


「驚いた。あんたも無理やり乱暴するタイプ?」

「ん?」


「いいけど。かみちぎってやるから」

「んん?」


 なんかおかしい、かみ合わない。

 そういえばこいつ、男にしてはなんか線が細いような……?

 と、この家には誰もいないはずなのに、廊下をどしどしと音を鳴らして歩いてくる音。

 いやなんだなんだ?

 バン! と大きな音を立てて武士郎の部屋のドアが開けられる、っていうか武士郎はドアに寄りかかるようにしてたので危うく転ぶところだった。


「お兄ちゃん!」


 そこにいたのは舞亜瑠まある、ここはつい最近まで自分の家だったところだし、鍵も普通に持っていたから遠慮なくあがりこんできたのだ、そしてもう一人。


「……先輩……それに、その人……」


 小南江さなえだ。


「あーお前ら一緒だったのかよ……あーもうどうなってんだよ、とにかくこいつはやべーやつかもしれんから近づくなよ」


 舞亜瑠まあるの背中に隠れるようにしていた小南江さなえが言った。


「いやでも先輩、そいつ……ポチですよね?」

「ポチ? なに?」


「あのー、だから私のポチだったやつ……」

「なんだよ、俺もそろそろ泣くぞ意味わからなすぎて」


 舞亜瑠まあるがストーカーのマスクで覆われた顔をまじまじと眺めて、


「あの、お兄ちゃん、その人……小南江さなえちゃんの、元カノだよ……」


 言われた瞬間、ストーカーは勢いをつけて武士郎に体当たりをしてきた。


「おわっ!?」


 ひるんだすきに、ストーカーは武士郎の横をすり抜ける。


「ちょっと待てよおまえぇ!」


 小南江さなえが叫んでストーカーを押さえつけるが、


「離して! 離して! 離してぇぇぇ!!」


 小南江さなえは女子にしても小柄だ、ストーカーの方が体格がいいのですぐにふりほどいて玄関へダッシュ、唖然としている舞亜瑠まあるの前を走り抜け玄関へ向かってダッシュ、タッタッタッタッ、と足音だけを残して逃げて行く。

 いろんな考えが武士郎の頭の中を巡った。

 そして出した結論。


舞亜瑠まある! 小南江さなえ! 今日はもうずっとここにいろ、外に出るなよ!」


 そう二人に叫んで、武士郎は出て行ったストーカーを追いかけて家を飛び出した。

 ストーカーの声、ハスキーではあるけど、そういわれてみれば女子の声だった。

 っていうか、聞いたことのある声だった。

 武士郎はそこそこ体力に自信がある、逃げていくストーカーの背中を追いかけながら、今日見たTakTokの動画を思い出していた。


 カラオケボックスで小南江さなえにTakTokのアカウントを教えてもらったのだ。

 さっそくアプリを入れて見てみると、そこではダンスを踊る小南江さなえの姿。

 どんどん動画をスワイプしていくと、制服だったり私服だったりいろんなファッションの小南江さなえが踊っている。

 中には舞亜瑠まあるが見切れていたり、なんなら舞亜瑠まあるが一緒に踊っていたり。


 あーあ、こういう顔出しは母さんにばれたら怒られるのに。

 さらに動画を過去へと見ていくと。

 舞亜瑠まあるが転校してくる前の日時になっていく。

 そこで踊っているまだ幼い顔立ちの小南江さなえ、タイムスタンプからするとまだ中学一年生のころ、今と違って髪の毛を長く伸ばしている。去年までランドセル背負っていたような、まだまだ子供から少女へなりかけのとき。


 そして、その隣で踊る、もう一人の少女。

 ショートボブのすらりとした美少女、満面の笑み。

 今とは髪型が違う、でもこの顔を武士郎は知っていた。

 そうか、仲がよかったのか。

 そういえば小南江さなえ、生徒会に苦手な人がいる、って言ってた。

 この人のことか。


 それは、まぎれもなくまだ中学生だったころの、


 生徒会副会長だった。

 

 今武士郎が追いかけている背中は、彼女のものなのだった。





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