第39話 ほんとーは付き合ってないすよね

 土曜日。

 武士郎は舞亜瑠まある小南江さなえ、三人で街中を歩いていた。

 二人とも今日は学校の制服、セーラー服だ。


「いやー、制服に合わせたローファー買いにいくんすよ。今はいてるの、中学生のころからはいてるやつすから、新しいのほしかったんすよね。で、制服に合わせるんだから、だったら最初から制服着て行った方が似合う靴選べるじゃないすか」

「ふーん、で、笠原も制服?」

「うん、小南江ちゃんだけ制服ってのも統一感ないでしょ?」


 武士郎は私服なんだが、その統一感の中に武士郎は入ってないらしい。まあそりゃそうか。


「でもそろそろ冬服だと暑いなあ……」

「もうすぐ衣替えだもんね」


 そうか、もうそんな季節だな。

 今日も天気がいいし、街を流れていく風も暖かく感じた。


「じゃあさっそく行きましょう、ね、山本先輩!」


 ツインテールを揺らしてそう言うと舞亜瑠まあるは武士郎の右手に腕を絡めてきた。

 ピタッと身体をくっつけてくる。

 ふわりとした女子の感触、うわ、舞亜瑠まあるのやつ、ほんとになんかこう、あれだよな、でっかくなったよな、うん、でかい……。

 ふにゅううぅ~と女子の中で一番弾力があって柔らかい部分を押し付けてくる。やめろ、妹相手に変なことを考えてしまうだろ、やめろ、と武士郎は心の中だけで抗議する。

 っていうか、なんでこんなにくっついてくるんだこいつ?

 そのようすをちらっと横目で見た小南江さなえ


「ふーん、仲がよい彼氏彼女すね……。じゃあ、さっそくですけどカラオケいきましょう」

「カラオケ? なんでいきなり?」

「なんでって……朝割あるから今からなら三十分十円すよ! 私がおごりましょう! ワンドリンク制なんで飲み物は自分持ちで!」

「十円おごられてもな……」


 別に断る理由もないので、武士郎たちは小南江さなえに連れられてカラオケ店へと行くことになった。


「この店、私会員なんで」


 と、猫がトレードマークになっている店に連れていかれた。


     ★


「いやーカラオケ私、大好きなんすよ! マルちゃんともよく来てるよねー」

「そうだね、小南江ちゃんとはよくカラオケきてたけど、小南江さなえちゃんってさ―、歌がやばすぎるから一緒にカラオケするの楽しくてさー」


 やばすぎるってなんだろう、と思っていると小南江さなえがさっそく曲を入れる。

 最近はやっている曲らしいが、武士郎はよく知らない。

 小南江さなえがマイクを構えたところで、舞亜瑠まあるが笑顔で耳をふさいだ。


「え、人が歌うときにそれは……」


 と武士郎が言いかけたとき。

 小南江さなえのとんでもない音程の歌(?)がカラオケルーム内に響き渡る。


 なんというか、その音程は棒だった。

 頭の中にイメージしたのは、一本の鉄でできた棒。

 まったくの高低なく、音程を合わせるどころかすべて一定の音で見事に歌い(?)あげられるそれは、なんだろう、一昔前の出来の悪い合成音声のようで……。


 いや、それは小南江さなえに失礼だろう、だって小南江さなえは声『だけ』はすごくいいのだ、小鳥のさえずるような素晴らしい声と音圧を感じさせる素晴らしい声量で、音程もリズムもとれてないシュールな歌とも言えない呪文の詠唱のようなものを鼓膜を通じて脳内にぶち込んでくるのだった。


「ぶっはははははははは!」


 舞亜瑠まあるは楽しそうに爆笑している、聞いているうちに武士郎もなんかこう、あまりのひどさに目の前がサイケデリックな幻想に包まれているような気までしてきて脳内がグラグラと揺れて逆に気持ちよくなってきた。

 音程というものが世の中にはあるというのに、小南江さなえにはなかった。

 リズムというものが世の中にはあるというのに、小南江さなえにはなかった。

 動物が身体のバランスをとるために存在する耳の奥の三半規管が根本から破壊されるほどの威力、部屋が揺れているように見える、小南江さなえが揺れてるように見える、舞亜瑠まあるも揺れてる、武士郎自身も揺れてる、まるで夢の中にいるようだ、いい夢だ、目の前でバチバチと火花がはじけてはきえていく、ああ俺はこの世の真理を今間違いなく理解した――。


「――い。――ぱい。山本先輩!」

「はっ!?」


 舞亜瑠まあるに身体をゆすぶられて武士郎は意識を取り戻した。


「お、俺はいったい……? 今、人間がこの世に生まれてくる理由のすべてを俺は魂の底で悟ることが……」

「起きろー! あははっ!」


 パチパチと軽くほっぺたを叩かれる。


「すごいでしょ、小南江さなえちゃん。やばいでしょ? 小南江さなえちゃんの歌を聞いているとトリップできるから私大好き!」


 二人顔を見合わせて笑いあう女子高生。

 いやー、まじでこれ、癖になりそう……。

 クスリやっていたサッカー部の気持ちが少しわかってしまったかもしれない。これは気持ちいいわ……。

 さて、数曲歌ったところで、舞亜瑠まあるがトイレに行った。

 その隙を狙ってか、小南江さなえが武士郎の隣に座ってきた。


「おい、なんだよ……」

「えへへ、先輩。先輩って、ほんとーはマルちゃんと付き合ってないすよね?」



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