少女は一人で舞い踊る

第27話 サンカクちゃん

〈待機〉

〈たいき〉

〈待機〉

〈待機〉


 うん、今日もあいかわらずリスナーのみんながきてくれてるな、ありがたい、と武士郎は思った。

 放課後、武士郎の家に舞亜瑠まあるが来て、二人でPCの前に並んで配信。

 こんな日常が戻ってきてくれて嬉しかった。


「えへへ、いっぱい待機してくれてるね、じゃあ山本先輩、配信はじめましょうっ」


 舞亜瑠まあるがニコニコ笑顔で言う。

 大きなまるい瞳で武士郎を見上げるようにしてえへへ、と笑った。

 今日は学校帰りなのでセーラ服にポニーテール。

 でもなんだかこう、お化粧をばっちりキメている。


舞亜瑠まある、お前さ、」

「笠原!」


 なんだよ、なんでいちいちこう他人行儀な呼び方をさせるんだよ、と武士郎は不満に思う。

 今までずっと妹だったんだから、これからも妹でいいじゃないかよ、とも思う。


「じゃあ笠原。お前、なんでそんなにメイクばっちりなんだ?」

「なんでって……?」


 どうしてそんなわかり切ったこと聞くの? という、驚いたような怒っているような顔で武士郎を見る舞亜瑠まある


 ――お兄ちゃんに会うんだからばっちりキメるに決まってんじゃん!!!!


 というような、舞亜瑠まあるの女心をわかってやれるほどの女性経験が武士郎にあるわけもなかったのであった。

 わかるのは、隣に座っている舞亜瑠まあるが妙にくっついていくること。

 腕と腕が触れ合って、セーラー服越しに舞亜瑠まあるの体温が伝わってくる。

 かすかに香る、いい匂い。

 こいつ、あれか、コロンかなにかつけてきているのか?

 ちらっと舞亜瑠まあるの方を見ると、その隙を見逃さなかったかのように舞亜瑠まあるは武士郎の方を見て目を合わせてくる。

 大きな瞳でじっと武士郎を見つめ、嬉しさを隠しきれないような笑顔で、


「んふふー」


 と笑った。

 正直、武士郎はちょっとドキッとした。

 なんというか、こう、あれだ、ええと、女の子とこうくっつきあって座っているってのは、男子高校生にとって一度意識しだすと頭からそのことを追い出すことができなくなることなのだ。


 でも。

 待て待て待て。

 よーく考えろ。

 武士郎は自分の中にわきあがってくる変な感情を押し殺す。


 舞亜瑠まあるは、妹だぞ。


 そりゃ、今は血のつながりも家族としてのつながりもない他人にはなっちゃったけど、それでも小学生のころからずっと兄と妹として過ごしてきたんだ、だから俺は親の都合なんかにふりまわされないぞ、舞亜瑠まあるは妹なんだ。

 妹だからこうやってくっついて並んで座っていても普通なんだ。

 俺はもう家族がバラバラになるのなんて絶対いやだからな!


 舞亜瑠まあるはずっと俺の妹だ!


 武士郎は改めてそう決心する。


 そのとき舞亜瑠まある舞亜瑠まあるで、『絶対にお兄ちゃんには妹扱いから女扱いしてもらう!』と決心しているのだが、武士郎の凝り固まったマインドセットからするとそんなことは想像もつかないのだった。

 武士郎はマウスを操作し、配信開始ボタンを押す。


「ちゃぷちゃぷー! 今日も兄妹で配信だよー! 一緒にやってます! ほら、お兄ちゃんもあいさつ!」


 配信中に限れば舞亜瑠まあるは『お兄ちゃん』と呼んでくれるので、武士郎は少しうれしい。

 やはり舞亜瑠まあるにはお兄ちゃんと呼ばれたい。


「よし、今日もやるぞー」


〈始まった〉

〈兄ちゃんもちゃぷちゃぷと言え〉


「絶対に言わないぞ」


〈たまには言えよ、妹が一生懸命考えた挨拶だぞ、ちゃぷちゃぷー〉

〈妹にいつも甘いくせにそこだけはかたくなにちゃぷちゃぷ言わないよな、兄ちゃん〉

 

 だって恥ずかしいではないか。

 多感な高校二年生男子が全世界に向けて媚びた声で『ちゃぷちゃぷー』とか言えるわけがない。


〈まあそれは抜きにしても仲いい兄妹だよなー〉

〈お互いに好きなところはどこ?〉


「あのねー、私はお兄ちゃんの好きなところはいっぱいあるけど、いざとなったら絶対に私を助けてくれるところ! 大好き! 嫌いなところは女を見る目がないとこー」

「……そうか?」


 武士郎はあやうく水族館デートに行きかけた元同級生の女子の顔を思い浮かべながら、


「いやー俺は女を見る目があると……ないかも、な……」

「そうだよ! あ、ちょっとこの件詳しく話していい? あのね、こないだお兄ちゃんが……」

「やめろやめろやめろストップわかった俺は女を見る目がない間違いない悪かったよごめん」


〈なにがあったんだ、超知りたい〉

〈悪い女にでもひっかかったのか〉

〈兄ちゃんにはわたしがいるのに〉


「だからねー、お兄ちゃんの女性関係は今後私がきっちり管理いたします!」


〈正直兄ちゃんの女性関係はどうでもいいけどみずほちゃんの方は兄ちゃんがちゃんと見張ってろよ〉


 コメントに言われるまでもなく、きちんと見張るつもりだ。

 だって俺は兄なんだからな!

 そう思いながら武士郎は話し続ける。


「まったくもう、この話はやめるぞ、みずほ。じゃあ今日もホラー実況やっていきます。夕飯の時間まで!」


 その時間になったら舞亜瑠まあるは祖母の家に帰らなきゃいけないから、放課後から夕飯までのこの時間しか平日は配信できないのだ。

 ま、その分夜は勉強する時間もあるし、ちょうどいいだろう。


「ギャーーーーーッ!! きたきたきたっいやぁっ!!!」

「あっはっはっはっは」

「待って待って待って待って人形も動いた無理無理無理無理無理!!」


 襲ってくる幽霊に悲鳴をあげる水面みずほこと舞亜瑠まある、爆笑する水面水男こと武士郎。

 そんないつもの平和な配信。

 そこに、一言のコメント。

 それが新たな事件の始まりだった。


〈俺、お前らのリアル知ってるぞ。なあ、サンカクちゃん〉

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