第28話 ワンチャンはありえない


「…………!」

「………………!」


 サンカクちゃん、とコメントで呼びかけられて二人で絶句する。

 舞亜瑠まあるのニックネームが“マルちゃん”であることはリアルの知り合いしか知りえないことだった。

 このサンカクちゃんって呼び方は、明らかにリアルを知っている人間のコメントに違いなかった。

 そのときはこのコメントを無視したのだが。

 配信後。


「やばいやばいどうしよおに……山本先輩。ぜったい私たちのこと知っている人のコメントだったよね?」


 つい最近あんな危険な目にあったばかりだ、舞亜瑠まあるが敏感になるのも当然だと武士郎は思った。

 なにしろチャンネル登録者数52万人のVtuberである、中には熱狂的なファンだって何人もいる。

 ありがたい存在ではあるんだけど、リアルではただの女子高校生にすぎない舞亜瑠まあるにとって身バレしてリアル凸……つまり実際に会いにこられてしまったりしたら恐怖でしかない。

 特に舞亜瑠まあるはこないだの事件以来、武士郎以外の男に対してはかなり恐怖心を持つようになってしまっているし……。

 あと、Vtuberやってるってことを学校関係者に知られるのも嫌だしな。

 

「もしかしたら学校関係者ってこともあるかもな……。もしクラスメートとかだったりしたら、におわせ発言とかしてくるかもしれない。ちょっと注意していこう」

「うん」

「あとこいつの正体わかるまでは、舞亜瑠まあるは」

「笠原!」

「……はいはい、笠原が外を歩くときはなるべく小南江さなえとか俺とかと一緒に動くこと。ひとりっきりは危ないかもしれない」


 ただでさえこないだの事件について逆恨みしているやつらがいるかもしれないしな。

 サッカー部の連中は全国から集められていたから退学処分うけたやつらはみな実家にかえったはずだけど、慎重になってなりすぎるってことはないだろう。


     ★


「先輩、相談があるす」


 放課後、学校の自動販売機の前。

 休日に舞亜瑠まあると食事行く分には父親からお金をもらえるけど、普段はおこづかいでやりくりしないといけないので自販機のジュースで我慢だ。


「私の相談なんでおごるすよ?」


 小南江さなえはそういうけど、後輩の女の子におごらせるのはちょっとな。


「いいよ、自分の分くらいは自分で買うぞ」


 そういって一番安い紙パックジュースを買う。

 舞亜瑠まある小南江さなえも紙パックを買って、三人並んで中庭の見える廊下でジュースのストローをくわえる。

 舞亜瑠まあるはいつものふわふわのルーズポニーテール、小南江さなえはさらさらの黒髪ショートカット、二人並ぶと本当に美少女コンビだ。


「で、いったい相談ってなんだよ?」


 聞かれた小南江さなえは、


「あ、そうでした……。あのすね、私、なんか最近ストーカーされてるみたいなんすよね」

「ストーカー!?」


 まあ小南江さなえくらいかわいければ惚れる男はいくらでもいるだろうが、ストーカーとなるとちょっと話は別だ。


「ストーカーって、具体的にどういうことされてるんだ?」

「うーん、あのすね、えっと、靴箱に手紙入れられたり。っていうか自宅のポストにも手紙はいってたりするんすよね……」

「それは怖いな」


 自宅まで知られていてそこに直接手紙入れられるのは怖いな。


「手紙って、どんな手紙なんだ?」

「今までは好きですとかいつも見てますとかそれだけだったんすけど……実は、今日も入ってたんすけど。今日のはいつものとちがくて。えっと、これなんすけど」


 小南江はカバンからそれを取り出す。

 見ると、かわいらしい封筒に一枚の便せんが入っている。

 それを見せてもらった。

 手書きの手紙だ。


      ❀❀❀❀❀


 九文字くもんじ小南江さなえさま。


 あなたのことが好きです。

 ずっと好きです。

 いつも見ています。

 あなたと二人きりでお話がしたいです。

 ほかの誰にも言わずに、今日の放課後、旧体育館の裏に来てください。

 ふたりきりでお話がしたいです。

 いろいろ伝えたいです。

 ずっと待ってます。

 必ずひとりで来てください。


      ❀❀❀❀❀


「……今日?」


 コクンとうなずく小南江さなえ


「うーん、うーん、一人できてくれっていうのは、怖いなー。差出人もないし」

「そうなんすよ、差出人もないんすよ。怖くないすか? 怖いすよね? 私もいままでRINEとかで呼び出されて告白されたこととかありますけど、紙の手紙は初めてっす。ほんと怖い」

「無視しちゃえばいいんじゃない?」


 舞亜瑠まあるがそういうが、小南江さなえは、


「怖い怖い怖い! 無視とかしてすっぽかしたらそれはそれで逆恨みされるのも怖いすから、あの、私、今からここに行きます。で、まあ会ってみて好みの男じゃなかったら断りますんで、先輩、マルちゃんと一緒にちょっとこっそり旧体育館のとこにいてくれませんか? ばれないように」

「ああ、まあいいけど。……ん? 会ってみて好みの男だったらどうすんだ?」

「そりゃ、まあ、ほら、その場合はまあ、ね?」


 ちょっと瞳をキラキラさせて言う小南江さなえ


「こないだネトフルでスタンドバイミーって古い映画を見たんすけど、リヴァーフェニックスみたいな顔の男だったらちょっとRINE交換してもいいかなって。その場合に備えて一人でこいっていうから一人のフリして行くす」

「………………まあ、いいけど、うちの学校にはそんなイケメンいないと思うぞ……ってかあの映画の時点だとリヴァーフェニックスって子役だろ、ショタかお前……」

「正直、オネショタのオネになりたい願望はあるす」

「ショタをもてあそべるほどの恋愛経験とかあるの?」


 そこに舞亜瑠まあるが口を出す。


「この子、なにもないよ……友達として寂しくなるよ……」

「マルちゃんうるさいなあ! マルちゃんは山本先輩といい感じだからってそういうふうに余裕ぶってさ!」

「えへへー、そんなでもないよ、ね、山本先輩?」


 いやそんなふうに言うなよ、お前は俺の妹だろ、と思ったけど一応学校ではそれは言わないでおく約束があったので黙っておく。舞亜瑠まあるの彼氏だと思われていれば、舞亜瑠まあるに変な男がよってくるのを防げるだろうしな。

 武士郎は俺以外の男が舞亜瑠まあるに近づくのは許さん、と思ってから、いや待て、俺は兄なんだから俺以外の男ってどういうことだ? 兄なら妹に彼氏ができるくらい、温かい目でみてやれば……。いやでもそれはそれですごく腹立つ、なぜだろう。


「山本先輩! そんなわけで今日これから、いいすか? 私、一人のフリをして旧体育館にいきますんで、マルちゃんとこっそりついてきてくださいよ!」

「最初から俺たち三人で行けばいいんじゃないか?」

「一人で来いって書いてるじゃないすか! 断るならいいけど、ワンチャン、イケショタだったら相手の印象悪くなるようなことしたくないす」

「……わりとお前、いい性格してるな……。まあいい、こっそりついていってやるよ」 


 そんなワンチャンはありえないと思うけどなあ。

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