第22話 人生で二千回はそのシーンを思い出してはうっとりする

 舞亜瑠まあるはその時の光景を生涯忘れなかった。

 というか、人生で二千回はそのシーンを思い出してはうっとりすることになる。

 だって、舞亜瑠まあるがこのサッカー部の寮にいることなんて、誰も知らないはずなのだ。

 武士郎にはもちろん、友人の小南江さなえにも言っていない。

 髪型を変えるのを秘密にしておこうと思ったから。

 だから、舞亜瑠まあるが犯されるのはほぼ確定事項だった。

 舞亜瑠まあるの身体が男たちに食い散らかされて全部が終わるまで、誰も助けなどくるはずもなかったのに。


 この部屋は一階にあり、窓は大きな掃き出しの二重窓になっている。

 舞亜瑠まあるが身体をまさぐられたのと同時にまず聞こえたのは、ガシャン! という外側のガラスが割られる音。


 部屋の中にいた全員がそちらを見る。

 窓の外には人影、その人影はこちらに向かって大きな石をふりかぶり――。

 ギャリンッ!

 二度目の破壊音。

 窓ガラスは強化ガラス、とがった石で衝撃を加えられると、粒のように粉々になって地面に散らばった。

 5月の初めの夕方、まだ日は高いがちょうど逆光となっている。


 後光がさすその人影はあまりに神々しくて、舞亜瑠まあるにとって、それは神様が来てくれたみたいに見えた。

 その人影は舞亜瑠まあるに向かって叫んだ。


「無事か!?」


 声を聞くまでもない、姿を見るまでもない、こんなことをしてまで助けに来てくれるのは一人しかいない、舞亜瑠まあるは喉の奥から叫び返した。


「お兄ちゃん!!」


     ★


 まずい、と宗助は思った。

 窓ガラスが割られたのは、宗助が女の胸に手をつっこんだ瞬間だった。

 くそ、逆光で見えないがこいつ誰だ、この女、お兄ちゃんとか言ったか、なぜこの女の兄がここに来た?

 しかし、いろいろとまずい。

 女をレイプしようとしていたのもまずいが、これは証拠さえ隠滅すればなんとでもなる。


 大麻だ、大麻はまずい。

 そして女をレイプしようとした証拠、まさにその証拠は窓を背に三脚に乗せられたスマホ。録画ボタンはすでにタップされている、まずい――。

 と、侵入してきた男はまずそのスマホを乱暴に三脚から取り外すと自分のズボンのポケットにいれた。

 なんてことしやがる、証拠をとられたぞ、どうする?

 こいつは警察を呼んでいるか?

 それとも一人で来たか?

 警察を呼んでいるならこんな侵入の仕方はしないはずだ、馬鹿が、一人でこの女を助けにきたのか?


 そうだとしたら。


 本当に馬鹿なのかこいつ、今ここには男が五人もいるし、さらにほかのメンバーも集まってくるんだぞ?

 一人で何しに来たんだこいつ?

 冷静になってそう考えると、宗助の心は落ち着いてきた。

 宗助は低い声でほかのメンバーに言う。


「おい、びびるなよ、こいつ一人だぞ。わからせてやれ」


 なんのことはない、こいつも囲んで殴って監禁しちまえばいい、それこそこの男の玉袋のしわまで撮影して脅しに使ってやる。ほかにいじめてる男を連れてきて男同士でセックスでもさせてやろうか? その動画を使って一生脅して苛め抜いてやる。

 宗助はまずは窓際にいた一年どもに命令する。


「その馬鹿ひっつかんでこっちに連れて来い」


     ★


 間違いない。

 舞亜瑠まあるはそこにいた。

 いつものセーラー服姿、ふわふわのツインテール、ただただ驚いた表情でこっちを見て、


「お兄ちゃん!」


 と叫んだ。

 ほんとにほんとに偶然だった、配信していなかったら舞亜瑠まあるがこんなとこにいるなんて考えもしなかった、小南江さなえからの電話とリスナーからの目撃情報、それがあわさったから確信をもってここに来られた。

 舞亜瑠まあるは今まさに両腕をつかまれて制服を脱がされようとしているところ、ギリギリで間に合った、電車じゃなくてタクシーを使ったのは正解だった。

 顔も知らない一年のサッカー部員はこちらにつかみかかってきた。

 武士郎はその動きを読んで、


「おるぁっ!」


 右のこぶしを顎に叩き込んでやる。

 一年の男は一発で意識をぶっとばされたようで、その場に膝から正座するようにへたりこみ、ごろんと倒れた。

 もう一人殴りかかってきたが、素人の動きだ、話にならない。


「せいっ!」


 左中段回し蹴りをその腹に叩き込むと、そいつは瞬時に倒れこむと、


「おええええっ」


 と胃液を吐き出し始める。

 あまりの苦痛にどうしようもないのか、口から胃液をまき散らしながら、


「うおえ、えぐ、ぐえええ……」


 と地面をのたうち回っている。


「な……な……!?」


 驚愕の表情で武士郎を見る宗助。

 宗助につかまれている舞亜瑠まあるが瞳を輝かせてそんな武士郎を見ている。


舞亜瑠まある、ちょっと待ってろよ、こいつらを片付けるから」


「うん!」


 安心しきった表情で答える舞亜瑠まある

 宗助は叫んだ。


「ふざけんな、同時だ、同時に殴りかかれ! なんでもいいからそいつを――」


 今度は二人同時にとびかかってくる男子生徒たち、武士郎は一歩、二歩、バックステップをとって距離をとり、近い方の男にまずは右下段回し蹴り。

 ガードの仕方もしらない、訓練したこともないものにとってその痛みを耐えられるはずもなく、


「あ、あ、あ、あ、……」


 と情けない声を出しながらすっころぶ男、さらにもう一人の方に向き直った武士郎は左ジャブを入れるフェイントを入れて意識をそちらに向けさせた次の瞬間、右の上段回し蹴りをそいつの顔に入れた。

 カキョン! という顎の骨のねじれる音、くらった男子は棒立ちのままドダッと床に倒れた。


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