第7話 誰にも言わないでください

「ちゃぷちゃぷー! 今日もホラーゲーム実況をやっていこうと思います! もちろんお兄ちゃんも一緒だよ!」

「お、どうもー」


〈ちゃぷちゃぷー〉

〈今日も配信待ってた!〉

〈はじまた〉

〈兄ちゃんもちゃぷちゃぷって言え〉


「ぜったい言わない」


 だいたいなんだよちゃぷちゃぷって。

 恥ずかしくて言えねーよ、と武士郎は思っていた。

 舞亜瑠まあるとVtuber活動をはじめたとき、舞亜瑠まあるが勝手に挨拶を決めてしまったのだ。


「今日ねーいいことあったんだよ、みんな聞いてくれるー? あのね、今日ね、学校の先輩の女子に、いじめられかけたの! そしたらね、お兄ちゃんがかばってくれたの! やばくない? やばいよね? もうお兄ちゃんラブって思っちゃった」


 舞亜瑠まあるはVtuberやっているときは少し演じているところがあるので、こういうラブだのなんだのの発言を武士郎はいちいち真に受けないことにしていた。

 今までだって、直前まで兄妹喧嘩をしていて、配信始まったらニコニコ笑顔で武士郎と話して、終わったらまたぶすっとする、なんてことも何度もあったし。


「すまん、俺はお前の愛にこたえられない……」

「あはは、なによー、こたえろよー馬鹿アニキ!」


 まあ楽しく配信できればそれでいい。

 とはいえ、今までとはちょっと環境が違う。

 一緒の家に住んでいたときは配信直前まで顔を合わせていたのに、今は離れたところから時間を合わせてコラボするかたちになっている。

 なんていうかこう、物理的に舞亜瑠まあると離れたことで、本当の機嫌がわからないというか、薄皮一枚挟んでいるというか、妹がなにを考えているのかわからないと感じてしまう。

 どこまでが本心で、どこまでが演技なのか?


「もうねー、うちのお兄ちゃんかっこよすぎて! やばいよ! もう大好き!」


〈兄ちゃんなら許す〉

〈謎の弟くんとかだったら許さなかった〉

〈今日はめちゃくちゃ兄ちゃん大好きっていいまくってるな〉


 確かに、なんだか今日はいつもよりも『やりすぎ』な気もする。

 言いすぎて嘘くさくも感じるぞ。

 わからん。

 すぐそばにいないってだけで、つい先週まで妹だった女の子が、世界で一番近い女子だった子が、遠く感じられる。

 いや、もしかして、今までだって実はわかっているつもりでわかっていなかっただけだろうか?

 画面の中の水面みずほが話しかけてくる。


「明日も、お弁当持っていくからね。なにか食べたいものある?」

「そうだな、やっぱり肉がいいな」

「お肉冷蔵庫にあった! あれ焼いていれとくね! お兄ちゃんはお兄ちゃんだから大好き!」


 画面越しに水面みずほのアバターが満面の笑みを浮かべている。

 うーん、さすがに言いすぎだぞ。

 まあでもそうか、お兄ちゃんだから好き、か。

 武士郎は教室で見た舞亜瑠まあるの顔を思い出す。


 セーラー服をきっちり着こなしている、しっかりしてそうな女の子だった。

 家の中でだらしなくしている姿しか知らなかったし、なんだか新鮮だ。

 配信の中だけ、演技めいてお兄ちゃん、と呼んでくれているけれど、もう、本当のところは兄でも妹でもない。


 いつまで一緒にこうやって配信をやっていくんだろう?

 終わりの日がきたりするのか?

 それはそれで寂しいというか、喪失感がハンパなさそうだ。


「じゃあ今日から新しいシリーズやっていきます! えっとね、カメラで幽霊をやっつけていくゲームです! じゃあはじめるよー! お兄ちゃん、今日からずっと毎日このゲームやるから付き合ってね! 麻雀配信なんてさせねーから」

「なんでだよ」

「一人でやると怖いからだよっ!」


 まあしょうがない、しばらくはこのゲームの実況につきあってやるか。

 武士郎はそう思っていたんだけど。


     ★


 次の日の昼。


「山本先輩」


 さすがに昨日のことがあるので、教室に舞亜瑠まあるを来させるのはどうかと思った。だから、武士郎は昨日配信後にbiscordで舞亜瑠まあるにメッセージを送り、校舎から旧体育館への渡り廊下で待ち合わせをして弁当を受け取ることにした。

 去年新体育館が建設されたばかりで、運動部の部室もみなそちらへ移されている。

 今旧体育館を使っているのは、いくつかの活発じゃない部活くらいで、あまり人通りもない。

 ここならゆっくり話せそうだった。

 今日もふわっと天然パーマに似合う、ルーズなポニーテール。

 最近はこの髪型が気に入ってるのだろうか。


「先輩、今日のはハンバーグ作ってみました」

「サンキュ。でもここはほかに誰もいないぞ、お前に敬語使われるとなんか背中がかゆくなるんだよ」


「うん、まあ……でも誰かに見つかると変な誤解されちゃう」

「誤解もなにも、大山田とか八重樫とかは彼女だと思ってるし……彼女ならため口でもおかしくないし……あ、そうかそれだとお前が迷惑か、悪い。うーん、ちゃんと説明しておくけどなんか説明するのが複雑すぎるなあ」


「それなんですけど先輩」

「だから敬語とか先輩やめろって」


 でも舞亜瑠まあるは武士郎の言葉を無視するように言う。


「まだだれにも言ってないですよね、先輩と私の関係? 私も言ってません。お願いがあるんですけど」

「だから敬語……」


 舞亜瑠まあるはその大きな瞳でしっかりと武士郎の顔を見つめ、きっぱりとした口調で言った。


「誰にも言わないでください」

「は? なんでだよ、別にやましいこともないし」



「なんででもです。ちゃんと理由があります。今は言えません。じゃあ、今日はこれで。私も友達待たせてるんで。今日も、午後九時で」


 午後九時。

 今日もコラボ配信だ。

 武士郎をお兄ちゃんと呼んでくる、Vtuberの皮をかぶった元義妹との。

 

 だけど。


 その日、結局舞亜瑠まあるは配信をせず、biscordにもインしてこなかった。

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