第6話 まともな高校生活を送れないようにしてやる

 苅澤かりさわ里香りか

 武士郎たけしろうを公衆の面前で恥をかかせるように振った女。

 彼女は不愉快であった。


 せっかく格下の男を振ってやって、女としてのマウントをとれて気持ちよくなれるシチュエーションのところに、自分より美人な後輩キャラがその格下だと思ってた男に手作り弁当?


 こいつ、いつからこの女と付き合ってたんだ? 

 待て、あたしがこいつを振ったのってつい先週だぞ?

 ってことはあたしに告ッてきたときはどうだったんだ? まさかあたしが遊ばれてたってこと、ねえよな?


 そういう疑念に襲われるのも無理はなく、イライラしてむかつくのであった。

 それを知っているかのようにルーズポニーテール一年生女がこちらをチラっと見るのもまた、腹が立つのだった。


 笠原とかいったか、この一年。

 チッ、と舌打ちをする。

 結局サッカー部のエースの宗助は、身体の関係を求めてくるばかりだし。

 イライラする。


 まさかクラス内カーストがあの格下男と逆転するなんてことは絶対ないが、とにかくあいつにあんなかわいい年下の彼女ができたとなると、あいつを振ってやったあたしの立場がぐらつく。


「おい、一年」


 思わず声をかけていた。


「はい、なんですか?」


 にっこりと笑顔で答える笠原とかいう一年女子。


「お前、何中から来たんだ?」

「園城寺中学です」


 どこだそれ?

 ああ、園城寺ってあそこか、結構遠いところじゃないか。

 引っ越しでもしてきたんか?


「お前さあ、そいつこないだ私に告ってきたんだけど、知ってる?」


 すると生意気な一年女子、笠原はさらに満面の笑みで答える。


「知ってますよ。ほんと山本先輩、人を見る目がないんですから。告る前に私に相談すべきでした、だって私知ってましたもん、苅澤先輩、サッカー部の部室でおしゃぶり係やってるビッチでしょ」

「てめぇ!」


 そりゃ何度かそういうこともあったけど、係ってほどしゃぶりまくってたわけじゃない、ちゃんと相手は選んだ、あれは恋愛のうちだ。

 などと教室内で大声を出すわけにいかない。

 だが思わず立ち上がり、一年女子のところへ歩み寄る。

 里香の友人――というより、取り巻きの女子たちも一緒に笠原を囲むようにして、


「おいお前、一年のくせに生意気なんだよ!」

「そうだてめえ、調子のんじゃねえぞ!」


 凄みのある声で迫る。

 華奢な体つきの一年はそれでも胸を張って里香たち先輩に囲まれても大声で言い返す。


「おに……山本先輩を先にコケにしたの、そっちでしょうが!」


 それでもやっぱり先輩たちに囲まれて怖いのか、ちょっと震えている。

 この一年、絶対にシメてやる。

 里香はそう思ってさらに一歩進むと、今度は武士郎が笠原をかばうように前に出た。


「やめろや、一年相手に脅しかけるなよ!」


 今度は宗助とサッカー部の数人が立ち上がり、


「おい、お前俺の彼女に何言ってんだ」


 武士郎も負けずに、


「先に俺のいも――後輩に文句いってきたの、苅澤が先だろ!」


 教室の端で、里香とは別のグループの女子が「山本かっこいいじゃん」などというのが聞こえてきた。

 一年女子の前に立つ武士郎、その武士郎の背中に隠れる一年女子、囲む二年生男女。


「なんか山本がかっこよくね? ってかあいつらがダサくね?」


 そういう声をあげた女子グループ――ギャルのグループだ――にぐいっと顔を向けてにらみつける。

 まだ進級したばかりでクラス内の力関係が確定しているわけではない。

 里香と反目しているグループもあるのだ。

 くそ、なめやがって。


 一触即発の雰囲気。

 と、そこで、教室に隣のクラスのやつが入ってきた。

 チッ、今来るなや。

 里香は心の中で舌打ちをする。


「お、どうしたん? タケ、早く飯食おうぜ、そのあと三人麻雀サンマやろぜ」


 武士郎の友人、大山田と八重樫だ。

 女とは無縁そうな武士郎とお似合いのだっさい男どもだが、大山田は身長190cm体重100キロの柔道選手、八重樫はそこまででもないけどレスリング部なのでかなり体格がガッチリしている。

 そういえば一年の頃、武士郎とこの二人がよく格闘技の話とかで盛り上がっているのを見たことがある。

 宗助としては積極的にケンカを売りたい相手ではないらしく、少しおとなしくなっている。


「お前に麻雀教えてもらってからさー、はまりまくってんだよ、麻雀やる時間なくなるから早く食おうぜ」


 豪快に笑う大山田。八重樫は、

「タケ、お前の昨日の弁当、面白かったんだけど今日のも同じか? 見た目雑巾だったけど」


 と、そこで一年女子が、


「雑巾じゃありません! 卵焼きです!」


 と顔を真っ赤にして叫んだ。

 小山田と八重樫は顔を見合わせて、


「お前、タケの彼女? 彼女!? 弁当もこの子!? うおおおおお! え、かわいすぎね?」


 などと盛り上がっている。


「あの、私、山本先輩の彼女じゃないです、彼女じゃないですけどー、お弁当は私がつくりました」

「そんなの彼女じゃん、うっそだろタケ、ちょっと詳しく聞かせてくれや」


 くそ、生意気一年をシメるとかいう雰囲気ではなくなってしまった。


「ちっ」


 大きく舌打ちをして自分の席に戻る。

 むかつく。

 絶対にあの一年と武士郎、まともな高校生活を送れないようにしてやる。里香はそう思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る