第5話 先輩のために買いました

「山本先輩」


 昼休み、また舞亜瑠まあるがやってきた。

 昨日あれだけ配信でしゃべりまくってお兄ちゃんお兄ちゃんといってたくせに。

 リアルでは先輩って呼ぶのかよ。

 この高校は武士郎たちが中学生まで住んでいた場所から少しばかり離れていて、武士郎には中学からの同級生というのがいない。

 だから、武士郎と舞亜瑠まあるが連れ子同士の義理の兄妹だったことをこの学校内では誰も知らないはずだった。教師は知っているだろうけど、個人情報がどうのとうるさいこのご時世な上に、ここの私立学校は教師に対しても規律が厳しいのだ。

 そういうわけで教師が特定の生徒の個人情報をほかの生徒に話すことなんてないだろう。


「先輩、今日もお弁当つくってきました」


 今日もルーズに結んだポニーテール、ひらめく赤いスカーフリボン。そこにいるだけで周りの空気が変わるような美少女オーラを放っている。


「今日もきたよあの子」

「めっちゃかわいいよね―」


 女子たちがコソコソ話し合い、男子たちは全員視線を奪われている。

 妹だから、というフィルターをかけていたから気づかなかったけど、他人目線だとこいつこんなにかわいかったのか、と武士郎は思った。

 そりゃ妹としては最高にかわいいと思ってたけど、他人になって舞亜瑠まあるを見てみると、こんなの女子高生として最高級の魅力を持ってるよな……。

 武士郎ですら元妹の美少女パワーに圧倒されるのに、ほかの生徒たちなんていうまでもない。


「先輩、昨日のお弁当はおいしかったですか? 卵焼きとか」


 この学校、校風として上下関係がなんとはなしに厳しくて、上級生に下級生がため口をきくなんてほとんどありえない。

 で、今はもう他人になっちゃったんだから、他人である後輩の舞亜瑠まあるが武士郎に対して敬語を使うのは校内の雰囲気からして当然なんだけど。

 小学生のころからとはいえ、ずっと妹をやっていた女子に今さら先輩と呼ばれて敬語で話しかけられると、なんだか背中がむずがゆい。


 今日も舞亜瑠まあるはへの字口。でもそんなに機嫌は悪そうに見えない。

 卵焼きかあ。


「おいしかったぞ。まるでぼろ……いや、うん、味はうまかった」

「先輩の好みは甘い卵焼きですもんね。ちゃんとわかってるんです。はい、どうぞ」


 そして舞亜瑠は弁当袋を差し出す。

 中には使い捨てのプラスチック容器の弁当だ。

 武士郎はそれを受け取り、代わりに昨日の分の弁当袋を舞亜瑠まあるに返す。

 舞亜瑠は中身のない弁当袋を受け取ると、


「今日は卵焼きがぼろ雑巾にならないように慎重に作りましたから。うまくできたので、明日にもまた感想をください」

「お、おう……」


 武士郎は無愛想に弁当を抱える。

 顔は無愛想でも、内心はいろいろな考えがぐるぐるしてるのだ。

 なんか敬語で話されるのもおかしな気分になってくるし。

 なんだろ、一緒に暮らしているときは髪がぼさぼさの寝起きの丸眼鏡の顔とか見ていたので、こうして学校で制服のセーラー服をきっちり着こなしてポニーテールの後輩女子として敬語で俺に接してくる、っていうのがさ。


 ギャップ、というか。

 えーと、ドキドキするってか。

 いや違うからな、妹にドキドキなんかしないから。


 ん、今は妹じゃない……?

 だったらいいのか……?

 いやいいってなんだよ、駄目だよ、多分駄目だよ!

 なんのことだかわからんけど駄目な気がするよ!


 だって母さんが母さんのままなんだったら、その娘の妹だって妹のままだろ?

 弁当袋を持つ武士郎の顔を、舞亜瑠まあるがじっと見つめる。

 身長は武士郎のほうが高いから、舞亜瑠まあるが武士郎を見上げる形になる。

 なんか、クラスメートの視線も感じるなあ。

 なにか言った方がいいんだろうか。


「ええと、ま……笠原」

「あ、はい」


 見つめあう。

 そういや兄妹として暮らしているとこんなにしっかりと顔を見ることってそんなになかったからなあ。

 新鮮といえば新鮮だ。

 ふーん、こいつ色付きのリップなんてするのか。先生に怒られないギリギリのラインなのかな。


「そういう色のリップ持ってたんだな」

「……先輩のために買いました」


 直後、教室の中がざわっとした。

 女子たちはすっごく嬉しそうに「キャー」とか悲鳴をあげている。

 ギャルグループとかは、「やべー漫画みてーなセリフ」とかいって、自分たちはリップどころじゃないくらい化粧をキメているのにテンションあげて笑いあっている。

 彼女のいない男子たちはうらやましそうにくやしそうに苦笑いする。


 そして。

 武士郎を振ったばかりの里香は実に不愉快そうに顔をゆがめている。

 と思ったら、里香は乱暴な言葉を舞亜瑠まあるに投げ始めた。

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