第4話 お兄ちゃんがお兄ちゃんでよかったってほんとに思うよ、お兄ちゃん


 午後九時ちょっと前。

 biscordに参加すると、舞亜瑠まあるが話しかけてきた。

 いままでは別々の部屋とはいえ、同じ屋根の下で配信をしてきたから、配信前の打ち合わせは直接口頭でしていたから、なんだか落ち着かない気もする。


〔じゃ、いつもの感じでいくね〕


 ネット越しに聞く舞亜瑠まあるの声も少し緊張して聞こえる。


〔ああ、お前、昼間の弁当……〕

〔その話も配信でするから〕


 配信上でするのかよ。

 正直、今は二人きりで話したい、と武士郎たけしろうは思った。

 いったい何を考えているんだ?


 そして配信が始まる。

 舞亜瑠まあるが水面みずほとして配信番組をたちあげ、そこに武士郎が水面水男みずおとして参加する、いつものスタイルだ。


「やっほほろーい! ちゃぷちゃぷー! 配信はっじめるよー! 今日もお兄ちゃんと配信しまっす!」

「お、今日もよろしくなー」


〈ちゃぷちゃぷー!〉

〈ちゃぷちゃぷ。今日も兄妹配信か〉

〈みずほちゃんはいつも明るいからいいな〉

〈お兄ちゃんはいつもよりちょっと元気ないな、風邪か?〉


「お兄ちゃんはいつもどおりだよー。いつもどおりの変な人です」

「変な人じゃねえよ!」


 普段と変わらない明るくて軽快なしゃべり。

 といっても舞亜瑠まあるは配信のとき、素よりも明るいキャラを演じている。

 Vtuberやっているみずほはあっけらかんと軽い性格なんだけど、素の舞亜瑠まあるの性格はそれよりも少しジトっと湿っているところもある、ような気がする。

 そんなことを言うと怒られそうだから言わないけど。

 とにもかくにも、実際には兄妹じゃなくなった今でも、以前と同じくお兄ちゃんと呼んでくれてる。


 武士郎はなんとなく嬉しかった。

 学校で先輩だなんていわれて、実はちょっとショックだったのだ。

 義妹だった舞亜瑠まあるが今は家族じゃなくて後輩の女子なんだなと思うと、理不尽に家族を奪われた気がして正直傷ついた。

 舞亜瑠まあるに『お兄ちゃん』以外の呼び方で呼ばれるなんて、舞亜瑠まあると出会って以来まったく考えたこともなかった。


「えー。でもお兄ちゃん、今日ちょっと沈んでいるの、もしかして私のせい?」

「なにがだよ」


 心の中を見透かされたようでどきっとする。

 

「実はですねー、今日! 私はママに言われて、お兄ちゃんのためにお弁当をつくったのです! おいしかった? まさかそれでおなか痛くなったりしたとかじゃないよねー?」


 母さん……いや、元母さんに言われて作ったのか。


「まあ食えなくはなかった」

「食えなくはなかった! みなさん、聞きましたかこの言いよう! この私がお弁当つくったげたんだよー、最高にうまかったとか言えよ! あはは!」


〈俺が食ったげるよ〉

〈うらやましい〉

〈俺もみずほちゃんの弁当食べたい〉

〈俺も兄ちゃんになりたい〉

〈いつもはママが作ってるんだっけ?〉


「そうです! でも今日からは私も料理の勉強がてら、お兄ちゃんのためにお弁当をつくったのです! めちゃくちゃ手の込んだお弁当を!」

「手の込んだって、あのぼろ雑巾みたいな卵焼きのことか」

「私の渾身の卵焼きを! 雑巾! ぼろ雑巾! きゃははははっ! ひどーい! ひどいひどい! まー明日も作ってあげるからね。ママがね、ママが、つくってあげなさいって。これまじだよ。ママが言ってたの。お兄ちゃんのためにお弁当つくってあげなさいって。お兄ちゃんなんだよって」


 それを聞いて武士郎の心がすこしあったかくなった。

 そっか、母さんが……。

 たとえ血がつながっていなくても、養子縁組していなくても、一度母さんと呼んだ人は一生母さんだ、と思った。


「ま、ありがとな、うまかったよ。うまかった」

「え?」

「うまかった。まじで。サンキューだよ」


 アバター越しだから舞亜瑠まあるの表情は細かいところまではわからない。

 でも、たしかに水面みずほのアバターはにっこりと笑って嬉しそうだった。


「お兄ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいよ。嬉しい! 私もママに言われなくてもお兄ちゃんになんかしてあげたかったの! お兄ちゃんだから! お兄ちゃんがお兄ちゃんでよかった。お兄ちゃんがお兄ちゃんでよかったってほんとに思うよ、お兄ちゃん」


「そんなに何度もお兄ちゃんを連打しなくてもいい。お兄ちゃんがゲシュタルト崩壊起こすわ! ま、俺はずっとお兄ちゃんだから」

「うん!」


 水面みずほのアバターは目を細めて嬉しそうにうなずくと、


「さて、今日はちょっと間があいたけど、108番非常口の続きをやりまーす! お兄ちゃんは既プレイだから口出し禁止! っていうか今から何もしゃべらないで!」

「いやじゃあなんのためのコラボだよ」

「お兄ちゃんは、いてくれるだけでいいの!」


 そしていつものホラーゲーム配信が始まった。


「ぎゃーーーっおじさんが逆立ちして歩いてるーーっ!! 怖い怖いっ!」


 みずほの悲鳴を聞きながら武士郎はいろいろ思いを巡らせていた。

 お兄ちゃんがお兄ちゃんでよかった、か。

 うん。

 素直に受け止めて、喜んでおこう。

 俺はな、俺は。俺も。

 舞亜瑠まあるが妹でよかったって何度も思ってきた。

 だって、もし妹じゃない後輩として舞亜瑠まあると知り合っていたら。

 きっと俺は。

 俺は。


 舞亜瑠まあるを、変な風に意識したと思うから。

 うん。

 妹でよかったよ。

 ……妹、なんだよな、今でも?

 配信の最後に、舞亜瑠まある――いや、みずほはこう言った。


「じゃあ、明日もお弁当持ってくからね! 二年生の教室入るのめっちゃ緊張するんだから! 女の先輩私をにらんでたし! ちょー怖かった!」


 いやガンつけてたのお前の方だろ、と武士郎は心の中だけで突っ込む。


〈おい、大人設定忘れるな〉

〈やっぱり高校生じゃないか〉

〈高校の時って知らない先輩が意味もなく怖かったりしたよなー〉

〈みずほちゃんは怖がりなんだから水男が守ってやれよなー〉

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