第3話 山本先輩。
土日のあいだに母親と
電車で十五分の隣町とはいえ、母親の実家とはあまり縁がなかったので気軽に遊びに行くってわけにもいかない。
あまりに突然の家族解体に、
そして月曜日が来る。
正直学校には行きたくないがそういうわけにもいかない。
父親は家庭では寡黙なほうなので、二人きりで会話もなくもそもそとトーストを食べる。
全然食欲がなくて、トースト一枚を食べきることができなかった。
なんだか現実感がないままに登校し、二年二組の教室に入る。
クラスのみんなの視線がちょっとよそよそしく感じた。
四月下旬の天気のいい日、窓から入る風が心地いいはずなのに、武士郎の心は心地いいどころか凍り付いてしまっている。
教室の端の方で、里香と宗助がちらちらと武士郎を見てはクスクスと笑っていた。
もともと中学のときは住んでいる町が違っていたので、この学校には中学からの友人もいない。
武四郎は以前空手をやっていたので格闘技全般が好きで、同じ趣味の柔道部とレスリング部のやつとは高校で仲良く慣れたが、そいつらは今年から別のクラスだ。
なんだか疎外感を感じながら一日を過ごす。
そして、事件は昼休みに起きた。
隣のクラスの友人たちのところで昼食を食べようと、弁当代わりのコンビニパンを持って席から立ち上がった瞬間。
教室に、一人の女子が教室に入ってきたのだ。
濃い紺色のセーラー服、赤いリボン。
当たり前だけどこの高校の制服だ。
セーラー服とはいっても有名デザイナーによるデザインで、おしゃれでかわいいと女子生徒には人気の現代風。
赤いリボンは一年生の証。
二年生は紺色のリボンなので、この教室ではひときわ目立つ。
ふわふわの天然パーマをルーズなポニーテールに束ねていて、それが透き通るようにきれいな肌によく似合っている。
強い光を放つ大きな瞳、はっきりとした意志を感じさせる形のよい眉毛、そして白い肌に映えるうっすらとした色付きリップ。
「えー、なにあの子、かわいい!」
女子たちがさわさわとささやきあい、男子たちはその美少女っぷりに目を丸くして視線を釘付けにされている。
武士郎もびっくりしてその少女を見つめてしまった。
そりゃ驚きもする、このクラスに妹――いや、元義妹が来ることなんて初めてのことだ。
武士郎は先週までは義妹だった今は他人の少女の突然の来訪に、頭がよく働かない。
彼女が入り口で一礼して教室に入ってくると、ただそれだけで教室の中の空気が変わった。
「え、ええと、なにか、用か?」
武士郎が尋ねると、舞亜瑠は唇をへの字にして輝く瞳で武士郎をみつめ、そして言った。
「山本先輩」
「は?」
ちょっと予想外の言葉すぎて、身体が固まる。
山本先輩って……。
いやそりゃ俺は舞亜瑠よりひとつ年上で苗字は山本だけど、舞亜瑠だって……いや、舞亜瑠はもう山本じゃなくなったんだっけ、え、なんだこれ。
その口からよそよそしく先輩、だなんていわれて頭がバグってしまう。
「山本先輩」
もう一度舞亜瑠が呼びかける。
その声ははっきりしていて教室全体によく通る。
「え、う、うん」
「一年二組の笠原
「あ、う、うん……?」
笠原……母さん、いや、元母さんの苗字だ。
「お弁当を作ってきました。食べてください」
そして舞亜瑠は弁当袋を武士郎におしつけるようにして渡す。
「え、なになに?」
「山本君の彼女?」
「でも彼女って感じじゃ……」
「あんなかわいい子、一年にいたんだ……」
クラスの女子たちがこそこそと話している。
「なにあの女」
ことさら聞こえるようにとげのある声で言うのは里香だ。
と、里香に向かって身体ごと向き直ってキッと里香を軽くにらむ舞亜瑠、一瞬ひるむ里香、舞亜瑠はまた武士郎に向き直り、にっこりといかにもな作り笑顔をして、
「先輩。今日の午後九時ジャスト。コラボ。いいですか?」
「あ、ああ、うん……」
武士郎が頷くと、舞亜瑠は作り笑顔のままで出入り口まで歩き、また一礼してから去っていった。
まだ進級したばかりのこのクラスで、いまのがなんだったのか武士郎に聞くほどの仲の良い友人はいなかったので、
「え、なんだったのいまの」
「コラボ? 何の話だ」
「っていうか超かわいかったんだけど」
「やばすぎ、あんなのが山本の彼女なのか」
「いやでもつい先週苅澤に振られてたけど……」
「どういうこと?」
不思議がるクラスメートたち。
武士郎はもらったプラスチック容器の弁当を持って、隣のクラスの友人の元へと向かった。
弁当は本当に舞亜瑠がつくったもののようで、ふりかけごはんとぼろぼろの卵焼き、出来合いのウインナーが入っているだけだった。
うまかった。
コラボか、配信の準備をしておかなきゃな。
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