第32話(サクヤ視点①)

 セシル殿下がお嬢様の屋敷から王宮へ戻るのを見送った後。


「……ふぅ、とりあえずはこれで良しと……」


 私はため息交じりにそう呟きながら、今まで身に着けていた茶髪のウィッグとコンタクトを脱ぎ捨てていった。


 今さっきまで私が身に着けていたこのウィッグとコンタクトは、今から数年前にお嬢様の命令で王立学園に女装して通うという事になった時に急遽用意した変装グッズの内の一つだった。


 そしてまぁ当然だけどミヤの変装グッズについてはもう既に全て捨てておいていた。セシル殿下がやって来る前に全て捨てといて本当に良かった。


 ちなみに私が変装をしながらセシル殿下の対応をした理由はもちろんあった。その理由とは私がヤマト国出身だと気づかれたくなかったからだ。


 今のセシル殿下はヤマト国出身のミヤを死に物狂いで探しているようなので、そんな状況下でヤマト国出身の私の姿を見たら変に勘ぐってくる可能性があると思ったのだ。だから私は急遽変装をして殿下の対応をする事にしたのであった。


「はぁ、それにしても……まさかランス殿下のいう通りになるとは……」


 私はため息をつきながら先ほどのやり取りを思い出していった。


 そしてそのやり取りの一番最後に、私はセシル殿下に“あの写真”を渡してしまったのだが……しかしあの写真を渡す事自体はちゃんとランス殿下に許可を貰っていた。


 ちなみにあの写真というのはもちろんアリシアお嬢様に命じられて私が今まで撮影してきた“セシル殿下の逢瀬を楽しんでいる写真”の事だ。


 今までに私が撮影してきたそれらの写真は全てアリシアお嬢様にお渡ししていたのだが、しかしお嬢様は婚約破棄されてアルフォス領に戻る事が決定したので、それらの“いかがわしい写真”は全てランス殿下に引き取って貰う事となったのだ。


 それで数日前に私はランス殿下にお会いした時にそれらの写真を全てお渡しして、さらにセシル殿下がこの国の財産を無断で使用している可能性が非常に高い事も伝えておいた。


 ランス殿下はここしばらくの間はジルク陛下と共に海外遠征に出ていたため、今のセシル殿下の酷い現状については本当に全く知らなかったようでかなり驚いていらっしゃった。


 そして私がランス殿下に伝えた言葉が全て本当だった場合は、この国に与える影響がとても凄まじい事になるということで……ランス殿下は今それらの事実関係を慎重にやってくれているらしい。


 まぁランス殿下の事は私もかなり信頼している王族の方なので、今回のお嬢様の婚約破棄騒動についてはこのままランス殿下にお任せしておいて問題はないだろう。


 そしてその時にランス殿下は私に向けて『今後もしかしたら兄が暴走する可能性があります。なのでもし暴走した時にはこの写真を使って無理矢理にでも止めてください』と言い、先ほどの写真の一部を私に渡してきてくれたのだ。


「しっかりと兄が暴走する事を予想されていたし、その暴走を止めるための方法も事前に私に授けておいて下さるとは……流石はランス殿下だな」


 私はそんな事を思いながら改めて心の中でランス殿下に感謝をしていった。しかし……。


「しかし、こうなってくると……もしかしたらセシル殿下は私にも敵意を向きだしてくるかもしれないな……」


 今までのセシル殿下とアリシアお嬢様のやり取りをずっと見てきた身からすると、何となくだがあの御方は嫌な言動をしてきた相手に対しては敵意を向きだしにしてくる性格のような気がする。


 だから本当ならセシル殿下に何を言われたとしても、私は一切口答えせずにやり過ごすつもりだったのだが……しかしセシル殿下はアリシアお嬢様の事を指名手配にするだとか言ってきたので、それはお嬢様の従者としては黙って見過ごす訳にはいかなかった。


 まぁでもこれで私の方に敵意が向いてしまう可能性はあるかもしれないが……しかしこれによってアリシアお嬢様への敵意が全て私の方に集中してくれるのであれば、まぁそれはそれで良いという事にしておこう。


「とりあえず今日の出来事はすぐにランス殿下に報告するとして……そろそろ私もここから出て行く準備をした方が良さそうだな」


 この屋敷に暮らしていたレイドレッド家の従者達は既に全ての業務を終わらせてアルフォス領へと戻っていった。なので今もまだこの屋敷に残っている従者は私一人だけだ。


 そしてもうこの屋敷の引き渡しの手続きは全て終わっているので、私自身いつでもアルフォス領に戻る事は可能だった。


「よし、それでは明日までに荷造りを終わらして、明後日には王都から離れるとしよう」


 という事で私はランス殿下への報告をさっさと済ませる事にして、その後はすぐにアルフォス領へと帰国出来るための最後の荷造りを始めていった。

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