第21話
ランス殿下と対談が終わってから数日が経過した。
今日は朝から屋敷の前には大きな馬車が待機していた。この馬車は私の生まれ故郷のアルフォス領へと向かう馬車だった。
(流石はランス殿下。仕事がとても早いわね)
ランス殿下はもしかしたら私に“何かしら”の被害が出てしまう可能性もあると考慮してくださり、私に何かしらの被害が及ぶ前に早急にアルフォス領へと戻るための手配をしてくださったのだ。そしてもちろん“何かしら”とは“セシル殿下”絡みしかない。
「それじゃあサクヤ、後の事は頼むわ」
「かしこまりました、お嬢様」
という事で私はその馬車の前でサクヤとは今後についての話をしていた。私は他の従者達よりも一足先にアルフォス領へと戻る事になっていた。それは先ほども言ったように、もしかしたら私に何かしらの危害が及ぶ可能性があるためだ。
そして私にはまだこの屋敷の引き渡しの手続きや学園への事務手続きなどが残っていたんだけど、でもそれらの手続きに関しては全てサクヤの方で行ってくれる事になった。
「ごめんなさいね、サクヤ。最後にこんな残務処理を任せてしまって……」
「いえ、問題ありません。お嬢様に危害が及んでしまう方が従者の我々としても非常に困りますので」
「そう……いつもありがとうね、サクヤ」
私はそう言ってサクヤにしっかりと感謝を伝えていった。残務処理に関しては少し多めに残ってしまっているのだけれど……まぁでもそこはサクヤに任しておけば問題は無いだろう。サクヤはとても優秀な従者だし、それに私にとって一番信頼できる者もサクヤであるのだから。
「それでは残務処理が全て終わりましたら私もアルフォス領に戻ります」
「えぇ、わかったわ。残務処理はどれくらいかかりそう?」
「……不測の事態さえなければ1週間もあれば全て片付けられるかと」
「不測の事態? あぁ、まぁ、そうよね……」
不測の事態とは一体何だろうと思ったのだけど……でもすぐにセシル殿下が私の頭に思い浮かんできてしまった。
「ちなみにだけど、サクヤはその不測の事態が起きる可能性はどれくらいあると思っているのかしら?」
「……そうですね。今はランス殿下が王都にいらっしゃるので、セシル殿下が直接的に何かをしてくるという可能性はほぼないと思いたいのですが……」
「そうね、私もそう思いたいわ……」
ランス殿下が私達の味方をしてくださっている現状で、セシル殿下が私達に向かって直接的に何かをしてくるなんて事はほぼないとは思うのだけど……でもやらかす可能性が決して“0”ではないというのがセシル殿下の怖い所だ。
「……もし、もしもの話よ?」
「はい、なんでしょうか?」
「もしも本当に不測の事態が起きたとして、それでサクヤの身に危険が及びそうな時は……その時は全ての仕事を放棄して必ず逃げなさい。いいわね、これは命令よ」
「……はい、かしこまりました」
私がそう言うとサクヤはいつも通り真面目な態度で深く頷きながらそう言ってきた。
「……それと、今の私はもう未来の王妃でも何でもないのだから、もう私に対して敬語なんて使わないでいいわよ?」
私はずっと真面目な態度を崩さずにいるサクヤに向かってそう伝えてみた。何故かわからなかったが、今はもうサクヤには敬語で喋ってほしくないと思ったんだ。
「……いえ、そうはいきません。主従関係は明確にしておかなければなりませんから」
「別に私はそんな事は全然気にしないのに……はぁ、まぁいいわ。それがサクヤの良い所でもあるしね」
私にとってサクヤはもちろん信頼している従者の一人ではあるのだけど……でもそれ以前に私とサクヤは幼少期の頃からずっと一緒に育ってきた幼馴染のような間柄なんだ。
私にとってサクヤは唯一どんな事でも本音で気軽に喋る事が出来る相手だったし、そしてこの王都に来てからも私の事をいつもずっと陰で支えてくれていたのはこのサクヤだった。だから……。
「……改めてもう一度言うけど、もしもサクヤの身に命の危機を感じたら絶対に逃げるのよ。もうこの際……何かあったらアルフォス領に戻ってなんて来れなくても良いから……だから……だから絶対に生きていなさいよ……」
だからもし、もしもサクヤの身に何かがあったら、私はきっと気が気でなくなってしまうだろうだろう。私にとってサクヤはそれくらい大切な従者なんだ。
「……安心してください、私はどんな事が起きても必ず生きてお嬢様の元へ戻ると約束致しますから」
「……えぇ、わかったわ、それじゃあ約束よ。私はアルフォス領でアナタの帰りを待っているわ。だから……アナタも早く戻ってきなさいね?」
「はい、かしこまりました。それでは行ってらっしゃいませ、アリシアお嬢様」
「うん、行ってきます」
私はそう言ってランス殿下に手配してもらった馬車へと乗り込んでいった。そして私がその馬車に乗り込むとすぐに馬車は動き始めていった。
流石はランス殿下が手配してくれた馬車だ。とても静かで揺れも少ない最高の乗り心地だった。これなら快適にアルフォス領へと帰る事が出来そうだ。
「ふぅ、それにしても二年近く暮らしていたこの王都ともこれでお別れか……あっ」
その時、私はそんな事を呟きながら何気なく馬車の窓から外の景色を見てみると……先ほどの屋敷の前ではサクヤが小さく笑みを浮かべながら私に向かって手を振ってきてくれていた。
「サクヤ……」
私は数年振りに見たサクヤの笑みに少しだけ嬉しい気持ちになっていき、私もサクヤに向けて私も笑みを浮かべながら手を振り返していった。私はサクヤの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
そしてそれからすぐに馬車の窓からはサクヤの姿が見えなくなってしまったので、私は外を見るのを止めてそのまま馬車の中で横になりながら目を閉じていった。
(どうか無事でいてね……サクヤ)
私はサクヤの無事を祈りつつ、私の故郷であるアルフォス領へと戻っていった。
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