第19話
翌日のお昼過ぎ。
私が暮らしているこの屋敷に王族が来訪してきた。その来訪してきた王族とはもちろん……。
「本当に私の愚兄が……大変申し訳ありませんでした……!」
「ちょ、ちょっと……!? い、いえ、ランス殿下……顔をお上げください!!」
その来訪してきた王族とはもちろんセレスティア国の第二王子であられるランス殿下であった。つまりはセシル殿下の弟君であられる。
昨日の夕方頃にランス殿下から空いている日を聞かれたわけだけど……でもお互いに早めに話がしたいと思っていたので、その翌日に話し合いの場を設けたのであった。
「いえ、ですが……我々セレスティア国の人間は義姉様を含めたレイドレッド家全体に多大なる恩があるというのに……まさかこのような形で裏切ってしまう事になるとは……本当に申し訳ないです……」
「ランス殿下……い、いえ、ですからランス殿下のせいでは決してないのですから……ですからもう頭を下げないでください……!」
ランス殿下はそう言いながらもう一度私に向けて深々と頭を下げて来たので、私は慌ててその行為を止めさせた。
本来ならばこの国の王子であられるランス殿下が一個人の私なんかのために頭を下げてくるなど普通ではあり得ない事だ。
でも、どうやらランス殿下は先ほどから何度も仰っているように、私や私の親族に対してかなり大きな恩義があると感じていらっしゃるのだ。その理由とはもちろん、私が今まで作り続けてきた薬の事についてだ。
以前から言っているようにレイドレッド家とは代々薬学に精通している家系だ。当然ながら私も薬学に関しては一流の知識と技術を持っているという自負はあるし、薬草の栽培・採取から調合、生産に至るまで全ての工程を私一人で行う事が出来る。
作れる薬に関しても体力を回復させるポーション薬だけでなく、毒などを中和させる事が出来る毒消し薬、滋養強壮になるスタミナ薬に、医療関係で使用される事が多い麻酔薬などなど、世間一般的に薬と称されている物であれば素材さえあれば私は何でも調合する事が出来た。さらにこの国に来てからは数々の新薬も作り上げてきたわけで。
しかし薬の種類によって調合する難易度というのは全然違っていた。この中でも特に体力を回復させる事が出来るポーション薬の精製が一番難しいとされており、作り手の技術によって効果量が大幅に変わってしまうくらいとても繊細な薬だった。
でもそのような繊細な薬であろうとも、幼少期の頃から薬学の勉学に励んでいた私ならば常に高品質なポーション薬の精製が可能だった。そしてそれらの高品質なポーション薬がこの国に住んでいる多くの兵士や冒険者達の命を救ってきたんだ。
そしてこれらの功績が認められた結果として私はジルク陛下から“錬金術師”の称号を頂けたのであった。
「しかも義姉様はこの王都でのポーション薬の研究開発と生産拠点作りまでしてくださりました。そのおかげでこの王都には高品質なポーション薬が街中に並ぶようになりましたし、この数年間で王都の収益も大幅に引き延ばす事が出来ました。これも全て義姉様のおかげです」
「いいえ、そんな……私はただ当然の事をしたまでですよ」
今となっては私が作り上げてきた薬の数々はこの国に住む人々には無くてはならない生活必需品のような物になっていた。だからこそ私は王家に嫁ぐ事になってもその仕事だけは辞めるつもりはなかった。何故なら困っている人々を救うという事が我々貴族としての務めであり矜持だからだ。
だから私はセシル殿下との婚約が決まり、王都に引越しをする事が決まったその時……私は王都にポーション薬の研究開発と、それを安定して供給する事が出来る生産設備を作る事を一番最初に考えていた。
そしてこれを完璧に作り上げる事が出来れば、きっとセレスティア国のさらなる発展にも繋がると考えた私は、さっそくその考えを婚約者であるセシル殿下に伝えてみようとしたのだが……。
『セシル殿下。実はこの王都でとある仕事をさせていただきたいと考えているのですが……』
『……仕事だと? 何を馬鹿な事を言っているんだお前は! 田舎者の女のクセに王都で働けるような場所などあるわけないだろ! 都会人ぶって仕事をしようとするんじゃない!』
『え……い、いえ、確かに私が住んでいた領は自然の多い領ではありましたが……』
『ふんっ! そもそもアリシアの役割を考えろ! お前に課せられた役割とは私との間に子供を儲ける事だ! であれば、アリシアは仕事なんてしている場合ではない! 今日の夜から毎日私の部屋に来るんだ、いいなアリシア! 今日からお前に与えられた役割を果たせ!』
『そ、そんな……』
……という感じで私の願いは何も聞き入れる事もなく殿下によって一蹴されてしまった。殿下曰く、私に課せられている役割というのは殿下との夜伽の相手と子を宿す事だけのようだった。
もちろん私だって殿下との子を産むつもりで殿下との婚約は受け入れた。でもそれ以外にお前には価値なんて無いと言われるのはあまりにも心外だった。 私だってこの国のために貢献出来る事は沢山あると思って嫁いできたのだから……。
私は普段から温厚な人間だった。だから腹を立てたり怒ったりする事なんて今までに一度も無く、非常におおらかな性格の人間だったのだけれど……でも殿下からそう言われた時はショックがかなり大きかったのを今でも覚えている。
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