第18話

「はい、わかりました。ですが……殿下は我々が思っている以上に“ミヤ”という女子生徒に執着なさっているようです」

「えぇ、そうね、こんな記事を新聞部に寄稿するくらいだし。でも殿下は今まであんなにも数多くの女性と関係を持ってきたクセに、どうしてミヤにだけはここまで躍起になっているのかしら?」

「さ、さぁ……私にもその理由はわかりかねます……」

「そうよね……はぁ、全くもう……」


 そう言って私とサクヤは首を傾げならお互いに困ったような表情をしていった。全くもって殿下の意図が全然わからないわ……。


「はぁ……というかそもそも、どうして殿下は側室に入れるつもりもない女性達と毎日のように逢瀬を楽しむ事が出来たのかしら? 男の人って愛情なんて一切なくても女であれば誰でも抱く事が出来るって事なのかしらね……」

「……いえ、流石にそんな事はないです、少しばかり殿下が特殊なだけです」


 私はため息をつきながらそんな事を呟くと、サクヤはほんの少しだけムッとした表情をしながらそう言ってきた。


「……本当にそうだったら良いのだけど。まぁでもミヤ嬢はもうこの王都には居ないという事になっているし、殿下としてはもうこれ以上は何もどうする事も出来ないでしょ」

「はい、それはその通りだと思います。ですので、おそらくではありますが……近い内にセシル殿下はアリシアお嬢様に会いに来られる可能性が非常に高いかと」

「え……えぇっ!? いやなんで……って、あぁそうか、でも確かにミヤ嬢が居なくなったとなれば……殿下もそんな行動を起こしてくる可能性は十分にあるわよね」


 確かに殿下がそのような状態になっているのであれば、私の元に訪ねてくる可能性があるわね。何故なら……。


「殿下としては本気でミヤと婚約をするつもりだったのに、でもその肝心のミヤがいなくなったとなれば……私との婚約破棄も一旦取り消そうとしてくる可能性があるわよね」


 今の殿下の嘆きっぷりを聞かされると、どうやら殿下は本気でミヤと婚約を結びたかったようだ。よくわからないのだけれど、殿下にとってミヤの事はそれほどにとても大切な存在だったらしいのだ。


 まぁその割には沢山の女性を囲って夜遊びをしまくっていたというのは中々に矛盾はしているのだけど……まぁその話は別にどうでもいいか。


 でもサクヤから話を聞く限りでは、時々お話をするくらいの交流しかしていなかったと聞く。だからこそ殿下がミヤにそこまで一途に惚れていた理由が本当によくわからない。

 

(……あぁ、でもそう言う事か……)


 でもサクヤからこの話を聞いて私はようやくここ最近の殿下の奇行の流れを理解する事が出来た。


 殿下は本気でミヤと婚約がしたかったのだ。そしてそのためには“アリシア”という既存の婚約者が邪魔だったんだ。だから私に濡れ衣を着せて婚約破棄をしてきたという流れなんだろう。


(いやこれは全て私の想像でしかないけど……でもそうじゃなかったらここまで理不尽な婚約破棄のされ方はしないはずだ)


 そしてそんな殿下にとって大切な存在だったはずのミヤがいきなり殿下の前から居なくなってしまったとなれば、当然私との婚約破棄をする必要もなくなるわけで。


 だからもしそうなったら“婚約破棄”を破棄するために私の元に来る可能性もあるという事だ。


(……まぁ非常に腹立たしいのだけども……)


「あぁ、いや、そうではありません。おそらく殿下は婚約破棄を取り消すためではなく、別の目的でお嬢様に会いに来られる可能性が高いです」

「……えっ? そうじゃないの? でもそれだったら……一体どういう理由で私に会いに来るというのかしら?」


 私の予想は殿下は私との婚約破棄を“破棄”するために私に会いに来るものだと思っていた。でもサクヤはそうではないと断言してきた。でもそれじゃあ殿下は一体どんな理由で私に会いに来るというのだろう?


「はい、セシル殿下は今現在なのですが……ミヤ様が失踪した事に大変心を痛めておられる状況となっています」

「えぇそうね、サクヤの話を聞いている限りそのような雰囲気はヒシヒシと伝わってくるわ」

「はい。そしてセシル殿下は……ミヤ様が失踪した原因をアリシアお嬢様にあると疑っているようなのです」

「……は、はい? い、いや私を疑ってるってどういう事なのかしら?」


 唐突にサクヤの口から“疑う”という強い言葉が出てきたので、私は怪訝な表情になりながらサクヤに聞き返してみた。


「はい、どうやらセシル殿下はミヤ様が突然殿下の傍から居なくなるなんて事はあり得ないと思っているようでして……アリシアお嬢様が婚約破棄をされた逆恨みから殿下の思い人であられるミヤ嬢を“亡き者”にした……と考えているようです」

「は……はぁっ!?」


 あまりにも意味がわからない答えが飛んできてしまい、私は今日一番の大きな声を上げてしまった。


「ちょ、ちょっと待ってよ……私がミヤ嬢を亡き者にしたって……え? は、はぁっ!? い、いやそんな馬鹿げた事を本当に考えているの?」


 幾らなんでも流石にそんな馬鹿げた事を考えるわけはない……と、思いたい。


「いえ、実はこの新聞を読んでいた時に偶然にも第二王子のランス様とお会いする事が出来たのですが……その時にセシル殿下がそのような陰謀論じみた事を王宮で叫んでいたという話を教えて頂いたのです」

「そ、そう……ランス殿下がそう仰ってるという事は……どうやら本当の事なのね……」


 第二王子のランス殿下はジルク陛下と同じくとても優しい人格者なので、サクヤに対して嘘などをつく事はしないはずだ。


(というか血の繋がった兄弟なはずなのに……どうしてセシル殿下とランス殿下でこんなにも性格が違うんだろう……)


「はい。という事でセシル殿下はミア様の失踪の件にアリシアお嬢様が絡んでいると信じ込んでいるので、もしかしたらセシル殿下はアリシアお嬢様に対して何かしらの報復措置を取るかもしれない……と、ランス様が仰っておりました」

「そ、そう……それは頭が痛くなる話ね……」

「はい……私もそう思います」


 私はサクヤからの話を聞かされて頭がとても痛くなってしまった。何で弟のランス殿下はあんなにも心優しい人格者なのに、兄のセシル殿下はあんなにも性格が捻じ曲がってしまったのだろう。はぁ、全くもう、本当に頭が痛くなる日々だわ……。


「……あ、そういえばランス殿下は帰国されていたのね。この私達の騒ぎを聞きつけて急いで帰国されたという感じなのかしら?」

「はい、その通りです。ジルク陛下は仕事の都合上急に帰国する事は不可能田という事で、第二王子であるランス殿下のみが急遽一人先に帰国したそうです」

「なるほどね。でもジルク陛下とランス殿下には迷惑をかけてしまい本当に申し訳なく思うわ」

「ランス殿下も同じ言葉をお嬢様に投げかけておりましたよ。それと、今回の件についてランス様が一度アリシアお嬢様とお話をさせて頂きたいとの事でした」

「え、ランス殿下が? えぇ、それは私としても非常に助かるわ。是非とも一度お話をさせて頂きたいわね」


 とりあえずランス殿下だけでも王都に帰ってきてくれたのは非常に助かる。私としてもこの屋敷の引き渡しや、ポーション作製の設備の引き渡しをしておきたいと思っていたわけだし。ランス殿下ならばこの屋敷と設備を正しく使いこなしてくれるはずだしね。


「それで、ランス殿下はいつ頃予定が空いているのかしら?」

「はい。ランス殿下からはいつでも良いのでお嬢様の空いている日にちに屋敷を訪ねに行かせて貰うと仰っておられました」

「なるほど、えぇ、わかったわ、早速私の空いている日にちを確認してみるわね。それじゃあ私の予定がわかり次第ランス殿下への伝言を頼めるかしら?」

「はい、かしこまりました」


 私はそう言って早速今後の予定についての確認作業を始めていった。

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