第17話

「え、えぇっと……いや確かに失踪と書かれてしまうと物騒な事件が起きたように聞こえるわね。でもサクヤは大丈夫だったの?」


 私は若干不安な気持ちになりつつもサクヤにそう尋ねた。サクヤが、というかミヤがこんな新しい騒動に巻き込まれているとは全く想像もしていなかった。


「サクヤには学園に書類を届けに行って貰っていたのに……こんな騒動な新聞が掲載されていたらサクヤも色々と大変だったんじゃないの……?」

「いえ、今日は書類を届けに行っただけですし、それほど学園にも長居をしていないので大丈夫でした。それにいつものような変装もせず従者姿で行きましたので、学生の誰かに気づかれるという事はありませんでした」

「そう、それなら良かったわ……」


 一昔前ならヤマト国出身の者というだけでかなり珍しい存在だったけど、でも今時はヤマト国出身の人も街中で多少は見かけるようになっている。だから幾らサクヤとミヤがヤマト国出身の者だと言っても、この二人が同一人物だと気が付くのはかなり難しいと思う。


(そもそもサクヤの変装があまりにも完璧過ぎるのよね)


 サクヤは元々中性的で綺麗な容姿をしているため、少しだけ化粧を施すだけでも女性にしか見えない程の美貌の持ち主だった。だからこそサクヤによるミヤの変装は本当に完璧だったんだ。まぁでもその結果として殿下に惚れられるとは思いもしなかったのだけど。


「……でも、やっぱりどうしても理解が出来ないのだけど、何でミヤが学園を退学しただけなのにここまでの大騒動に発展するのかしら? 退学理由だってヤマト国に帰国するためだと明確にしていたのに……」


 学園新聞には“失踪”という強い言葉で書かれているので、これではミヤが何かしらの事件に巻き込まれたかのような雰囲気が出てしまっている。でもミヤの帰国理由は祖国であるヤマト国に帰国するためだと、ちゃんと退学手続きを出す時にしっかりと明記しておいている。


 そもそもミヤは普通の一般生徒として王立学園に転入してきたんだ。だからそんな普通の一般生徒の事をこのような新聞記事に掲載されるような事は普通に考えてまずあり得ない。殿下の事や元婚約者である私とかならまだ記事にされるのはわかるんだけど……。


「いえ、実はミヤの失踪についての記事を作成したのは新聞部の生徒ではなく……どうやらセシル殿下自身がこのミヤ様についての記事を寄稿されたようです」

「え……えぇっ!? で、殿下がこの記事を寄稿されたの?」

「はい。そして今現在……殿下はミヤ様が学園から姿を消した事で酷くご乱心状態に陥っているそうです」

「は……はぁっ!?」


 サクヤからのあまりにも衝撃的な発言が飛び出してきたので、思わず私は声を荒げてしまった。


 いや、確かに殿下は前回の招集命令を受けたの時にミヤに対して恋愛感情のようなものを持っていたのは何となくわかっていた。そしてその事をサクヤに伝えてみたらとてもビックリとしていたのも覚えている。


 そりゃあサクヤからしたら私の婚約者である殿下に対して無下に対応するなんて事は出来る訳もないので、学園内で殿下に話しかけられたらいつも懇切丁寧な対応をするようにしていたと聞く。


 でももちろんの事だけど、サクヤは殿下に対して何か特別な対応をしていたという訳では一切なく、他の生徒達と同様に話しかけられたら笑顔で接するくらいしかしていなかったらしい。


 まぁでも殿下がミヤの事を好いているのはわかっていたので、このまま何も対応をしないでいると、私のように何かしらの危害が及ぶ可能性があると思っていた。だから私は先手を打って早い段階でミヤを退学させる事にしたんだ。


 という事でちょっと急すぎる対応ではあったけど、でもミヤの退学理由はちゃんと明確にしているし、もう既にミヤはヤマト国に帰国したという事にもしていた。


 だからこれでミヤであるサクヤに何かしら危害が及ぶ事はないだろうと思っていたんだけど……でもまさか学園の新聞を使って生徒達を不安を煽るような記事を作り出すとはね……。


「う、ううん……まさかこんな事になるとはね……」

「……如何いたしましょうか? もういっその事殿下にミヤの秘密を伝えましょうか?」


 私は“ミヤ”が“サクヤ”だという事実をセシル殿下にはずっと知らせないでおいていた。その理由はサクヤには今までずっと秘密裏に殿下の浮気調査をお願いしていたからだ。だから殿下は“ミヤ”との面識はあるが、“サクヤ”との面識は未だに一度も無い。


 ちなみに“ミヤ”が“サクヤ”だと知っているのは私以外にはジルク国王陛下と第二王子のランス殿下、そして王立学園の学園長の三名だけだ。


 まぁ身分を偽って王立学園に入るなんて王族の力を行使しなければ到底無理な話だしね。だからその三名に話を打ち合わせてミヤという架空の女子生徒を作り上げたのだ。


「……いいえ、それは止めておきましょう。せっかくサクヤの身を案じて先手を打ったというのに、結局そんな事をしてしまっては本末転倒だわ。それに癇癪持ちの殿下の事だから、もしミヤの正体と、サクヤに秘密裏にして貰っていた浮気調査の事を知ったら“私を騙したな!”と言って確実に暴走するわ。国王陛下が不在中なのにもうこれ以上問題を起こすわけにはいかないもの」


 殿下が私の事を目の敵にする分には別に幾らでもしてくれて良いと思っている。でも私の身内……しかも一番大切な従者に対して危害が及びそうになるというのなら、幾ら温厚な私でも全力で抵抗させて貰うわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る