第16話

 とある日の夕方。


 私は今日も朝からずっと部屋の整理を進めていっていた。屋敷の中もだいぶ片付いてきたので、もう割といつでもすぐにこの王都から旅立つ事は出来ると思う。


―― こんこん……


「……うん?」


 するとその時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。どうやら誰かが訪ねに来たようだ。


「どうぞ、鍵は空いているわ」

「……はい、失礼致します」


 私がそう言うと早速ドアが開かれてそのまま私の部屋の中に一人の従者が入って来た。その従者とはもちろんサクヤだった。


「おかえりなさい、サクヤ」

「はい、ただいま戻りました」


 この数日間はサクヤにも王都から出て行くための準備を色々として貰っていた。王立学園の退学手続きやこの屋敷を引き払うための各種手続きなど、この王都から出るための書類手続きが沢山あったので、サクヤには無理をお願いしてなるべく迅速に手続きをして貰っていた。


「……あら?」

「……? どうかなさいましたか?」


 そして今日は王立学園に提出しなければいけない書類があったので、それを学園に届けてもらうようサクヤにはお願いをしていた。という事でサクヤは王立学園から帰って来た所なんだけど……


「何だか酷く疲れた様子ね、眉間にしわが寄っているわよ?」

「……え? あ、申し訳ございません。どうやら無意識にしてしまっていたようです……」

「あら、そうなの? いつも冷静なサクヤにしては珍しいわね?」


 王立学園から帰って来たサクヤは何だか酷く疲れた様子だった。普段から表情をあまり出さないようにしているサクヤにしては何だか珍しい感じがした。


(王立学園で何かあったのかしら?)


 私もサクヤも既に王立学園の退学手続きは済ませているため、私達はもう既に学園には通っていない。いやそもそも私は謹慎処分を受けてる時点で外にすら出れていないのだけれど。


 まぁそんなわけでしばらくの間はサクヤも王立学園には行ってなかったので、もしかしたら久々に行った学園内で何か事件にでも巻き込まれたのかもしれない。


「……そうね、とりあえずお疲れ様、サクヤ。色々と報告があるかもしれないけど、でもそれについてはまたあとでの報告で構わないわ。しばらくの間は休んでもらって構わないわ」

「……いえ、アリシア様には早急にお伝えしておきたい事がありますので、このまますぐの報告をさせて貰ってもよろしいでしょうか?」

「え……? え、えぇ、サクヤが大丈夫だと言うなら問題ないけれど」


 それにしてもサクヤがそんな事を言ってくるだなんて……本当に学園内で何か問題があったのかしら?


「それじゃあ、学園内で何があったか簡単に教えてもらえるかしら?」

「はい、かしこまりました」


 私がそう言うとサクヤは一息ついてから私に学園内で発生している問題についての報告を始めた。


「今、王立学園の中では殿下を中心にした大騒動が起きております」

「……そう。まぁある程度は予想をしていたけれど、やっぱり私達の婚約破棄の件が未だに大騒動になっているのね」

「……いえ、実はその……お嬢様とセシル殿下との婚約破棄についての話が大騒動になっているのではないんです……」

「え、違うの? もしかしてそれ以外にも何か大きな事件が起きたって事なのかしら? いやでも殿下が大事にする件なんて私達の婚約破棄だけじゃ……」


 サクヤが言うには殿下と私の婚約破棄が発端として大騒動になっているのではなく、他の事で大騒動が起きているらしい。


 でも殿下が一大事にする件なんて私との婚約破棄だけじゃないの? それ以外に殿下が大騒動に発展させるような事件があるなんて私には何も思いつかないのだけど……


「それについてはこちらを見て頂ければすぐに理解出来るかと思います」

「え? これは……学園新聞?」


 サクヤが私に手渡してきたのは私達が通っていた王立学園に掲載されている学生向けの新聞だった。それは王立学園の新聞部に所属している学生達が自主的に毎週発行している新聞で、その新聞には王立学園や生徒達にまつわる様々な記事が毎回掲載されていた。


「この新聞の中に今学園で起きている騒動の話が乗っているわけね?」

「はい、その通りです。この新聞の2ページ目にとある一般生徒の記事が掲載されているんですが……その記事の内容が少々問題というか……」

「……うん? わ、わかったわ、それじゃあ早速見てみるわね……」


 苦々しい表情をしながらサクヤはそう言ってきたので、私は少しだけ身構えながらもその新聞の2ページ目を開いてみる事にした。するとそこには……


―― 絶世の美人生徒、ミヤ・レガード女史失踪っ! ――


「……は?」

「……」


 そのページにはそんな文字が表題に大きく書かれていた。い、いや……ミヤが失踪ですって?


「い、いや失踪って……一体何を言ってるのかしら? ミヤは正規の手続きで退学しただけじゃない。それなのに何でこんな大事件が起きているみたいな事を装った記事が出てるのよ?」

「さ、さぁ……正直私にも何が起きてるのかよくわかりません……」

「そ、そうよね、私にもさっぱりだわ……」


 サクヤも私も頭の中に大量の疑問符が浮かび始めていた。それほどに意味がわからない記事が掲載されているということだ。そして私はサクヤが酷く疲れている理由もようやくわかった。


「いやそれにしても……まさか“サクヤ”の記事が学園新聞に掲載される日が来るだなんてね」


 そう、この記事に書かれている“ミヤ・レガード”という女子生徒は……実は今私の目の前に立っている“サクヤ”の事なのであった。


 私はこの王立学園に転入する際にどうしても一人は護衛をつけるようにと国王陛下からの要請があった。確かに私はこの国の未来の王妃となる女子生徒になるわけだから、学園内でも護衛が必要になるという事はちゃんと理解していた。


 だから私は護衛役として一番信頼しているサクヤにお願いする事にしたのだ。でも学園の中で護衛をしてもらうのであれば、異性よりも同性の方が一緒に行動もしやすいと考えた私は、無理を承知でサクヤには女子生徒に扮装して王立学園に転入して貰うようにお願いしたんだ。


 サクヤはヤマト国出身という事もあり、中性的な容姿でとても綺麗な顔付きをしている。だから多少化粧を施すだけでもきっと女子生徒に見えるはずだと思って、私はサクヤにお願いしたんだ。


 そしてその結果として生まれた架空の女子生徒が“ミヤ・レガード”というわけだった。

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