第14話(セシル殿下視点①)

「アリシア! 貴様との婚約を今ここで破棄するっ!」


 その日は私にとって最大に幸せな日となった。私はついに婚約者であるアリシアにそう告げる事が出来たのだ。


◇◇◇◇


 アリシアは今からニ年ほど前に私の婚約者となった女だ。


 アリシアはセレスティア国の中でもかなり田舎なアルフォス領で暮らしていた貴族の女だ。まぁ田舎者の割に容姿はそれなりに綺麗な女ではあった。


 でもそんな田舎者の貴族女と由緒あるセレスティア国の王子である私とでは身分も格式も圧倒的な差がある。だから私はそんな田舎者の女となんて死んでも婚約はしたくなかった。


 何故なら田舎者の女なんて教養もないだろうし貴族としての素養なんて絶対に持っているはずがない。まぁ顔だけは良いから私の愛人くらいにならしてやっても良いとは思ったが……でも顔だけしか取り柄のない田舎者の女を王族に迎い入れるのだけは反対だった。


 しかし私の父であるジルク国王陛下や弟のランスは私とその田舎女との婚約をとても喜んでいた。父はアリシアの事を“人柄も良くてとても優しい人格者なので、お前の伴侶としては申し分ない女性だ”と言っていた。さらに父はアリシアの事をとてつもなく頭が良い才女だと言っていた。


 だから父はアリシアを王家に取り入れる事でこの国をさらに発展させていきたいという思惑もあったのだと思う。しかし私はその事にも不満を持っていた。


(ふん、女がどれだけ頭が良くてもそんなの意味がないだろ。女の役割なんて世継ぎの子を産む事以外にはないのだから)


 いくらアリシアは頭が良いとは言っても所詮はただの女だ。女の役割なんて世継ぎの子を産む以外にはない。だからアリシアも勉強をする暇があるならば、男を楽しませるような夜伽の技を覚えていった方がいいに決まっている。勉強なんてするだけ無駄なのに、アリシアはその事を全くわかっていなかった。


(……まぁ、でも)


 まぁでもアリシアは田舎者の女だが容姿だけはとても綺麗な女だった。それにアリシアは今までそんな田舎でずっと勉強だけをし続けてきていたのだから、おそらく男性経験など全くない処女なんだろう。


 あんな綺麗な女の初物を頂けるというのであれば……まぁ婚約相手としての不満は大いにあるがここは一人の大人として我慢する事にしよう。


 こうして多くの不満を残したままだったが、私はアリシアとの婚約を受け入れたのであった。しかしそれが大きな間違いだと気づくのはもう少し先の話だ……。


◇◇◇◇


 アリシアと婚約をしてから一年程が経過した。この一年間に良い出来事と悪い出来事が一つずつ起きていた。


 まずは良い出来事についてだ。何とこの王都での税収がこの一年間で大幅に増大したのだ。つまりこれは、この王都で金を稼いでる者がどんどんと増えてきているという証拠だ。


 この国で金を稼ぐ者が増えれば増えるだけ税収も増えていく事になるので、結果として国力が増強されていく。これは国の王族である私にとっても大変に喜ばしい出来事であった。


 これについて父であるジルク陛下に話を聞くと、どうやらこの王都で新しくポーション薬の事業を立ち上げた者がいるらしく、その事業が大成功した事によって莫大な利益を生みだしているらしい。


 確かにポーション薬の需要というのは年々非常に高まっている。普段から魔物と戦う兵士や冒険者たちにはもちろん必需品だし、日常生活においても不意に怪我をしてしまった時にもとっさに使えるため非常に便利なアイテムだった。


(しかし新しい事業を立ち上げてすぐに成功させるだなんて……おそらくとても優秀な者が働いているのだろうな)


 いつかその回復薬の事業を立ち上げた人物とも会ってみたいとは思うのだが、陛下曰くその人物は表舞台に立とうとはしない者との事なので、私は未だにその人物と会った事はない。


 まぁでもそんな優秀な者とはいつか会ってみたいものだな、是非とも私の配下に加わって貰いたいものだ。という事でこれがこの一年間で起きた良い出来事についてだ。


 そして次は悪い出来事についてなのだが……それはもちろん婚約者のアリシアについてだった。


 アリシアと婚約してから一年が経過したのだが、そんなアリシアとはまだ一度も夜伽を行えていない。


 私は毎日のようにアリシアに夜伽を誘っているのだが、しかしアリシアは何かしらの言い訳をして毎回断ってくるのだ。私はその事に毎回憤慨していた。


 アリシアは女の価値なんて容姿や体型にしか価値がないという事を全然理解していなかった。確かにアリシアは容姿や体型には非常に優れている女だ。しかしそういう外見の美しさなんていうのは年々劣化していくものだ。


 だから今のアリシアに価値があるのは“若くて綺麗な体”なのであって、年齢を重ねていってしまったらもうアリシアの体になんて一切価値がなくなるのだ。それなのにアリシアはその事を全く理解出来ていなかった。


 普通に考えたら今のアリシアには夜伽の相手以外の価値がない事なんてすぐにわかるはずだ。だからむしろアリシアの方から喜んで私に身体を差し出すべき状況なはずなのに……それなのにアリシアはひたすらと私との夜伽を拒み続けてきた。


(はぁ、全く……ここまで頭が悪い女だとは思わなかったな)


 私は婚約者がここまで頭が悪いとは思ってもいなかったので、この時点で既にアリシアとの婚約を非常に後悔していた。


 私はこの事について何度もアリシアに抗議をし続けてきたのだが、アリシアは学業が疎かになるだの、正式に結婚するまでは清らかな身体でいるのが貴族としての矜持だのと、何だか最もらしい事をつらつらと毎回並べて私からの誘いを断り続けてきた。


 もちろんそんなのは全てただの幼稚な言い訳にすぎないのだが……しかし、陛下である私の父も何故かアリシアの意見に賛成してしまったため、私はもうこれ以上の抗議をする事は出来なくなってしまったのだ。


(夜伽の相手をするくらいしか価値のない田舎者のクセに本当に生意気な女だな……)


 そしてその結果として、私は今の今までアリシアと夜伽を行える事は一度もなかったのである。当然だが私はこの事に対してとても深い憤りを感じ続けていた。

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