第12話
今から10年以上前。
これはレイドレッド家の拠点があるアルフォス領での一幕だった。
「……うん? あれは何かしら……?」
「どうかされましたか、アリシアお嬢様?」
その日は朝からメイド長のサルマと一緒に街中へと買い物に出かけていた。
「いえ、あそこの路地裏で何か動いたように見えたのだけど……」
そしてその買い物の帰り道に私は近くの路地裏で何か小さな物体を見かけた気がした。私はなんだろうと思いながら目を凝らしながらその路地裏を覗き込んでいってみた。すると……。
「……えっ!? あ、あれはひょっとして……子供っ……?」
私が路地裏で見かけた小さな物体というのは……どうやら子供がバタっと倒れる瞬間のようだった。私はその倒れている子供を助けるために急いで裏路地の中へと駆けだして行った。
「えっ!? お、お嬢様っ!? そ、そちらは危険です!!」
「そんな事言ってる場合ですか! 困ってる人々を助けるのが貴族としての務めです!」
「い、いや、そ、それはそうかもしれませんが……って、あっ! ちょ、ちょっとお待ちくださいお嬢様っ!!」
サルマは必死に私の事を呼び止めようとしたのだけど、でも私はその言葉を無視して路地裏の中へと入っていった。そして倒れてしまっているその子供の前で私はペタッと座り込みながら声をかけてみた。
「ね、ねぇ、しっかりして、大丈夫? もしかして……怪我でもしてるのかしら……?」
私はその子供に声をかけつつも全身の状態を確かめてみた。とりあえずは目立った外傷らしいものは見当たらなかったので、何か大怪我をして倒れ込んでるわけではなさそうだ。
「……良かった、酷い怪我をして倒れてしまったわけではなさそうね」
私はその事にホッと安堵しつつ、もう少しだけその子供の様子を確かめてみる事にした。
見た目はおそらく私と同じくらいの年齢で、顔付きからしておそらくは男の子のようだ。そしてもう一つその男の子には特徴的なものがあった。それは……。
「……とても綺麗な黒髪ね……」
私はその男の子の髪色に目を奪われてしまった。その男の子の髪色はとても綺麗な黒色に染まっていたのだ。
「……あれ? でもセレスティア国だと黒髪の人って産まれてこないわよね? それじゃあ……ひょっとして髪を染めてるのかしら?」
私はそう思いながら男の子の髪の毛をそっと優しく手で触れてみた。しかしそれは染色剤を使って染めているような感じではなく、天然の黒髪のようだった。
という事はこの男の子は外国からやってきたという事なのかしら?
「……ぅ……ぁ……」
「……あっ!? 良かった、意識が戻ったのね! ねぇアナタ、大丈夫? 私の声はちゃんと聞こえているかしら?」
「ぅ……ぁ、ぅ……?」
「……あ、あれ……? も、もしかして私の声が聞こえてないのかしら……? でも私の声にはちゃんと反応してくれているようだけど……ねぇ、良かったらアナタのお名前を教えて貰えないかしら?」
「ぅ……ぁ……な……まえ……?」
私はその男の子に名前を尋ねてみたのだけど、でも子供は何を聞かれたのかよくわからないような表情をしていた。
「はぁ、はぁ……アリシアお嬢様……私を置いて一人で走らないでください……はぁ、はぁ……」
私は困った表情をしながらその男の子を見つめていると、突然後ろから私を呼ぶ声が聞こえてきた。私はそのまま後ろを振り返ってみた。
「……え? あ、あぁ、ごめんなさい、サルマ。それとちょっと困った事になっているの。路地裏にこの男の子が倒れていたのだけど……でもどうやら私の言葉がわからないようなの……」
「はぁ、はぁ……子供ですか……?」
私がそう言うとサルマは呼吸を整えながら、その男の子の顔を確認していった。
「はぁ、はぁ……あぁ、この子はおそらく
「ヤマト国? あぁ、確か極東にある小さな国の事よね。少し前に地理の勉強で習ったわ」
私はそう言いながらもう一度その男の子の顔を見つめてみた。私は今まで一度もヤマト国の人と会った事がなかったので、何だかとても新鮮な気持ちになった。
「……あれ? でもヤマト国はこのセレスティア国からだいぶ離れた場所にある小さな国なのよね? 何でそんな遠く離れた異国の子供がこんな所にいるのかしら?」
私は至極当然な疑問をサルマに投げかけてみた。するとサルマは非常に険しい顔をしながらこう言ってきた……。
「……もしかしたら、この子は人攫いに遭ったのかもしれませんね」
「……えっ!? ひ、人攫いって……?」
サルマの口からとんでもなく物騒な言葉が飛び出してきたので私は酷く驚いてしまった。
「実はヤマト国出身の者はこのようにとても綺麗な黒髪を有しているだけはでなく、男女共に容姿端麗な者が非常に多いという特徴もあるのです」
「え? あ、あぁ確かに……そう言われてみればこの男の子もとても綺麗な顔立ちをしているわね」
「はい、ですからその……ここ最近ではヤマト国の子供を攫ってきては奴隷商に高値で売りつけるというビジネスがチラホラと出てきているそうなのです……」
「え……えっ!? そ、そんなっ……そんなの酷すぎるわ!」
「……えぇ、私も本当にそう思います。ですからこの子はもしかしたら……その奴隷商から命からがら逃げだして来た子なのかもしれませんね……」
「そ、そんな……」
私と同じくらいの年齢の子達がそんな酷い目に遭っているだなんて……そんなの酷すぎる。私は居た堪れない気持ちになりながらもその男の子の事をじっと見つめ続けていった。
「……って、あれ? こ、これは……指輪かしら?」
そしてその時、私はその男の子の人差し指に少し大きめな指輪がハメられている事に気が付いた。
「はい、そのようですね。でもこの男の子の物にしては少し大きすぎる気もしますが……って、この指輪っ!? ど、どうやら……この指輪には血がべっとりと付いていたようですね……」
「……えぇ、そのようね……」
その指輪の表面は全体的に黒ずんだ赤色になっていた。それは普段から医療についての勉強をしている私達にはわかる。これは指輪の表面に大量の血が付着してしまい、それがそのまま固まってしまった痕跡だ。
「この指輪の大きさ的に……もしかしたらこの指輪は男の子のご両親の物なのかもしれませんね」
「えぇ、そうね、その可能性が非常に高そうね。でも……そうなってしまうとこの指輪に付いている血というのも……」
「……はい、そうですね。きっとこの男の子のご両親のものかと……」
私がそう言うと、サルマは顔を俯きながらそう呟いてきた。おそらくこの男の子のご両親はもう既に……。
「……そっか……うん、それじゃあ……」
「……って、えっ!? お、お嬢様……?」
私はもう一度その男の子の前に座り込んで話しかけた。
「ぅ……あ……っ……?」
「ねぇアナタ……もしも行く当てがないのなら……良かったら私の所に来ない?」
私はそう言ってその男の子に向けて手を差し伸べていった。これが私と
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