第4話
―― コンコン……
ため息をついていると突然私の部屋のドアからノック音が聞こえてきた。
「どうぞ」
私はドアの前に立っているであろうその人物に向かってそう言った。するとそれからすぐに私の部屋のドアが開かれた。
「失礼します、お嬢様」
「おかえりなさい、サクヤ」
そうして一人の従者が私の部屋の中に入って来た。彼の名前はサクヤと言う男性の従者だ。サクヤの年齢は私より一つ年下の17歳で、私が幼い頃から仕えてくれている私専属の従者だ。
サクヤは身長は170前半くらいで割と細い体型をしている。さらに顔立ちも非常に整っているので、どんな服装でも綺麗に着こなせてしまえるのでとても羨ましく思う。
さらにサクヤはこの国では珍しい黒髪のショートヘアと紫色の瞳が特徴的な男性だった。
実はサクヤはこのセレスティア国の出身の者ではなく、ここから極東に位置しているヤマト国と呼ばれる所の出身なんだ。サクヤは子供の頃にとある事情でその極東の国からこのセレスティア国やってきたんだ。
そしてそんなサクヤとは幼い頃からずっと共に生活してきていたので、私とサクヤは幼馴染の間柄と言って良いくらいに良好な関係を築いている。昔は私の方がサクヤよりも年上という事もあったので、私はサクヤのお姉ちゃん的な存在として毎日サクヤと一緒に遊んであげたりもしていたしね。
まぁそんなヤンチャだった頃が私達にもあったのだけど、でも今となっては主と従者の関係を守るためにお互いに節度ある態度を取るようにしている。それでも私が困っている時にはいつも手を貸してくれるとても頼りになる男の子だった。
「それで、どうだったかしら?」
「はい、やはり学園の方でもお嬢様の話題で持ちきりとなっておりますね」
サクヤは従者という一般の身分なので本来は王立学園に通う資格は持っていないのだけど、でも私の護衛という名目でサクヤにも私と同じ王立学校に通わせて貰っていた。
「そう……まぁそうよね」
そして私は謹慎処分を受けているため学園には通う事が出来ないので、代わりにサクヤに学園の様子を見てもらうように頼んでいたのだ。具体的には婚約破棄の話が学園中に広まっているかどうかについてを確かめて貰っていた。
ちなみにサクヤは昨日の殿下の誕生パーティーには参加させてないので、どのような理由で私が婚約破棄をされたのかは全く知らない。
「それで? その話の内容は学園の中ではどのように伝わっているのかしら?」
「お嬢様にお伝えするのは忍びないのですが……お嬢様がこの国の財産を横領している犯罪者だった事が判明したので婚約破棄に至ったと、殿下は周りの生徒達にそう吹聴しているようでした」
「そう、それは酷い濡れ衣ね。あとはその……“ミヤ”についての話は何か出てたかしら?」
「ミヤ……様についてですか? いえ、別にそちらについては何も話題には上がっていませんでしたが……もしかしてミヤ様についても何か問題があったのですか?」
「あぁ、いえ、別に学園内で何も話題になっていないようならそれでいいわ」
今のサクヤの話を聞いた限りだと、どうやら私が婚約破棄をされる事になった原因は国のお金を横領していたせいという事になっているようだ。そしてミヤについての話題は一切出てきていないらしい。
(わからない事ばかりだけど……まぁ今はいいわ)
どちらにしろ私達の婚約破棄の話題が学園の中で既に持ちきりになっている時点でもう街中に噂が広がるのは時間の問題だ。そうなってしまったらもう当事者のみでの話し合いで解決するなんて事は不可能だ。それほどまでに王族と貴族の婚約破棄というのは国中を揺るがす一大事件になるのだから。
でもこのような大事件の起こしておいて殿下はどのように落とし前をつけるのかしらね。おそらく国王陛下やランス殿下はまだ何も聞かされていないでしょうし……。
「……如何致しましょうか? もう少し探りを入れてみましょうか?」
「……え?」
私が思案に暮れているとサクヤは私に向かってそう尋ねてきた。そしてその時に私はサクヤの顔をチラっと見てみたのだけど……どうやらサクヤは怒っている様子だった。
サクヤは従者として感情を無暗に表に出すのは良くないと常に考えており、普段からも滅多に感情を表に出さないように心掛けていたのだけど……でも今この瞬間だけはサクヤの顔はとても怒っている表情をしていた。
それはきっと……サクヤは私のために本気で怒ってくれているのだろう。
「……ううん、気にしないでいいわ。サクヤも私のために怒ってくれてありがとうね」
「ですが……はい、わかりました」
私はサクヤに向けてそう感謝を伝えた。普段のサクヤは私の従者であるという信念から常に表情を読み取らせないように立振る舞ってくれているのに、そんなサクヤが表情を露わにして私のために怒ってくれているんだ。
(……ふふ、本当にありがとうね、サクヤ)
それは本当ならあまり喜んではいけない事なんだろうけど……でも私のために本気で怒ってくれる優しい味方が身近に居てくれるという事にとても安心した気持ちを貰えたのであった。
「うーん、でも昨日から困惑する事が続きすぎて今日は流石に疲れちゃったわ。だからサクヤ、帰ってきて早々で悪いのだけど温かい紅茶を一杯頂けるかしら? やっぱりアナタが淹れてくれる紅茶が世界で一番美味しいわ」
「はい、ありがとうございます。それではすぐに紅茶の準備をさせて頂きますね」
私がそう言うとサクヤはいつも通りの華麗な手つきで私のために美味しい紅茶を用意していってくれた。サクヤが淹れてくれる紅茶が私にとって何よりもの御馳走だった。
(ふぅ……本当に何だかこの数日間でどっと疲れてしまったけど、でも今日はサクヤの紅茶を飲んでリラックスをする事にしましょう)
私はそう思いながらサクヤの紅茶を入れる綺麗な動作をじっと見守っていく事にした。
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