第6話 ちょっとした指導

「う、噓でしょ……」

「マジだ。逆に何で知らねえんだよ」


 驚愕のあまり口をパクパクさせるイリスの姿を眺め、俺は呆れた様子で言葉を吐く。

 この学校にいる者。いや、騎士に憧れる全ての人間にとっては当然の知識のはず。

 それを知らないなんて、一体どんな生活を送ってきたんだ。


「わ、私は別に、七雄騎将自体に興味は無かったので」

「嘘だろ!? 騎士を目指す人間にとって、喉から手が出るほど欲しい称号だぞ!?」

「……そんなにですか?」

「ばかやろう!」


 なんて愚かで無知な小娘なのだろう。

 これは流石に教えてやるしかない。

 俺は驚きと呆れが混じった言葉で、ゆっくりと説明してやった。


「あのな? 七雄騎将というのはこの国、の歴史において重要な意味を持つんだぞ」

「へー」

「興味持てや!?」


 あまりにも興味なさそうなイリスの返事に、思わず鋭く言葉を吐いてしまった。

 今まで出会ったことの無い人種すぎて、戸惑う事が多すぎる。


「……コホン。それでだな――――」

「あ、もういいので早く指導終わらせてくださーい」

「………このクソガキが」


 髪の毛をクルリと指先で巻き取りながら、興味なさげに呟くイリスの姿。

 その生意気な態度に、こめかみに血管が浮き出る感覚を覚える。

 だが、ここで冷静さを失っても仕方ない。

 俺は名誉ある、七雄騎将の一人なのだから。


「ったく、分かったよ。じゃあ早速、剣を抜け」


 その言葉に、イリスは流れる手つきで腰に手を伸ばす。

 そしてするりと木剣を抜き取ると、胸の前まで持ち上げ正中線に構える。


「おっ」


 一本真っすぐ芯の通った立ち姿に、思わず声を漏らす。

 イリスのその構え。

 それは騎士の王道的な、美しい構えであった。

 口を閉じて黙ってれば凛とした美人なのになぁ。

 勿体ない。

 俺は心の中で、世界の不条理さを呪った。


「…………ジロジロ見てないで、次の指示をくれますか?」


 そして嫌悪感むき出しのイリスの表情に、本当に残念だと心の中で呟いた。


「そのまま素振り十回」

「……はい」


 嫌々頷いたイリスは、そのまま剣を上から下に振り下ろす。


「フッ!」


 短く息を吐きながら、イリスは淡々と素振りを行う。

 流れるように下ろし、再び上げて、また下ろす。

 同じ動作を繰り返していながらも、その芯がブレることは無い。

 確かにそれは非常に美しく、完璧と言えるだろう。

 だが。


「ほい」

「ひゃっ!?」


 カクンッ

 俺はその後ろから、膝裏をつま先で小突いてやった。

 イリスは思わず膝を曲げてしまうと、怒った顔でこちらを振り返る。


「ちょっと、何するんですか!」

「いやなに、少しお綺麗すぎたんでな」

「変態なのは分かってましたけど、邪魔しないでください!」

「おっと勘違いすんな。俺のこれも、指導の一環だ」


 イリスの言葉に、両手を上げながらおどけた口調で言葉を放つ。


「俺は素振りをしろって言ったけどな、そんなお綺麗な演舞を見させられても困るんだわ。もっと自由に、実戦を想定して振ってみろ。そして途中で俺が邪魔するから、それも避けながらやれ」

「……分かりました」


 なんて物わかりの良い奴。

 半分は本音だが、もう半分は単純にコイツの邪魔をして楽しんでやろうと思っただけであった。

 ただまぁ、そのストイックなところは嫌いじゃない。


「よし、それじゃあ始め」

「――――フッ」


 そして再び、イリスは剣を振った。

 しかし、その動きは先程までと違う。

 単調な動きではなく、目の前の空気を斬り裂くような。

 縦横斜め、足を踏み出しながら自由に剣を振るっていく。


「ほらよ」


 俺はそんな様子のイリスに対して、地面に落ちていた小石を蹴り飛ばす。

 小石はイリスの頭部めがけて飛んでいき、そして空を切った。


「よっ、はっ、ほっ」


 続けて再び小石を蹴り飛ばす。

 狙うは頭部、脚部、そして胸部。

 イリスは流れるような動きで頭を動かし、足を上げる。

 そして。


「ハッ!」


 胸に向かって飛んできた小石を叩き落とす。

 結果、イリスの身体に小石が当たることは無く。

 嫉妬するくらい完璧な様子で、素振りを終わらせてみせた。


「なるほどな……」


 噂はどうやら本当らしい。

 入学早々、これだけの技術を持っているのだ。

 これからの将来が非常に恐ろしい。


「これで終わりですか」

「あぁ、合格だ。おめでとう!」

「……なんかムカつく」


 イリスは頬を膨らませ、不満を垂れ流す。

 その姿は年相応の少女であり、不覚にも可愛いと思ってしまった。

 くそ、生意気娘の癖に。


「じゃあそうだな、次は」


 次はどんな意地悪をしてやろうかと、頭の中で色々考えていたその時だった。



「きゃあっ!」



 遠くから甲高い少女の悲鳴が響き、思わずそちらの方へ視線を向ける。

 そこには、背中から倒れ込み、砂だらけになった少女の姿があった。


「カミュさん!?」


 横でイリスが名前を叫び、少女まで駆け出していく。


「ちょ、おい!」


 その様子に慌てて止めようとするが、イリスは素早く少女の傍に寄るとしゃがみ込んでしまった。

 どうして厄介事に自分から首を突っ込むんだ。

 心の中で悪態をつきながら、俺もその近くまで歩を進める。


「カミュさん、大丈夫?」

「イ、イリス様」


 心配そうに声をかけるイリスに対し、カミュと呼ばれた少女は驚いた様子で口を開く。


「おいおい、何勝手に邪魔してんだよ」


 そんな二人に対し、剣呑な様子で言葉をかける男が一人。


「俺はそいつの指導役だ。部外者は引っ込んでろ」

「だからって、ここまでやることは無いでしょッ!」


 男の言葉に、イリスは怒りを露わにして口を開く。

 そのあまりの怒りように疑問を抱き、俺は少女の姿を覗き込んだ。

 そして納得する。



 少女の腕は、痣だらけになっていた。

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