第4話 一難去って

「う、うそでしょ…………。そんな……」


 多大なるショックを受け、少女はゆっくりと後退する。

 震える声色と、限界まで開かれた瞳。

 それらはまさしく、受け入れたくない現実を知った人間のソレであった。


「この、変態が、クルード様…………?」

「おい」


 それはあまりに失礼すぎるだろ。

 お前の中のクルードにまずは謝れ。そして俺にひざまずけ。

 そんなことを心の中で呟いていると、少女は静かに顔を伏せた。


「…………………………い」

「え、なんて?」


 ぼそぼそと小さく聞こえてきたその言葉に問い返す。

 少女は依然として、顔を伏せたままであった。


「………………め……い」

「全然聞こえないんだけど? 謝罪の言葉なら大きな声でどうぞ~」


 あれだけ本人の前で散々侮辱の言葉を吐いたんだ。

 責任はしっかりと取ってもらおう。

 そんな楽観的な考えを浮かべていると、少女は突然顔を上げる。


「み・と・め・な・い!」


 そして、大きな声で叫んだ。

 少女の表情は、屈辱と怒りで真っ赤に染まっていた。


「あなたみたいなサボり魔が、クルード様!? 絶対認めるもんですか!」

「いやいやいや! 俺がクルードだから! 本人そのものなんですけど!?」

「いや! 絶対信じない!」


 駄々をこねる赤子か。

 耳を塞いで現実逃避する少女の姿に、どうしたものかと頭を悩ませる。

 流石に期待を裏切ってしまった点に関しては、少し申し訳ないという気持ちがないでもない。

 しかし。


「私の中のクルード様は、貴公子の様なお方で、誰に対しても分け隔てなく優しくて、たまに見せるギャップが大変愛おしくて……。そんなクルード様が、こんな金髪傲慢野郎なんて嫌!」

「こ、このクソガキィ……!」


 どうやってこのアマを調理してやろうか。

 煮るなり焼くなりしてから、思いっきり泣かせてやりたい。


 もはや二人の対立は、先程よりも酷いモノになっていた。

 そんな様子に対して、ホーネスは交互に視線を送る。

 その表情は、本気の焦りに満ちていた。

 一触即発。

 今にも戦いの火ぶたが切って落とされそうになった、その時。


 ゴーン

 鐘の音が、校内全体に響き渡る。


「あ、入学式が終わったようですよ!?」


 なんとか話題を逸らそうと、ホーネスはわざとらしく声を上げる。


「…………あぁ、そうだな」

「…………えぇ、そうですね」


 冷え切った声色が空気を震わせる。

 もはや一周回って冷静になった二人は、互いに指を突き出した。


「二度と顔を見せるな!」

「二度と顔を見せないで!」


 そして、颯爽ときびすを返す。

 もう二度とこんな奴と顔を合わせることも無いだろう。

 さっさと忘れて、最高の一日を満喫しなければ。

 そう思い、俺はそそくさとその場を後にした。




 ホーネスは当然、その背中を追いかけようとする。

 だが、その前に。

 今までで一番深いため息をつきながら、ホーネスは呆れた声色で呟いた。



「お二人とも、を忘れてますね……」



 ☨  ☨  ☨



「はぁ…………」


 1年生教室、その一角。大勢の人間が同じ制服を身に纏い、それぞれのグループに分かれて会話している。

 そんな中、私は一人絶望の淵に立っていた。


「朝からホント最悪……」


 思い返すのは、先程まで言い争いを繰り広げていた忌々しいあの男。憧れのクルード様の名を騙り、騎士とは思えない発言を連発する有様。

 許せない。

 何が許せないって、あの男に対してもそうだけど、それだけじゃない。


 一番許せないのは、迷子になって入学式に出られなかった、愚かな自分。

 

「いきなり先生に怒られるなんて……!」


 そう。

 私は先程まで、担任の先生から呼び出しを喰らっていたのだ。それに関しては、もう何の言い訳も出来ないくらい当然のことである。

 ただ、これだけは言わせて欲しい。

 私の担任の先生、怖すぎないか。


「あのぉ、大丈夫ですか?」


 その時、頭上から可愛らしい声が降ってきた。

 慌てて顔を上げると、そこにはとても可憐な少女が一人。


「あ、はい、大丈夫です」

「よかったぁ。先程からずっと落ち込んでいるように見えたので、つい声をかけてしまいました」

「そ、そんなに落ち込んでるように見えました?」

「ええ! それはもう、好きな人に振られちゃったみたいに」


 それはあながち間違っていない。

 言ってしまえば今の私は、推しの裏側を知ってしまったファンの気分。まだ希望は捨てていないけど、半分くらいはあの男が本人の可能性がある訳で。

 あー、辛い。


「ハハハ。ソンナコトナイデスヨ」

「そ、そうですか……? ならいいんですけど……」


 心配そうな表情を浮かべる少女に対し、思わず申し訳ない気持ちを覚える。

 この人は、見ず知らずの他人に声をかけてくれたのだ。

 ここで礼節に欠けるのは、憧れる騎士の姿ではない。


「心配してくださってありがとうございます。えーっと……」

「カミュとお呼びください! 貴女は、イリス様ですよね?」


 カミュと名乗る少女が口にした、私の名前。

 その発言に思わず驚いた。

 初めて会ったはずなのに、どうして名前を知られているのだろう。


「は、はい。以前どこかでお会いしましたっけ?」

「いえ……! ただ、入学式をサボった1年生首席として有名なだけです!」

「はい!?」


 あまりの驚きに顎が外れそうになる。

 なんだそれは。

 入学初日に、とんでもない汚名を付けられた。その事実に意識が遠くなっていきそうな感覚を覚える。


「ぜひ仲良くしたいです!」

「……今の話を聴いて、よく仲良くしたいって思いますね?」

「面白そうな人とは仲良くしたいですよ!」


 それは人としてか、話題としてか。

 目を輝かせながらこちらを見つめるカミュを眺め、思わず呆れた表情を浮かべそうになってしまう。

 このカミュという少女、大人しそうな見た目に反して肝が据わっているらしい。

 長いまつ毛に、ぱっちり開いた瞳。柔らかそうな表情と、桃色に輝く長い髪の毛。

 同じ女性から見ても、本当にかわいいと思う。

 そんな人が、面白そうだからって入学式サボりに積極的に声をかけてくるなんて。


 変な人。

 カミュに対してそんな印象を抱いていた、その時だった。


「さあ皆さん、お好きな席に着席してください」


 教壇の方角から声が響く。

 そちらへ視線を向けると、そこには金の長髪を後ろで一つに結んだ男性の姿があった。

 長身かつ、服の上からでもわかる鍛えられた肉体。

 王子然とした優しげな表情は、女性から相当モテるだろうと予測できる。

 だが、私は知っている。この人は怒ったら相当怖い空気を放つ人だということを。


「改めまして、皆さんのクラスを担当します。エレガスです。そして――――」


 私はカミュと一緒にすぐ近くの席に座った。そしてエレガス先生の話を聴きながら、その姿を眺めていた。

 その視線がゆっくりと横へスライドしていき。


 私は絶句した。


 教壇の横に並ぶ、たくさんの人影。

 その中でも、異様に目立つ二人組がいた。彼らは共に、こちらへと視線を送っている。

 どうして?

 そんなもの、私が聞きたい。


 なんでここに、あの人たちがいるの……!?



「これから、皆さんをサポートする3年生の方々です」



 赤髪坊主の横で仏頂面を浮かべるその男と、視線がぶつかる。

 そして、クルードは心底嫌そうな顔で眉間に皺を寄せた。

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