第3話 騎士の中の騎士

「ちょっとちょっと、君ねぇ!」


 突然の乱入者、それも自らが敬愛する人間に対し侮辱の言葉を吐いた。

 ホーネスはその悪人面を歪めながら、少女に対して詰め寄る。


「この方をどなたと心得るか! 騎士の中の騎士、英雄の中の英雄! そうっ、この方こそが――――」

「うるさいです凶悪坊主」

「きょ、きょうあく…………」


 そして、少女の容赦ない一言に粉々に砕け散る。

 このホーネスと言う男、こんな見た目をしているが実は繊細な心の持ち主なのだ。

 肩を落とすホーネスの姿を無視し、少女はこちらに向かって口を開いた。


「騎士道のかけらもない、煩悩に塗れた発言……。最低ですね」

「おいおい、随分と好き勝手言ってくれるじゃねぇか。それじゃあ当然、お前はその騎士道とやらを持ってるんだろうな?」

「当然です!」


 フンスと胸を張り、少女は自信ありげに語り出す。


「私は立派な騎士となるために、このセントキャバリス学院に入学したのですから!」

「へぇ~?」


 少女はこちらを見下すように視線を向け、随分とご大層な目標を掲げた。

 だが、本当にそうだろうか?

 今、自分はいやらしい笑みを浮かべているに違いない。


「そんな未来輝かしき若者が、こんな時間に何でここにいるのかなぁ~?」

「ぐっ…………!」

「ねぇ、なんでなんで~? 入学式はどうしたのぉ? あ、もしかして俺らと同じサボりとか!」

「ち、ち、違いますっ! これはその、道に迷ってしまって……」

「……………………は?」


 挑発を重ねた結果、帰ってきた答えは予想の斜め上を行くモノであった。

 思わず口から間抜けな言葉が漏れる。


「え、なに。もしかして迷子になって、入学式に間に合わなかったとか言わないよな?」

「……何か文句でも?」

「えぇ…………」


 嘘だろコイツ。

 いくらなんでも、迷子で入学式をサボるとか正気の沙汰じゃない。

 俺たちよりよっぽど天然の不良じゃねえか。


「あーもう最悪っ……! せっかく新入生挨拶のために、早起きして散歩とかしてたのにぃ!」

「ん? 新入生挨拶?」


 突然頭を抱え、ぶつぶつと小言を呟く少女。

 その言葉に反応したのは、先程まで意気消沈していたホーネスであった。


「珍しい白髪に、切れ長の瞳。そして、新入生挨拶……………………まさか!?」


 そして、ホーネスは驚きに飛び跳ねてこちらを向く。

 その瞳は、興奮の輝きに満ちていた。


「こ、この人! 先程話していた…………」

「あん?」


 ホーネスの言葉に首を傾げる。

 そういえば、何か言われたような。

 思い出す様子も無いと悟ったのか、ホーネスは声高らかに口を開いた。


「稀代の傑物とうたわれている、あの新入生ですよ!」

「…………あぁ!」


 そう言われて、ようやく思い出した。

 あまりにも興味が無かったから、思わず記憶の片隅まで流してしまっていた。

 そうか、コイツが。

 目の前の少女をジーッと見つめ、全身の所作をチェックする。


「ふむ……」


 制服に隠れて全体は分からないが、良く鍛えて絞られた肉体であることは間違いない。

 地面を両足でまっすぐ立ち、その姿からは体幹の良さが伺える。

 なるほど。

 確かに、並の新入生とは少し違うらしい。


「…………どこ見てるんですか、変態」

「は、はぁ!? ちげぇよ!」

「何が違うんですか!? 舐めまわすように私の体を見つめて!」

「ちげーから!? 騎士の先輩として見定めてやってるだけだから!」

「噓つき! この、煩悩変態サボり魔!」


 いかん、腹立ってきた。

 ぶっ飛ばしてやろうかと思い、ふと慌てて冷静さを取り戻す。

 仮にも七雄騎将に名を連ねる者として、そう簡単に怒りを露わにしてはいけないのだ。

 だが。


 このイライラだけは、ぜってぇコイツにぶつける。


「お前みたいなちんちくりん、興味ねぇよ! 俺が好きなのはボンキュッボンのお姉さんタイプだし!」

「は、はぁぁ!? ちんちくりんじゃないんですけど!? てかやっぱり変態じゃん!」

「男なんて大体こんなもんだよ残念でした~」

「いや、それは少し違う気が…………」


 うるさい。

 ホーネスの横からのツッコミに、心の中で唾を吐く。

 だがお陰ですっきりできた。

 やっぱりイライラは直接本人にぶつけるに限るな。


「はぁー…………、こんな馬鹿に構ってる時間がもったいない! 私には、どうしてもお会いしたいがいるのに……」


 少女は顔に手を当て、深くため息をついた。

 そして口にした、憧れの人という言葉。

 また随分と、面白そうな話題を口にしたモノだ。


「ふーん、誰だよソイツ? どうせつまんねー野郎なんだろうな!」

「ふんっ! あなたなんかとは比べ物にならない、騎士の中の騎士! 研鑽に研鑽を重ね、努力を惜しまない英雄様よ!」

「………………………………ん?」


 何かに気付いたように、ホーネスが言葉を漏らす。


「ハッ、誰だって努力くらいすんだろ」

「分かってないですね! その方は、誰よりも努力を惜しまないと巷で話題なんです!」

「いいや、俺の方が努力してるね!」

「いいえ、あの方の方がしてます!」

「えーと…………、あのー…………」


 少女と視線がぶつかり、バチバチと火花を弾けさせる。

 お互い一歩も引かない中で、横からホーネスの困った声が聞こえてくる。

 さっきからうるさいな。


「どうしたホーネス。お前からもなんか言ってやれ!」

「あのぉ、それ以上は止めといた方が……」

「あら、そこの凶悪坊主さんは中々見どころがありますね。サボり魔にも畏敬の念を抱かせてしまうとは、さすが憧れの人」

「いや、お嬢さんもそれ以上は……」


 どっちつかずの言葉を吐くことしかできないホーネス。

 困った表情を浮かべ額から汗を吹き出すその姿に、少しの違和感を覚える。

 何か、嫌な予感がする


「もういいです! その名を聞けば、きっとあなたも震え上がるでしょう!」


 少女はビシッとこちらを指さし、毅然きぜんと言い放つ。



「七雄騎将に名を連ねる、クルード様! あの方こそ、騎士の中の騎士! 私の憧れです!」



 その瞬間、辺りは静寂に包まれた。

 凍える空気の中。三人はそれぞれ、三者三様の表情を浮かべる。

 唖然とする者。

 顔に手を当て呆れる者。

 そして、何が起こったか理解していない者。


「な、なんですか?」

「いえ、その、ね?」


 ホーネスはピクピクと口角を震わせながら、指先を静かにこちらへ向ける。

 それに合わせて、少女の視線もこちらを向いた。

 もう、何て言ったらいいのか分からない。

 恥ずかしい。


 俺は諦めたように、そっと少女に笑いかけた。


「この方が、クルード様その人でございます……」

「………………………………はぁぁぁぁぁッ!?」

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