第2話 最悪の出会い

「兄貴、怒ってんだろうなー」


 澄み渡る青空を眺めながら、呆然と呟く。

 学園の中央に存在する、広大な空間。

 綺麗な緑が生い茂る校庭に寝そべりながら、考えることは一つだけ。

 自分の実の兄、エレガスのことであった。


「お兄様はお優しい方ですから。なんだかんだ許してくれるとは思いますよ」

「そんなもんかぁ?」


 想像するは、髪を逆立ててガミガミと説教を垂れる兄の姿。

 一度始まると長いんだ、あの人の話は。


「ま、今はこの時間を楽しむ方が大事だな」


 諦めたように目を瞑り、心地よい風を全身で感じる。

 そよそよと揺れる草の音、体をじんわりと暖める日差し、遠くから聞こえてくる賑やかな喧騒。

 きっと今ごろ入学式が始まっているのだろう。そんな中、サボって日光浴を楽しむこの時間。

 最高だ。


「あ、そういえば」


 その時、ホーネスが口を開き言葉を漏らす。


「なんだ?」

「今年の新入生に、何やら話題の人物がいるそうですよ」

「どうせくだらん話題だろ。お前の話は大抵そうだ」

「いやいや! 今回は中々面白いですよ!」


 ガバッと上体を起こすホーネス。

 そして輝きに満ちた瞳でこちらを見つめる。

 始まった。

 こいつはいつも面白い話があると言って、仰々しく話し出す。


「その人物はなんと、稀代きだい傑物けつぶつと噂されているらしく!」

「はい終わり」


 強制的に話を終わらせ、寝返りをうつ。


「そ、そんなぁ!」

「毎年似たような話があるだろ。やれ数年に一度の才能だ、新進気鋭の騎士の卵だ。それで? 実際に結果を残した奴はどれだけいる?」

「た、たしかに……」


 二の句が継げなくなったホーネスに対し、ため息をつく。

 結局のところ、噂は所詮噂。

 本物の天才って奴は、ふとしたところから現れるもんだ。

 誰も気にしていなかった視界の外側から、急速に頭角を現す才能の塊のような人物。

 天才だなんだと持てはやされていても、結果が出せなければ意味がない。

 ここは、そういう世界だ。


「まぁ、そいつが本当に天才なら嫌でも目に付くだろ」

「それもそうですね。それに、真の天才といえばクルード様を置いて他にありません!」


 そう言ってホーネスは急に立ちがり、おとぎ話を語るように口を開く。


「入学早々、先輩方との決闘に勝利! そのまま闘技大会を優勝し、天才騎士の名を欲しいままにすると、あっという間に隣国の騎士と熾烈しれつな争いを繰り広げる! そしてついには、あの七雄騎将しちゆうきしょうに名を連ねることになった、我が校きっての大天才! クルード様とは、あぁこの方よっ!」

「俺が七雄騎将に選ばれたのは、単なる数合わせだって分かってんだろ?」


 ホーネスが語る武勇伝の数々は、聞けば確かに凄いモノである。

 だが、実際はそんな輝かしいモノではない。


 七雄騎将。

 それは、我が国が誇る最優の騎士に送られる称号のこと。

 選ばれし七人しか名乗ることを許されず、名実ともに英雄と称えられることもある。

 子供たちが読むおとぎ話の中には、この七雄騎将を題材に書かれた作品も多い。

 言ってしまえば、騎士たちの憧れの象徴である。

 しかし。


「序列一位の急死に、序列三位の引退が重なったんだ。欠員を補充しなければと国のお偉いさん方が焦るのも無理はない」

「で、ですがクルード様が選ばれたのは事実ですし……」

「ハッ! 最下位止まりの俺に期待する奴なんか誰もいねーよ」


 鼻を鳴らし、自虐するように言葉を吐く。

 こんなところでサボるような奴が、騎士の中の騎士とはとんだ笑い話だ。


「……クルード様はもう少し自信を持ってもバチは当たりませんのに」

「ばーか。俺はそこそこに自信持ってるわ。ただ、上には上がいるってだけの話だ」


 くだらないことに頭を使った。

 こんなことを考えるためにサボった訳じゃないのに。

 今の話題から逸らすために、何か違う話題を考える。

 何か、何か無いか。


「……………………女」

「はい?」

「なんか可愛い女騎士の話とかないわけ?」


 俺が放った言葉に、ホーネスは少し呆れた表情を浮かべる。

 おい、何だその顔は。


「やっぱ俺たちに足りないのって、バラ色の青春だと思うんだよな」

「はぁ……」

「騎士と言えば、おとぎ話でも可愛いお姫様がつきものだろ?」

「そう、ですかね? 残念ながら私はそっち方面にはさっぱりで……」


 使えねえ。

 心の中でホーネスを貶めながら、桃色の妄想を膨らませていく。


「あー、彼女ほし~」

「クルード様…………」


 男の欲望ダダ漏れな発言に、ホーネスは心の底から呆れた表情を浮かべる。

 別にいいだろうと思うのだが、そういえばこいつはそっち方面に疎いんだった。

 仕方なく、冗談だと口を開こうとしたその時。



「………………………………うわ」



 冷え切った声が頭上から降り注ぎ、二人は慌てて起き上がる。

 この距離まで近づかれて、気付かなかっただと?

 俺は咄嗟に剣の柄に手を置き、声の主へと視線を向けた。


 そこにいたのは、美少女と呼んで相違ないほどに顔の整った女性であった。

 スラッと高い鼻に、切れ長の瞳。肩まで伸びた白髪は艶やかに輝き、風になびいている。

 めちゃくちゃタイプだ。俺は思わず、そんな感想を抱いた。

 しかし。


 少女の表情に写し出されていたのは、たった一つの感情。

 すなわち、嫌悪である。


「最っ低!」

「…………はぁ!?」


 前言撤回。

 こいつ、とんだ失礼女クソアマだぞ。

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