鍍金だらけの不良英雄は、天才少女に煽られて騎士の頂点を目指す

裕福な貴族

鍍金の騎士

第1話 落ちぶれた英雄

 自分は天才であると、誰もが一度は錯覚する。


 ふとした瞬間、他人よりも優れていると感じた時。

 人は自らを天才と思い込み、才能に酔いしれる。

 そして、その鍍金メッキに塗りたくられた自尊心を満たすために、人は無謀にも高みを目指す。


 非情な現実が待っているとも知らずに。


「勝者、ウィンリー!」


 降り注ぐ大観衆の歓声を浴びながら、俺は静かに地面を見つめた。

 砂ぼこりに塗れた身体と、擦り切れた手のひらを眺める。

 幾度の敗北を味わった。

 幻想はちりと化し、いつか夢は覚める。

 お前は天才では無いと、目の前の現実がその事実を突きつけた。

 嗚呼、そうか。



 俺は、天才じゃない。



 ☨  ☨  ☨



 チュンチュン

 窓の外から差し込む明るい日差しと、小鳥のさえずる音色。

 そんな気持ちの良い朝の光景に、思わず反吐が出そうになる。


「……クソッたれ」


 最悪の目覚めだ。

 思い出したくも無い夢を見て、クソみたいな光景がまぶたの裏に焼き付いている。

 屈辱に満ちた記憶。

 ソレを振り払うように、俺はベッドから飛び起きた。


 そして洗面台で顔を洗い、ふと鏡に映った自分の表情を見つめる。


「…………なんて顔してんだ」


 劣等感を前面に押し出した顔は、英雄のそれでは無い。

 自信に満ち溢れたかつての面影は消え、今目の前にいる男は紛れもない敗者の姿であった。

 心の底から笑いがこみ上げてくる。

 これがかつて、稀代の天才とうたわれた人間の末路か。


「クルード様! おはようございます!」


 その時、外から一際快活な声が響き渡る。

 相も変わらずうるせぇ声だ。

 そんなことを想いながら、俺は壁にかかっていた制服に袖を通す。

 そして脱ぎ捨てた服をベッドに投げ捨て、急ぐように玄関へ向かう。

 視線の先には、扉の横に立てかけてあった一振りの長剣があった。


 俺はその剣を睨みつけ、ひったくるように掴んで外に出る。


「あ、クルード様! おはようございます!」

「おう」


 眩しい日差しに目を細めながら、俺は大きな声を出している馬鹿面を眺める。

 そこに立っていたのは、同じ制服を着た一人の男であった。

 一目で分かるくらい頭の悪そうな笑顔を浮かべる、剃りこみの入った坊主頭。

 その姿、どこからどう見ても不良である。


「本日はお日柄も良く、クルード様の美しい金髪がまさに太陽の如く光り輝いております! 風になびく金髪に目を細め、毅然と佇むその御姿はまさに、おとぎ話の一節に登場する英雄そのもの! 私、改めてクルード様の傍に立つことを許される光栄を深く噛み締めておりま――――」

「わかったわかった、もういい!」


 グダグダとむず痒い世辞を垂れ流す男の言葉を遮る。

 恥ずかしさで憤死してしまいそうだ。

 毎朝毎朝同じような言葉を吐いて、飽きないのかこいつは?


「……それでホーネス。こんな朝っぱらから、一体何の用だ?」

「何を仰いますか! 本日はクルード様が代表挨拶を務められる、入学式の予定でございますよ!」

「あぁ、そういえばそうだったか」


 目を輝かせながら口を開く男こと、ホーネスの言葉でようやく思い出した。

 そしてため息を一つ。


「興味ねぇな」

「えぇ!? クルード様のご威光を皆に見せつける絶好のチャンスだというのにぃ!」

「余計やらん……。てか、別にいいだろ。せっかく3年生になったんだ。入学式なんて面倒なもん、サボろうぜ」

「し、しかし…………」


 ホーネスの表情が面白いほどに歪む。

 代表挨拶をする姿を見たい。入学式をサボって敬愛する方と二人きりの時間を楽しみたい。

 揺れ動く二つの欲望に挟まれ、ホーネスは目を白黒させていた。

 そして。


「…………サボりましょうッ!」


 元気よく答えるその表情に、もはや迷いはない。

 目先の欲望に走った男、ホーネス。

 そんなこいつが、俺は嫌いじゃない。


「よし、よくぞ言った! ならばついてこい!」

「かしこまりました!」


 サボると決意してからの行動は迅速なものであった。

 二人は颯爽と歩を進め、入学式の会場とは反対方向に向かっていく。

 嗚呼、今日は良い日になりそうだ。






「エレガス先生! クルードの姿が見当たりません!」

「なに!?」


 入学式を執り行う、厳粛な雰囲気広がる講堂。

 その一角、天幕の裏で慌てふためく大人が二名。


「あの馬鹿……ッ!」

「どうするんですか!?」

「どうもこうも、諦めるしかないでしょう!」

「探しに行ってくださいよ!」

「僕はこれから教師代表の挨拶をしないといけないんです!」

「兄弟でしょう!?」


 ワーワー喚き散らかす大人たちであったが、最後に投げかけられた言葉に、エレガスと呼ばれた先生は頭を抱える。


「……弟がご迷惑を」

「まったくもう、が聞いて呆れます! 仮にも、我が国が誇る英雄の末席としての自覚をですね…………」

「しっかりと言い聞かせておきます」


 女教師の説教じみた言葉に、エレガスは深く頭を下げた。

 それもこれも、あいつが入学式をサボったりするからだ。

 エレガスの心の中で、怒りが沸々と湧き上がる。

 しかし。



「これだから、落ちこぼれの不良英雄と影で言われるのよ」



 その言葉に、エレガスは怒りとは別の感情が湧き上がる。

 それは、深い悲しみであった。


「…………申し訳ございません」

「あ、いえいえっ! これは私の意見ではなく、あくまで生徒に噂されている話ですので……」

「分かっておりますよ」


 慌てたように両手を振る女教師を横目に、エレガスは講堂に集まった生徒たちを見つめた。

 この場にいる誰もが、最高の騎士を目指してここにいる。

 そして弟は、そんな彼らが憧れる存在。


 その、はずなのに。


「クルード…………」


 エレガスは、小さく弟の名前を呟いた。

 この場に来ないという事は、やはり気にしているのだろうか。

 昨年行われた、あの屈辱の試合を。


 瞳を閉じ、エレガスは強く祈る。

 願わくばどうか、この一年がアイツにとって実りあるモノになりますように。

 そう、思わざるを得なかった。



「大変です! 新入生首席も、会場にいませんッ!」

「………………なんですって!?」

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