第8話 Reminiscing
人は海に消える。私たちの遠い祖先が残した記憶が、DNAに刻み込んでいる。
「本当にいいの?」私は貴方に言う。私たちはきっと、こうすることでしか愛を確かめられなかった二人。けれど、こうして愛を確かに持って最後を遂げようとしている。
貴方は言った「いいよ、君が望むのなら」きっと正しさなんて一つもないこれからの行為。
それに心の高鳴りが抑えられなくて、一緒にずっとにいれるように私と貴方は手を繋いで紐で結んだ。
間違いでしかない二人で、間違いでしかない場所で、間違いでしかない行為だけれど私は貴方と一緒にいれることの方が重要なのだ。
これは二人で出した最初で最後の思い切った決断のつもりだ。
私たち二人は間違いだらけであったが、とても運命的な出会いをした。
あれは雪が綺麗な十一月の冬の日で無用心な私はいきなり降り出した雪で体を震わせていた。
薄着という格好ではなかったが、厚着と言うには少し物足りない格好。寒さにいてもたってもいられず、近くにある喫茶店の中に入っていった。
「いらっしゃいませ」自然な声が通るその店は、初めて特に意味もなく入った割によくなじむ店だった。
今思えば、貴方がいる。それだけでも私は懐かしさを感じていたのかもしれない。
「寒いですね」と私が薄手のコートを脱ぎながら店員に話しかける。
「久しぶりに、雪が降ってますもんね」遠くを見るような言い方に、私は惹かれていた。この落ち着く雰囲気に惚れ込んだ。私と貴方の間には、特に大したことがあったわけではなかった。だが、だからこそ気付いたら恋人になっているほど惹かれ、慕っているのだ。
貴方は本当にこれでいいのだろうか。親にも認められないような恋愛をしてきたのはなんでかは今となってはわからない。だから、貴方は私を選ぶ理由があるのだろうか。
「本当に、本当にいいの?」「本当に、本当にいいよ」貴方は私を温めるように頬を触る。
ここは透き通るような海で、私は全てをここに溶かしたいと思っている。この日を待っていたように、空は落ちてしまいそうなほど青く。
海はどこまでも全てを見透かすように深い。私たちは砂に少し足を取られながらゆっくりとゆっくりと歩いている。
今の時間を1秒たりとも無駄にしまいと想って噛み締めている。貴方は一度、歩みを止めて向き合うように私の目を見た。塩の香りはもうそこに漂っている。
「君はここにくると思い出さない?」
「思い出す?」貴方は私の茶かかった髪の毛をゆっくりと撫でなでる。「僕は懐かしいんだよ」
「ずっと、待っていたんだ。ここに還ってくることを」
ふと吹き抜ける風。
人は海に消える。ここは私たちの還る場所だ。私たちの遠い祖先が残した記憶が、DNAに刻み込んでいる。
「本当にいいの?」私は貴方に言う。私たちはまた、こうすることでしか愛を確かめることができないのだろうか。
貴方は優しく微笑む。「どうなったとしたって、僕はずっと待っていたんだ。君に出会って愛し合うことを」確かで強い声で静かだった。それは海のような深さ。私はこんなにも海が懐かしいのは貴方が懐かしいからなのだと悟った。
私と貴方、これから海へと消えていく。不安はない。これからまた会えるのだから。また私と貴方は海に還っていくだけなのだから。
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