アオキユウゾラ
無事に下車した国王陛下を見送った後、ブライトン少尉は私とルナを物陰に引きこんだ。
「なんてことをしてくださいましたの!?」
ブライトン少尉はお冠である。えっと……、これって私が怒られるパターンなんですかね?
しかし、彼女は、すぐに声のトーンを落とした。
「……と申したいところですが、正直助かりましたわ」
「ところで、陛下が言ってた『火遊び』って何なんですか?」
私がそう尋ねると、彼女は肩をすぼめる。
「それは聞かないでくださいまし。知ればあなた方の立場が悪くなりますわ。少なくともここでは……」
そこへ不敵な笑い声が響いた。
「いいじゃないか、教えてあげなよ」
声の主は、建物の影からぬっと現れた。女とも男ともつかないミステリアスな風貌。小柄だが、ただならぬオーラが漂う。火星アストロ・レールウェイ公団の制服を身につけているということは職員の一人だろうか。階級章は大尉だ。
ルナは警戒して、私の前に躍り出る。
「あなたは誰ですか!? 何の用ですか!?」
ルナは、両肩を強ばらせて威嚇する。まるで逆毛を立てた猫のようだ。
「おっと、質問はひとつにしてくれないかなぁ」
謎の人物はケラケラと笑いながら歩み寄る。
ルナは小声で「職員名簿にはいない人物です」と私に告げた。ルナってば職員名簿を頭に入れておくなんて、さすが優秀な妹!
……そういえば、ルナの記憶は全部私にも同期されているんだった。確かにルナの記憶の中にある職員名簿に該当する顔写真はない。
謎の人物はニッと笑う。
「まあいいや。我々は『アオキユウゾラ』だ」
えっ。
青木?
「えっ、青木夕空!? 青木大尉は、もしかして日系の方ですか!?」
私がそう言うと、謎の人物はぽかんと口を開けた。
「はぁ? いや、個人名ではないよ。エレノア、説明してよ」
ところが、当のブライトン少尉もまでも、「個人名じゃなかったんですの!?」と驚愕の表情を浮かべている。
「まさか、君もか! ……はぁ」
ミステリアスな雰囲気はどこへやら。謎の人物は肩を落とした。
「我々は『アオキユウゾラ』という名前の、言うなれば地下組織だよ。シンボルは火星の青い夕空。だから、『蒼き夕空』だ」
「まさか、反体制派とかそういうやつですか!? 格好いい!」
「お姉様!」
と、ルナは小声で私を制する。
「反体制派……か。それは心外だなぁ。我々は体制を倒そうなんて思ってないよ。ただ、市民階級の撤廃を訴えているんだ」
「つまり、レジスタンスですね!」
「お姉様!」
「……ボクの話、聞いてた?」
青木大尉(仮)は、呆れ顔だ。
「私も入っていいですか!?」
前のめりになる私を、ルナは押しとどめる。
「ダメです、お姉様!」
「えー、レジスタンスやーりーたーいー!」
「ダメです。内政干渉になってしまいますよ!」
「ちぇー」
まあ、ルナの言うことは正しい。三等書記官とはいえ外交官の立場でレジスタンス的な組織に参加すれば、外交問題……下手すれば戦争にも発展しかねない。確かに今は反体制派でもレジスタンスでもないかもしれないが、市民階級の撤廃を政府が聞き入れるとは思えない。もし階級闘争に発展すれば、行き着く先は内乱か革命か。
私の相手をする価値がないと悟ったのか、青木大尉(仮)はブライトン少尉に顔を向けた。
「しかし驚いたなぁ。あの国王の発言には」
ブライトン少尉は焦った様子である。
「わっ、わたくしはまだ何も話してませんわ!」
「……まぁ、独裁者は地獄耳というからね。キミのせいにはしないさ。予定外ではあるけど、国王にメッセージが伝わった。案外悪くないタイミングだ。もういいよ。キミはお役御免だ」
「わたくしはこの国の行く末を案じてますのよ! まだまだするべきことはありますわ!」
「国王は嫌いだけど、この点だけは同意できるんだ。火遊びはほどほどにね、お嬢様」
「まぁ! 何てことを仰いますの!?」
ムキーッ!と、今にも跳びかかりそうなブライトン少尉。この人も、冷静沈着に見えて、本質はルナにちょっと似ている気がする。方向性は違うけれど、二人とも何かに真剣に生きていて、感情だけが空回りしているタイプだ。
でも事情は段々見えてきた。ブライトン少尉は「蒼き夕空」の協力者なのだろう。彼女は火星社会における実質的な貴族階級である専門市民の一人として、自ら享受している既得権益に疑問を持っていた。ただ、公爵令嬢である立場上、表立って行動するわけにはいかず、私たちに駅弁作りをするようけしかけたというわけだ。彼女に期待されていたのは、恐らく時期を見て国王陛下に意見を提出すること。駅弁に込められたメッセージにより、それは達成された。
それは「蒼き夕空」にとっては予期しないタイミングであり、彼女をリスク要因として切り捨てたのだろう。もっと悪く考えれば、彼女を一旦放逐することで、より彼女を深く取り込もうとする狙いがあるのかもしれない。もしそうならば、彼女にとっては危険な状況だ。
いずれにせよ、今の彼女に火遊びをやめるよう諌める国王陛下や、この青木大尉(仮)の意見に、私も同意する。
「ブライトン少尉、あなたの望みは分かりませんが、少なくとも少尉は地下活動という柄ではないと思いますよ」
「ッ!?」
彼女はキッと私を睨む。
ごめんなさい、でも本当にそう思う。周囲はともかくとして、国王陛下本人は直球勝負がお好みのように見える。何たって、職権乱用?で私が求めた記念写真にも応じてくれるぐらいだ。ブライトン公爵の一人娘である彼女なら次期技術開発卿としての自らの立場を利用して、いくらでも意見を述べる機会が与えられるだろう。だから、国王陛下は火遊びをやめて自ら手を動かせと仰ったのだ。
「あなたのお立場なら、裏からこそこそ手を回すより、正面突破からの玉砕がお似合いです」
「玉砕なんてしませんわよ!」
「とにかくこの場を離れましょう、少尉」
喚いて暴れるブライトン少尉を羽交い締めにしながら、私たちはその場を離れた。
これは内政干渉になるのかもしれない。ただ、一人の友人として、ブライトン少尉をあの地下活動にこれ以上関わらせてはいけないと直感した。
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