記念写真

「陛下。こちらが、宇宙駅弁アストロ・ベントーでございます」


 私は一通り料理の説明を行う。松花堂スタイルの弁当で、三行三列の格子状に区切られている。これを漫画のように見立て、地球と火星の旅物語をイメージした色とりどりの具材が並ぶ。


「噂通り美しいベントーだ。このメニューを考案したのは誰か?」

「恐縮ながら、私と妹のルナ、それとブライトン公爵令嬢のエレノア様です」

「……デイモスの娘か」

「はい」

「皆、この列車に乗務しておるのか」

「はい。もちろんです」

「であれば、ちょうどよい。三人も一緒に同じ食卓で昼食を楽しもうではないか」

「……!? お誘いいただき、大変光栄でございます。ただ、本日の私どもは給仕でございますので……」


 ……私は火星アストロ・レールウェイに出向している一職員だ。確かに身分保障のために、書類上は私は地球政府の外交官であるが、あくまでも下っ端の三等書記官である。本来なら国王陛下に謁見する立場になく、ましてや食事に招待されるなどもっての外である。本来は本国に連絡して相談するべき事案だが、応答まで最短で七分かかる。


 しかし――。


「遠慮せずともよい」


 国王陛下にここまで言わせてしまっては、受けるほかない。黒服達も呆れ顔だった。


 個人端末でルナとブライトン少尉を呼び出すと、二人からは驚愕と呆れの混じった声が返ってきた。 


「こ、国王陛下とですか!?」

「どうしてそんなことになりますの!?」


 こうして、国王陛下、公爵令嬢、そして私とルナが食卓を囲む珍妙な光景が出来上がった。私達に向けられる周囲の視線が痛い。


――私達だって好きでやってるわけじゃないんだってば……ですわよ。おほほほ、おほほほほ……


 さすがのルナも緊張しているようだ。手先が震え、ナイフとフォークがカチカチと鳴っている。


 ちなみに、松花堂弁当は箸のほうが食べやすいのだが、火星では箸を使う習慣がなく、カトラリーはフォークとナイフで統一したのである。それも相まってか、ルナは非常に食べづらそうだ。


 やがて、国王陛下の手が止まる。自信作の火星の夕焼け羊羹である。


「デイモスの娘よ、ここでは、一つ屋根の下、専門市民も、一般市民も立場を超え食事を楽しんでおるな」

「ええ、ヒカリ少尉とルナ少尉のおかげですわ」

「これがお前の夢見た理想であろう」


 そのとき、気温が僅かに下がった気がした。


 国王陛下は穏やかな表情を保っているが、その視線は鋭い。


「……陛下?」

「自らの手を動かさぬ者に世界を変えることなどできぬのだ。火遊びもほどほどにしなければならんな」


 ブライトン少尉の顔は、みるみるうちに青ざめてゆく。まるで火星の夕暮れである。


 僅かな沈黙。しかし、それは永遠のように思えた。


 事情はよく分からないが、ここは助け船を出しちゃおうかな。


「国王陛下! せっかくの機会なので、一緒に写真を撮りませんか!?」


 即座にルナが割って入る。


「お、お姉様っ! 申し訳ございません陛下、愚姉が不躾なことを」

「はっはっはっ! よい。面白いではないか」



 肩を寄せ満面の笑みを浮かべる私と陛下、そして、背景に映り込む困惑顔の平民、貴族、黒服達。後世に残る珍妙な自撮り写真は、こうして撮影されたのだった。


 本国から一時間に及ぶお叱りのビデオレターが届いたのはいうまでもない。


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