セクション5: レジスタンス
国王来臨
アストロ・レールウェイの職員として火星に派遣されて早数ヶ月。
私、ヒカリ・サガと、妹・ルナは、地球と火星を結ぶ鉄道「アストロ・レールウェイ」開業を目指し奮闘中だ。「宇宙駅弁アストロ・ベントー」を開発し、ついに「列車で楽しむランチミニツアー」のテスト営業にこぎ着けた――
……のだが……。
待機列の先頭には、明らかに異質な一団が陣取っている。中心にいるのは金ピカ装飾の軍服風衣装の人物だ。もしかしなくても、この御方は――。
「国王陛下!?」
「いかにも。予は火星エリシウム王国の国王、プラネタジネート五世である」
冷や汗が頬を伝う。
ここで、辞世の一句。
――呼んでない、国王陛下が、待機列。
もし国王陛下が関心をお持ちならば、こちらから招待しなければならなかったのである。ましてや、列に並ばせるなんてもってのほかであった。
「お待たせして申し訳ございません、陛下。私がこのツアーを企画いたしました、ヒカリ・サガと申します。地球から派遣されて参りました」
ひとまず、四十五度のお辞儀である。
軍政に近いということは、挙手の敬礼をするべきだろうか。しかし、地球では無帽の敬礼は避けるべきとされている。地球アストロ・レールウェイ公団では制帽が存在しないため、挙手の敬礼が行われること自体がない。四十五度のお辞儀が最敬礼なのである。
「よい。顔を上げよ」
「恐縮です」
黒服のSP達が私に鋭い目を向けていた。いつでも銃(?)を取り出せるように構えている。嫌味な侍従とかではないあたり、ここはファンタジーの世界ではないのだと思い知らされる。
「陛下のために、特別便を手配させていただきたく存じます。手配いたしますので、恐縮ながら、もうしばらくお待ちいただけますか?」
「よい。国民であれば誰でも乗れるのであろう? 私も国民として乗る。特別扱いはよい」
あーそれ、逆に面倒臭いやつー!
黒服達の表情も一瞬曇る。今絶対私と同じこと考えたよ、あの人たち。
けれど、断るわけにはいかない。
「……承知いたしました。ただ、私どもといたしましても万全を期したいと考えておりますので、警護責任者の方と打ち合わせさせていただけますか?」
こうして、一つ同じ列車の中、国王陛下が国民と共に昼食をとることとなってしまった。
『本日は、火星アストロ・レールウェイをご利用いただき誠にありがたく存じます。この列車はランチミニツアーとして、エリシウム平原を一時間かけて往復いたします。皆様、今ひととき、車窓の風景とランチをお楽しみくださいませ』
車内アナウンスとともに、列車は走り出す。赤い大地に敷かれた鉄路を踏みしめながら、ゆっくりと前へ。
列車は八両編成に増結されている。指揮車の一号車と八号車を除く六両すべて食堂車だ。ただし、食堂車はまだ三両しか製造されていないため、残りの三両はラウンジ車に社員食堂や寮内のテーブルを持ち込んでなんとか体裁を整えた。
椅子の数は合計二百八十八席。相席を前提とすれば、五往復でなんとか列を捌ききれるだろう。非番の職員や、ちゃっかり訓練を受けていた別部門の大佐までもが給仕係に投入されることになる。
幸いなことに、食堂車は迎賓の用途も想定されている。あちらこちらの無粋な露出配管を除けば、ロイヤル感のある内装であったため、国王陛下を迎えるにはちょうど良かったといえるだろう。もちろん王宮の食卓に比べればチープなのだろうけれど。
黒服達が陛下を取り囲み物々しい雰囲気を醸し出しているが、やむを得ない。たまたま、同じ号車となってしまった乗客乗員の心中はお察しする。
――さあて、私はブリッジに逃げるとしますか。
そそくさと退散しようとしたその瞬間、ホールチーフの大尉に首根っこを掴まれた。
「ヒカリ少尉、国王陛下への給仕をお願いしますね」
「えぇ……ご命令ですか?」
「命令です」
こうして、私は国王陛下専任の給仕係となってしまったのだ。
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