地均し


 私たちは自室に戻って、ブライトン少尉の話を聞くことにした。いや、友達としてだから、エレノアと呼ぶ方が良いか。


「……いつあなたの友達になりましたの?」

「私が友達と思えば友達だからね!」

「馴れ馴れしいですわ。あなたの距離感、どうなってますの!」


 そういえば、定期的にルナの記憶を同期するようになってから、距離感の詰め方がどんどん下手になっているような気がする。影響受けてるなぁ、私。


「それとも私の妹になる?」

「なりませんわよ!」


 え~、案外悪くないと思うんだけどなぁ。


 さて、ここは自室ではあるが、在外公館扱いだから、秘密の話し合いには最適である。しかし、盗聴のリスクはある。ルナとなら直接接続で思考を交換できるが、エレノアとは会話するしかない。


「ヘイ、アシスタント、この部屋のすべてのセンサーを切って。期間は一時間」

『警告、ボイスコマンドが無効になります』

「了解、続行」

『センサーをオフにします』


 そして、地球側のモバイルコンピュータを起動する。


「OKコンピュータ、防音フィールド起動」


 ブォンという音とともに、薄いフォースフィールドが展開される。フォースフィールドとはいえ、人が通れる程度には低い出力だが、これで音は外に漏れない。


『防音フィールド起動しました』

「全センサー無効、一時間」

『全センサーを無効にしました。ボイスコマンドが無効になりました。一時間後に自動的に復帰します』


 これで地球側にも情報が漏れるリスクは低くなる。まあ、私やルナの記憶を直接吸い出されれば意味がないのだが、それはヒトでも同じである。


 エレノアは目をぱちくりさせる。


「……どういうことですの?」

「エレノア、友達として、『蒼き夕空』について聞かせて。地球政府にも秘密にするから」

「話せませんわ」

「彼らはエレノアを切り捨てたように見える。ということは、この先、万が一暴動に発展すれば、エレノアも危険に巻き込まれるかもしれないから」

「暴動はあり得ませんわ。格差を解消することを目指す平和な活動ですもの」


 きっと彼女は本心から平和裏に格差が解消されることを願っているのだろう。でも彼らはどうだろうか。


「今はそうだね。そうなんだけど、私は心配なんだ。専門市民と一般市民の分断は、お互いへの不満を通り越して、無関心になってるよね」

「……確かにそれは……」

「平和な解決法があるなら、多分、ここまで酷くなってない。この数百年、同じ問題意識を持った人はエレノアの他にも沢山いたはずなのに」


 もしかしたら、エレノアの想いを「火遊び」と表現する国王陛下もその一人なのかもしれない。権力者の本心など分かりようがないけれど。


「平和的には解決できないと仰いますの?」

「どうだろうね。でも、私たちが作った駅弁は、もしかしたら平和的な突破口になるのかも」


 ほんの一瞬だけ。そう、ほんの一瞬だけ、理想は実現したのだ。列車内という限られた空間ではあったけれど。



「……そうですわね。アストロ・レールウェイは、ひとつの希望ですわ」

「それなのに『青き夕空』は、最前線を走るエレノアを切り捨てた。そのことに私は怒ってるし、何となく危険を感じるんだ、彼らには」

「今となっては、彼らが道を踏み外さないことを願うしかありませんわね」


 ようやく、エレノアの口調にいつもの冷静さが戻ってきた。


「大丈夫。常に彼らよりも先を行けばいいんだよ。私たち、アストロ・レールウェイが」

「ただし、それは彼らの望みが、本当に格差解消だけなら、ですわね」

「真の狙いが他にあると?」

「わたくしには分かりませんわ」


 エレノアは肩をすくめる。


「ですよねー」

「ところで、真の狙いといえば、あなたの狙いについて教えてくださいませ。あなたは反政府運動に興味がおありなのでは」

「あぁ……」


 しまった。レジスタンスやりたいとか言ってしまったな。


「そういう小説は好き。でも現実に参加したいとは思わないかな。あの場ではああいう風に茶化した方が安全だと思っただけ」


 あとからでは何とでも言えるが、私の判断は間違ってなかったと思う。下手に彼らを否定しても角が立つし、賛同しても巻き込まれるリスクがあった。ただのミーハーとして、使い物にならない様子を見せたのは、さすが優秀な私である。いや、本当にミーハーで使い物にならないだけだけど。ドヤ顔。


「……はぁ」


 と、エレノアは呆れ顔である。


「私は立場上は内政干渉はできないし、政治的立場もエレノアとは違うかもしれない。でもね、エレノアの身の安全を願ってるというのは忘れないで」


 私はそっとエレノアの手を握る。ルナから嫉妬の波動を感じるが、今は仕方ない。


「そ、そうやって、わたくしに取り入ろうとなさるのも、内政干渉でしてよ」


 エレノアは、顔を赤らめて視線を逸らした。


 私は白々しく応じる。


「問題ありません。アストロ・レールウェイの開業は両国政府の悲願です。アストロ・レールウェイ推進に関することに限れば両国同意の上ですから、内政干渉にはあたりません。これは事を進めるためのですよ、エレノア・ブライトン少尉」


 私がウィンクを送ると、気が抜けたように、溜息をつくエレノア。


「……そうやって、また本心にもないことを。私のことは、エレノアと呼び捨ててくださってよろしくてよ」



 こうして、私たちの結束は深まった。


 多分。





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