宇宙駅弁
「少佐! コンジット! チューブ! パイプ! 何でも良いです! 管類に関係ある仕事ありませんか!?」
「……君は、待機で良いかな?」
案の定、火星アストロ・レールウェイ公団は、私達を持て余しているようだった。
窓際族スタートである。
そのようなわけで、私は自発的な取り組みとして、フードレプリケータのメニュー開発について上長に提案すると、すんなりと承認された。料理は国家の利害に関わるようなコア技術でもなんでもないため、窓際族にあてがうにはちょうど良い仕事だと思われたようだ。
こうして、一日のほとんどをフードレプリケータのメニュー開発に充てることになった。
千里の道も一歩から。まずは話し合いである。
ブライトン少尉の真の狙いは分からないものの、上流階級である彼女の協力は欠かせない。ブライトン少尉を自室の応接間に招いて、私達は話し合った。
「食堂車で試食会……ですの?」
と、ブライトン少尉は目をぱちくりとさせる。
「はい、現実的な目標がないと、メニューを開発するにも力が入りませんからね。まずは職員と家族向けに開催することを考えています。上長の承認も得ました。ただ、車両の運用は輸送部門の管轄なので、少尉にお取次いただけないかと」
しかし、ブライトン少尉はあまり乗り気ではない様子だ。
「食堂車はお客様のための施設ですわ。私たち自身で使ってどうしますの」
うーん、そこからか……。
確かに、お貴族様からすれば、給仕が客間で食事に手を着けるのは御法度であろう。
「地球の古い言葉で、ドッグフーディングという言葉があります」
「……犬ですって?」
「物の例えです。深い意味はありません。サービスをお客様に楽しんでいただくためには、まず私達が自ら楽しんでみなければならないという意味です」
「飼い犬も食べないようなものをお客様に出すわけにはいかないという、労働者視点のやや自虐的なニュアンスを含んだ表現です」
と、ルナが補足する。
「それは……火星ではお使いにならないほうがよろしくてよ」
階級社会の火星では、下流階級を差別している、あるいは上流階級を犬呼ばわりして侮辱していると誤解されるらしい。なるほど、地球だからこそ成り立つ自虐ネタだということなのだろう。
「何かすみません」
「まあ、仰りたいことはよく分かりましたわ。具体的にはどんなことを考えていらして?」
「試食会は、実際の車両を使用し、営業を想定した形式で食事を提供します。最初は関係者に限りますが、オペレーションが熟れてきたら、マーケティングも兼ねて少しずつ対象を広げていけると良いと思っています」
「食事は、どのようなメニューですの?」
「そこはまだ手探りです。実は、メニューを考案するにあたって、職員食堂で試食品を出してみたいと思っているんですよ」
「お待ちになって。食堂車はともかくとして、職員食堂で特定食を提供しては角が立ちますわよ」
特定食……? あれか、焼きすぎカスカスハンバーグか。
「そこは工夫ですよ。あくまでも、試供品として一口か二口分を小鉢で提供します。それならばディストピア飯と見た目も変わりません」
「ディス……否定はしませんが公の場では市民食とお呼びになってくださいまし。少量とはいえ、資源管理上、タダで提供するわけにはまいりませんわよ。とはいえ、通常の市民食から量を減らせば、暴動が起きますわ」
「そこで、旅客サービス企画係の出番です」
ルナが説明を引き継ぐ。
「旅客サービス企画係では資源割当量を持て余しています。そこで、旅客サービス企画の改善のためのアンケートという体で処理する許可を得ました」
さらに私が補足する。
「資源割当量を消費しておけば、次年度資源計画で資源割当量を減らされませんから、ウィンウィンというわけです」
まさに、我らが公務員ならではの発想である。
公務員は年度会計内に予算を使い切らなければ、余った予算を翌年度に持ち越すことができない。ケチったところで、次年度予算編成で予算割り当てを減らされてしまうだけだ。
資源割当量もそれに似ている。資源割当量というのは概ね一日に使って良い電力量であり、翌日に持ち越すことはできない。なぜなら、発電した電力は技術上の制約により一日分しか蓄積できないため、一日以内に使わなければガチで無駄になってしまう資源だからだ。故に、資源割当量を適度に使っておかないと、次年度の資源割当量を減らされてしまう。
ルナがそのことを指摘すると、旅客サービス企画係の資源割当量の半分をメニュー開発のために使って良いとの許可を得ることができた。
「……小癪な役人どものやり方ですわ」
悪態をつくブライトン少尉。良い表情だ。ちょっと気に入ったかも。
ルナが私の脚を蹴る。何故なのか。
「ははは、公務員はどの星も同じなんですね」
「……。それで、具体的にどのようなメニューをお考えですの? 宇宙空間では使用できる電力にもデータ容量にも限りがありましてよ?」
「それをこれから実験しながら考えていくんです。味や食感の改善は共通課題として、方向性は三つ考えられます」
私は一つ一つ説明して行く。
「一つ目。ディストピ……市民食の分量を調整して、追加の一品を捻じ込む方法」
これが一番現実的な方向性だ。
「二つ目。特定食を市民食並みに省エネにする方法」
これは恐らくハードウェアの改良が不可欠で、私には不可能だ。
「三つ目。市民食や特定食とは別の完全な新メニューを考案する方法」
もし失敗を恐れず挑戦するとしたら、この方向性になるだろう。
しかし、ブライトン少尉は即答した。
「ショボいですわ」
……この人、本音を隠さなくなってきたな。良いことだ。
と思っていたら、再びルナのローキックを食らう。嫉妬の波動を感じる。
私は説明を続けた。
「大切なのは、ブランディングです。例えば、名前が『上等市民食』とか、『劣等特定食』とかだと、ショボいですよね」
「そのネーミングでは要らぬ争いを生みますわよ」
「はい。そこで、中立地帯を活用して特別感を出すのです。名付けて『宇宙駅弁』です」
「宇宙……エキベン? それは何ですの?」
「火星語なら、そうですね、スペース・ステーション・ベントーといえば伝わりますかね?」
「ベントーなら分かりますわ。一般市民も専門市民も携行食のことを皆ベントーと呼んでいますもの」
「ディストピア・ベントーですか?」
「市民ベントーですわよ」
「なるほど」
それにしても、火星公用語も純粋な英語とは微妙に文法や基本語彙が異なる、クレオロイド言語なのである。ベントーはランチボックスを意味する日本語からの借用語だろう。ちなみに、アクセントは異なるが、同様に地球公用語でもベントだったりする。
「意図は理解しましたわ。……それなら、まずは『宇宙駅弁アストロ・ベントー』と併記がよろしいのではなくて? 名前が普及すれば『宇宙駅弁』のブランドでのシリーズ展開も可能ですわ」
「最終的に『宇宙駅弁』のブランドを民間にライセンスして、レシピを販売するストアを作るところまでは盛り上げたいですね」
そうなれば、きっと火星政府にとっては悪くない話である。データが売れるだけで外貨を獲得できる、貴重な外貨獲得手段の一つとなるからだ。ただ、それは連邦制を目指す地球側にとっては目標が遠のく可能性があるため、私の口からはメリットとしては説明しない。
だが、それを察してであろう。ブライトン少尉は問う。
「それで、地球側に何かメリットがありまして?」
「当たり前じゃないですか! 激マズディストピア市民食を毎日食べるのはキツいんですよぉ~」
ルナが慌てて私の口を塞ぐ。
「姉様!」
しまった、骨髄反射でつい本音が。
「最悪の言い回しになってましてよ?」
「すみません」
「……まあ、率直なお人柄なのは分かりましたわ。……なんだか、こちらが馬鹿みたいですわね」
「え?」
「……いえ、こちらの話でしてよ。訓練計画から、食堂車を一両外しておきますわ。開発はそちらでなさってくださいまして?」
「ありがとうございます!」
「ただし、条件が一つありますわ」
「……何でしょうか?」
「味見は私が一番にさせてくださいまし」
そう言って、ウインクすると、ブライトン少尉は去って行った。
その直後、ルナがゴツンと額を付け、呪詛のような嫉妬の塊を送り込んできたのは別の話である。
ああっ、脳が灼けちゃう❤️
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