安全の確保は輸送の生命


 先頭車両の一号車が指揮車と呼ばれ、その前方半分が指揮所となっている。列車型とはいえ一応は宇宙船であるため、指揮所はブリッジと呼ばれている。


「入室を許可する」


 船長の声に従い、ブリッジへと足を踏み入れた。


 そこは白を基調とした清潔感のある空間だった。側壁にはコンソールパネルが並び、職員たちが各々自分の持ち場のコンソールに向き合って、せわしなく作業している。


 あぁ~、あのコンソールの肌触りを確かめてみたい。今度、誰もいないときに頬ずりしよう。うん。


 多様な設備がコンパクトに詰め込まれた、機能的で合理的な雰囲気は、歴史資料館で見た潜水艦のブリッジにも似ている。ただ、それよりも明るい配色だからか、あるいは、空間としては一回り大きいからか、不思議と圧迫感は感じない。


 ブリッジの先頭寄り中央には船長席、そしてその左前方あるのが主任パイロット席、右前方にあるのが運用主任席である。


 前方の窓の景色を見る限り、まだ、地上区間を走行しているようだ。


「船長、ヒカリ・サガ少尉、出頭しました!」

「おお、良く来てくれた。私が船長のカエルム大佐だ。よろしく」


 カエルム船長は笑顔で応え、握手の手を差し伸べた。私もそれに応じる。

 

 ラテン系の顔立ちで、白髪交じりの剽軽ひょうきんなおじさんといった風貌だ。新人類には肌の色こそないものの、顔立ちには家系の特徴がある。


 船長は無駄にダンディな声で遠慮がちに切り出す。


「……君はその、新人類だが旧人類でもあると聞いている。もし配慮が必要なことがあれば、遠慮なく――」

「あー……。いえ、それはお構いなく。こう言っては怒られるかもしれませんが、私は自分の身体のことで特別扱いされるのはあまり好きではないんです」

「では今回の任務は……」


 正直にいえば乗り気ではない。けれど、クルーは皆、私を火星に送り届けるために、ともに命を賭けるのだと思い至り、それを口に出すことはしなかった。


「それはそれ、これはこれです。思うところはありますが、私の存在が火星と地球の関係の発展に寄与するなら、この身を捧げる覚悟です」

「ハッハッハッ、よく言った。覚悟は人に言われてするものではなく、自分でするものだからな」


 バンバンと肩を叩かれる。


 その言葉がグサリと刺さった。私は自分から覚悟をしたわけではない。望まぬ理由で半ば強要されてここにいる。社会の発展、国益、未来のため。どれも崇高な目的だ。けれども、私は一乗客として、普通に地球と火星を行き来できるようになれば良いと思っていただけなのだ。覚悟を求められれば、正直ないとしか言いようがない。


 パイロット席に座る中尉が、振り返って、やれやれと船長を諫める。


「船長、またそうやって人の退路を絶とうとする。ヒカリ少尉、気にすんなよ~。命以上に大切なものはないんだから」

「そんなつもりはなかったのだが……」


 しゅんとした表情を浮かべる船長である。


 横からぬっと顔を出した中佐が私に手を振る。タイミングを見計らっていたのだろう。


「私は副長のシエラ中佐です。よろしくね」


 シエラ副長は、少しお茶目なお姉さんといった雰囲気だ。高身長で姿勢も良く、声も良く通る。まるで映画女優である。しかし、元は国立アカデミーで教授を務めていた、亜光子理論の第一人者なのだ。私がアカデミーに在学していたころにはもう退職済みだったが、『怒ると理詰めで責めてくる怖い教授の伝説』を聞いたことがある。気を付けよう。


「俺は主任パイロットのクレイ中尉。君、ポーカーやる?」


 クレイ中尉は、気さくな雰囲気の、若手職員である。ただ、ちょっと遊び人っぽい雰囲気があるので、どちらかといえば、苦手なタイプだ。


「いえ、私は……」

「こら、中尉、若者を沼に引き込まない」

「はいはい了解ですよ、副長」

「『はい』は一回」

「私は運用主任のサリー少尉です。同じ階級で年も近いから、何でも遠慮なく相談してね~」


 サリー少尉はふわふわとした雰囲気で、とても優しそうな人だ。


「ありがとうございます」


 何か相談するならサリー少尉にしよう、と思った。


 そして、再び副長。


「主要クルーはあと機関主任のエド少佐ね。まあ、あの人はレアキャラだから追々」


 和気あいあいとした空気の中、やがて、列車は駅に停車する。


 パイロットのクレイ中尉が船長に報告する。


「オカヤマ、定着」


 首都に到着したのである。


「よし、みんな集まってくれ」


 船長が呼びかけると、ブリッジのクルーがわらわらと集まってきた。


「では、あらためて任務の概要を説明する。我々の任務はヒカリ・サガ少尉を火星へと送り届けることだ。少尉は火星検車区に配属されるが、外交官としての任務も兼ねているのは周知の通りだ。これは火星と地球にとって歴史的な一歩となるはずだ。危険な任務となるが、安全第一で取り組んでほしい」


 全員が声を揃える。


「はい!」


 船長は、大きく息を吸った後、全員を見渡して言った。


「安全の確保は」

「輸送の生命!」

「規程の遵守は」

「安全の基礎!」

「執務の厳正は」

「安全の要件!」

「よろしい」


 シエラ副長が続ける。


「この列車は、出発セレモニーのあと、試・地・第九〇〇一列車として、Z一一一五時に発車、離陸。周回軌道を離脱し次第、火星に向かいます。火星到着予定は九月五日。この列車は折り返し地球に帰還しますが、ヒカリ少尉とルナ准尉は火星で下車。地球と火星の位置関係の都合上、二人は少なくとも二年間は火星に滞在することになります」


 ルナ准尉……まさか。


「ええっ、ルナ准尉もですか?」


 それには船長が答える。


「君が大臣に要望していた補佐官だよ。本人から聞いてないかい?」


 そう、私は任務を引き受ける条件の一つとして、同行者を付けてほしいと大臣に要望したのだった。


『――要望ですか?』

『まず、一つ目。私に同行者を一人付けてください。実力で選ばれるはずだった人を』


 私はもう仕方ないとして、本来行くはずだった人のチャンスを潰したくないと思ったからだ。


 私が単なる案内係と思ったあの准尉は、実力で選ばれた人物だったのだ。


「げげ……」

「何か問題が?」

「あっ、いや……その、コンジットの振動音を堪能しているところを目撃されて、何か、こう、警戒されちゃったみたいで……」


 すると、クレイ中尉が茶々を入れる。


「え、何、君そっち系?」

「そっちとは」

「さすが、オタク最終処分省といわれるだけあって変人揃いだね、文化技術復興省は」


 言いたい放題である。

 

 何か言い返したいが、言い返す言葉が見つからない。文化技術復興省の仕事は、発掘した史料から過去の技術や文化を学び、復興していくことだ。それ故に自分の研究対象にハマってしまう人が多い。あとは類友である。


「ああ……ルナ准尉は、真面目すぎて、そういうの苦手そうですね」


 と、副長が苦笑いする。


 ぬぬぬぬ、何ですとー!?


「交代要員はないからな。仲良くするんだ」


 そう言われましても、波長が合わない人ってやっぱりいるわけで。無理強いするのは……。


 私は口ごもる。


「命令だよ」


 船長はニヤリとする。


「了解」


 私が渋々そう答えると、船長はクルーを解散し、皆ニヤニヤと含み笑いをしながら持ち場に散っていった。


 出発式典に特筆するべきことはなかった。強いて言うならば、内閣評議会議長や大臣のありがたいスピーチが延々と続き、出発時間に遅れそうになったというぐらいである。


 そして、ついに離陸のときがやってきた。

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